かーっ、見んねアンジェ! 卑しか女ばい! ①

「ぐへへへへぇぇ……」


「ひっ」


「ねえねえ、おねーさんと一緒に世界の深淵をのぞいてみる気はなーい?」


「や、やややややです、絶対に違うところを覗くどころか覗かれそうですぅぅ……」


 通話終了して、二十分と少し後の話。

 俺の狭いアパートにスーパーへんたいふしんしゃさんが増え、蛇に睨まれた蛙のようなアンジェが俺を盾にしておびえている。


「で、アンタ。この子アンジェをどこからユーカイしてきたのか説明してくんない?」


「物騒なこと言わないでくれませんかねえ、サイコなデルモンテさん。れっきとした腹違いの妹ですよ」


「DNA検査したとか?」


「やむを得ず」


 過去にアンジェが生まれたときにまわりが騒然となり、仕方なしにDNA検査の結果を親族に突き付けたという黒歴史的な何かがあった。ま、オヤジが死んでから親族とは疎遠になってしまい、今交流があるのはジョーンズ叔父さんくらいなもんだが。


「これは世界の七不思議に数えられても不思議じゃないわね……何よこのゆるふわカールな金髪にヘテロな瞳の色、なおかつ顔はちっちゃいしそれでいて日本人らしさも持ってるし。ねえアンジェちゃん、ウチの事務所からモデルとしてデビューしない? アンジェちゃんなら絶対に人気出るわよ」


「い、いええけっこうですう……」


 なんというか。

 アンジェは一目見て剣崎さんのヤバさに気づいたようである。おびえまくってて話にならん。さっきまで糾弾してやると息巻いていた、あの勢いはどこへ行ったのか。


「お、お兄ちゃん、あのひと、目が普通じゃありません……まるで捕食者の頂点、狙った獲物は絶対に逃さないという意思を感じますぅぅ……」


「さすがだなアンジェ、すぐにそこに気づくとは。これで俺が浮気していたっていう疑いは晴れたか?」


 俺の問いを受け、アンジェはヘッドバンキングばりに大きく四回ほど頷いた。

 クレイジーサイコレズと俺が何かおかしな関係になることなど、そうそうあり得るわけがない。


 さて、疑いが晴れたところで。


「ところで剣崎さん、不必要にアンジェをおびえさせるのはやめてくれませんか? 今日ここに来たのはなぜか、忘れてないですよね?」


 俺はそう切り出した。

 過去にいじめられていた時のように、何かにおびえるアンジェをこれ以上見るのはしのびない。アンジェの敵は俺の敵だ。いいかげん捕食者の目はやめてほしいわ。


「……ああ、そうだわ。アンタもちゃんとお兄ちゃんしてるのね。で、相談したいって件なんだけど」


 さすがに一流の芸能人モデルというべきか、切り替えの早さは素晴らしいものがある。


「実はアタシ、歌手デビューが正式に決定したのよ」


「……ああ、以前に言ってましたね。それで?」


「まあそれでね。いちおうデビュー前プロモの一環で、アンタの大学の春祭に出演することになったってわけ」


「……は?」


 そういえば春祭なんてもの、頭から飛んでたわ。

 ウチの大学、GW直前に春祭という、大学祭のミニチュア版があるんだよな。いろいろな騒ぎで大学生同士の交流が少なくなったことを受け、開催されるようになったらしいけど。


「……まさかとは思いますが、自分から売り込んだりしてないですよね?」


「ふふふ、ご想像にお任せするわ」


 察した。

 ま、大学側からすれば願ったりかなったりなのだろう。なんてったって今が旬の芸能人が自分からPRしに来たんだからな。


「で、ね。そのときにアンタには、アタシのところまで美衣を連れてきてほしいわけ。直接話せる機会を作ってちょうだい」


「……はあ。わざわざそんなことのために……」


「アタシにとっては、何よりも優先すべきことなのよ」


「……」


 ちょっと考える。


 今の暮林さんの精神状態なら、まだなんとかなるのだろうか。昨日までの暮林さんだったらかなり無理ゲーっぽかったけど。


「それさえおぜん立てしてくれたら、合コンの件は何とかするわ」


「……マジですか。二言はありませんね?」


「百合道に恥ずべきことはしないわよ」


 頭の中でエンターエンターミッションが流れ始めた。これで勝つる!

 と思った瞬間、アンジェにシャツをくいくいと引っ張られた。


「合コン……ってなに、お兄ちゃん?」


「気にするなアンジェ。大人の事情ってやつだ」


「というか、春祭って。なんでそんな楽しそうなことをアンジェに教えてくれなかったの、お兄ちゃんは」


「いや俺もすっかり忘れててな……」


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