身勝手な理由

「ねえお兄ちゃん、ところで」


「なんだ?」


「暮林さんとけっこう仲いいんだね? さっき、仲良くないって嘘ついてたよね」


「……」


 別に知り合い程度の会話で、特に何かをほのめかすようなことはしてなかったんだけど。ま、あそこまで大げさに嗚咽と涙と鼻水漏らせばさすがに疑われるか。当然と言えば当然。他になにか違うもの漏らしてないよな。嬉ションとかさ。


 だが今はしらばっくれておきたい気もする。話すの面倒だし。


「別にそんなことはない。なんでそう思うんだ?」


「え、じゃあなんで、お兄ちゃんにあげたアンジェのハンドクリーム、暮林さんが大事そうに持ってるの? あまりに大事そうにしてるから、何も言えなかったよ」


「……」


 しまった。そんなところまでも。


「あのザーメクリーム、実はアンジェの名前が入ってるものをあげたから、バレバレ。それをまた暮林さんにあげたわけ? 確かに暮林さん、手荒れガサガサでひどかったけど……」


「……まあ、俺も同じだ。ガサガサすぎて見るに堪えなくてな」


 こんな言い訳でアンジェが納得してくれるかな、さて他になんて言えばいいか、なんて悩んでいたら、そのときいきなりスマホが鳴り響いた。

 着信。なんてナイスなタイミングだ。


 さて誰だろう…………は? ええ?


「すまん、アンジェ。ちょっと電話に出る」


 一応そう断って、こんな土曜の夕方前にやってきた電話に出る。


「もしもし剣崎さん? どうしたんですか、こんなアンニュイな午後に」


『あんたの顔でアンニュイとかギャグで言ってるの?』


「顔関係ねえだろ。んなセリフ、アヴァンギャルドすぎる不思議なデルモンテに言われたくねえわ」


『アタシをケチャップと同じ扱いすんな』


 電話の相手はまさかの剣崎さんであった。

 きょうはオフだとか聞いてないけど。いやそれ以前にスケジュール把握してないわ。ま、電話に出たのだからそれはどうでもいい。


「で、突然どうしたんですか」


『ああ、アンタにちょこっと相談したいことがあったんだけどね。悪いけど、すこし時間とれない? 今近くにいるし、電話じゃ話しづらいことだからさ』


「いや、それは……というか今、アパートに妹が来てるんですけど」


『……へえ、アンタに妹なんていたんだ』


 剣崎さんのその言い方は、なんとなくバカにしたようなそれだった。

 どうせあんたの妹なんて、アンタに似て残念な顔なんでしょ、と言いたげな。


 はっは、言っとくけどアンジェはそこら辺のグラドルとかトリンドルとかにも負けないからな。好みの差はあれど、剣崎さんにも引けは取らん。


「ええ、剣崎さんとタメ張れるくらい可愛い妹です」


『ぶはっ!!』


「失礼な」


『はははは、寝言は寝てから言いなさいよ。アタシレベルの人間がそんじょそこらにいるわけないでしょ。いたとすればそれは美衣くらいなものよ』


 剣崎さんの中で暮林さんの評価はどれだけ高いのだろう。

 いや確かに暮林さんも大学内では群を抜いて可愛い部類だけどさ。


 それでも、アンジェがいろいろな属性でナンバーワンであろう。少なくともこの話の中では。しかし鼻につくセリフも一流芸能人がいうと違和感ねえな。


「お見せできないのが残念でなりません。全人類に自慢できる妹ですんでね」


『はっ。笑かしてくれるわね。じゃあちょうどいいわ、相談ついでにアンタの妹を見にアパートまで行ってやろうじゃないの。場所教えなさい』


「え、ちょっとまった! ウチくんの?」


『まあ、相談もしたいしちょうどいいわ。外だとヘンに注目浴びちゃうかもしれないしね。はやく場所教えなさい』


「……」


 まさかの訪問宣言。強引すぎんだろ。

 というかこんなボロアパートにまさか剣崎さんみたいな一線級の芸能人が来るなんてちょっと……センテンススプリングとかの餌食になったらどうしよう。


「……アンジェ。悪いんだが、来客がまた一人来そうだ。しかも超有名人なんだが、アンジェにも会いたいらしいから来てもらってもいいか?」


「え? アンジェに? なんで? というかアンジェも知ってる人?」


「あ、ああ、けんざ……いや、KYOKOってモデル、って言った方がわかりやすいか」


「…………へ?」


 まさかここでKYOKOの名前が出るとはアンジェも思わなかったらしい。呆けた顔をしている。


「え、ちょっと待って、なんで? KYOKOってあのKYOKO? なんで? というかお兄ちゃんと知り合いなの?」


「知り合い、というか、知り合いの知り合いだ」


「……」


 アンジェの疑いの目が俺に向けられている。兄の業界ではご褒美……じゃねえな。怖い。


「お兄ちゃん、アンジェほっといて、KYOKOと浮気してたんだね……そうだよね、だからアンジェにメッセージ返してくれなかったんだね」


「ちゃうわ!!」


「さっきみたいに嘘ついてもすぐバレるから。いいよ、KYOKO呼んで。糾弾してやるんだから」


「……」


 あ、なんか不穏。

 暮林さんが帰った後だというのがせめてもの救いか。

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