おにぎり、ギリギリ

「……お腹すいたな」


 こういう状況では何を言ってもダメになってしまう。

 ジョーンズさんにたかる計画だったので、昼飯のまともな準備もしていない。が、とりあえず腹は減ったので、こう話題転換するのが一番無難だろうと脳が即座に判断した。


「あ、じゃあ、お兄ちゃんに何か作ってあげるよ。修行の成果を見せたいし」


 アンジェがなぜか自信満々にそう答えてくる。何かのフラグとしか思えん。


「まあ待て。修行の成果、ったってまともな食材がないぞこの家には。ご飯くらいなら一応炊いてはあるが」


「ええ……本当にビンボーなんだね、お兄ちゃん。じゃあ、おにぎりくらいしか作れないじゃない」


「すまんな、そのおにぎり作成にも、海苔すらほぼ残ってないていたらくだ」


「……」


 アンジェが絶句。ふがいない兄ですまん。

 だがビンボーなめんな。缶ジュース一本買うにもすごい度胸がいるんだぞ。


「……はい。お兄ちゃんから借りてたお金、返すよ。これで何か買えるでしょ?」


「おう、おにぎりに巻く海苔くらいなら買えるな」


「……」


 あれれ? さっきまで俺の自慢をしてて上機嫌だったアンジェの顔が険しくなっちゃってるぞ? 

 大人の階段のぼりかけた乙女心はフシギダネ、なんて鹿島だか若松だかわからんミユキ風味にポエマーしてみるも、以心不伝心。この星の兄妹の絆は脆くはなかったはずなんだけどなあ。降水確率が10%にアップしてしまった。


「……じゃあ、それでいいから、海苔買ってきて」


「海苔、一人分くらいならあるぞ」


「アンジェたちの分は?」


「……」


 そうよね。もうすぐお昼だし、キミらもお腹すいてるよね。


「ちぇっ、せっかく生まれ変わったアンジェのお料理を披露できると思ったのに……」


 ああ、やはりアンジェは懲りてない、というか成長してないかやっぱり。

 料理がへたくそなくせに、やたらと凝った料理を作ろうとするから失敗するんだよな、いつも。


「ひさしぶりにアンジェのおにぎり、食ってみたいなあ……」


 おにぎりくらいなら失敗しても食ってやれるから、それを作らせる方向で行こうか。多少いびつでも砂糖と塩を間違えなければ許せる。


 …………


 いやまて。以前、味の素と塩を間違えて、とてつもなくうま味成分の濃かったおにぎり作られたときもあったな。

 ま、この家には恥垢の天塩しか用意されてないから、それは大丈夫だろう。


「え、ええ……そっか、リクエストあったんだったら、仕方ないなあ。じゃあ、約束通りお兄ちゃんにおにぎり握ってあげるから、海苔だけは買ってきてね」


「ワカタ、じゃあ海苔だけは買ってくる」


 よし、違う意味での飯テロは避けられそうだ。


 一方、借りてきたプッシーキャットの暮林さんは。


「……」


 黙り込んだままである。


 暮林さんが料理するならば、まだまともに食べられるものができそうだが。

 弁当を断ってしまったうえで、しかも今だに自分が汚いとか自責の念にかられている状態でそんなことをお願いするような酷なまねはできない。

 だいいちおにぎりじゃ、アンジェが握ったもんしか俺は口にできないわけで。


 ……さて、じゃあとっとこハムを……じゃなくて、とっとと海苔を買って来よう。



 ―・―・―・―・―・―・―



「……あれ? アンジェは?」


 近くの百円ショップで海苔を買って狭いアパートに戻ったら、なぜかアンジェの姿がなかった。ひとり暮林さんが居心地悪そうにざわ……いや、そわそわしている。

 ん、気持ち程度にアゴがとがってるな。


「あ、あの、アンジェちゃんは、そこに……」


「ああ……はいはい」


 暮林さんは、おずおずとトイレのドアに手を向けて俺にアンジェの居場所を知らせてきた。


 そっか、そういやアンジェ、生理が来たとか言ってたっけ。二日目だもん重いよな。

 まあいい、いちおうその点は触れないでおこう。デリカシー大事。


 俺は、テーブルの上に置かれた、皿に乗ったままの白いご飯の塊に目をやる。


 海苔が巻かれているおにぎりが二個ほど、あとは白米だけのハダカおにぎり。

 さらによく見るとおにぎりは、きれいな三角形をしたものと、やたらといびつな形をしたものに二極化されていた。


 なんだ、あれだけ偉そうに言ってたのに、やっぱりアンジェの料理全般の腕前は上達してなかったじゃないか。


「……ひょっとして、暮林さんもおにぎり握ってくれた?」


「ひっ! あ、ああ、ご、ごめんなさい、わたしの汚い手でおにぎり握っちゃってごめんなさい」


「……」


 よく見ると、玄関先に置いてあった手指用のアルコールがキッチンに移動しておる。


 ……いやまあ、ここで何か言うとまた暮林さんが病んじゃいそうだからやめとこう。

 おおかた、アンジェがおにぎりうまく握れなくて、自分が食うために暮林さんにまともな形のおにぎり握らせたんだろう、とは想像余裕だし。

 その証拠にいびつな形のおにぎりが二個しかなくて、あとはすべて形の整ったおにぎりだ。


「……悪かったね、暮林さん。どうせアンジェにお願いされて握らされたんでしょ? 」


「あ、あああ、ご、ごめんなさいごめんなさい」


「いや気にしなくていいよ」


 ま、多少……いやすごく形がいびつだといえど、アンジェが握ってくれたおにぎりしか食えないし、俺のためにアンジェが握ってくれたというのならば、兄がおいしくいただくのは義務であろう。


「……腹減ったな。一個だけいただこうっと」


 家主は俺だ、そのくらいの権利はあるだろ。

 アンジェがトイレから出てくるのを待たずに、俺はいびつな形をしたおにぎりを一個手に取り、それをほおばる。


「あっ……ああああ……」


「ん? どうかしたの暮林さん?」


「ああああ……あの、その、おにぎり、汚く、ない、ですか?」


「はぁ?」


 あまりに暮林さんがひどいことを言ってきたので、俺は半分キレかけた。


「失礼なこと言うね。俺のために握ってくれたおにぎりを、暮林さんがバカにしていい権利ないでしょ? 多少形がいびつだろうが、このおにぎりには心がこもってるんだよ、塩加減もちょうどいいしおいしくないわけがない。ましてや汚いなんてとんでもない。訂正して」


「えっ……」


「て・い・せ・い・して。汚くなんかないって、訂正して。こんなおいしいおにぎりを」


 口調が荒めになってしまうのは仕方ないだろう。

 だが、俺がそう言い切った後、しばらく呆けていた暮林さんが。


「あ、ああぁぁ……ほ、ほんとうに、き、たなく、ないんですかぁぁ……おいしいって、ほんとう、ですかぁぁ……ああああぁぁぁぁ……」


 なぜか嗚咽交じりにそんなことを言ってきたので、逆にビビった。


 ……わけがわからないよ。



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