アンジェリング×好きーミング(逃げには必須)

「……まさか、雄太さまの叔父様だったとは……」


「いやそれはこっちのセリフですよ。まさか暮林さんのオカン様が人材派遣業を営んでいたとは……」


 来客が到着した土曜午前十一時。


 まずアンジェが飛び込んできて、さあジョーンズさんにも挨拶を……とか思ったら。

 なぜかウチの玄関先には、ほかにも見知った顔の人間が二名ほどいた。


 まさか、ジョーンズ叔父さんのビジネスパートナーがこんな身近にいる人間だったとは思わんかったっての。しかも暮林オカンの傍らにいるのは死んだ目をした娘。


 こんなことならジョーンズさんとアンジェに俺のアパートまで来てもらうんじゃなくて、俺が出向いて外で合流したほうが良かったな。小島さんに次いで、暮林母娘にも住所バレしちまったじゃねえか。


 ちらっ。


「……」


 暮林さんは暮林さんで、俺と目を合わせようともしない。死んだ魚の目というか、ハイライトがない目をしている。

 こんな状態になったのも、俺が暮林オカンを通じて『もう弁当はいらない。距離を置こう』と伝えるよう頼んだせいなのかもしれんが。


 ……確かに、こんな娘を自宅にほっておいたら、帰宅後にぷらーんぷらーんと宙に浮いてる可能性出てくるし、一人にしておけんわな。


 ちょっと胸が痛んだが、仕方ない。


「なんだ雄太、ミセス・クレバヤシを知ってるのか?」


「……後ろにいる娘さんが、同じ学部だよ」


「おう、なんという偶然だ。このような縁があるとは、やはりミセス・クレバヤシは運命のビジネスパートナーかもしれない!」


「……」


 ジョーンズ叔父さんは、自身で立ち上げるベンチャー企業の前途洋々を祝うかのように喜んでいる。まあそれはそれでいい。

 が、じゃあなんだ。俺が距離をとりたくてもNTRネトラレアのほうから近づいてくるのも、運命ってやつなのか。そうなのか。

 この偶然に何の意味があるのか、マイオカンに言われてからいろいろ考えてはみたけれど、答えなんか出るはずもないってのにさ。


「……じゃあ、雄太。悪いが、今日中にミセス・クレバヤシとまわらなければならない用事ができてな。おそらく時間がかかると思うので、また夜にでも連絡を入れるよ」


 しかもジョーンズさんに昼飯をたかる予定もここで崩れた。


「……うっす。お疲れ様でーす」


 膝から崩れ落ちたい気持ちを無理やり隠しつつ気のない返事をする俺に、さらに追い打ちがかけられる。むろん、暮林オカンによって、だ。


「……あの。雄太さま、申し訳ないのですが。少しの間でいいので、美衣を見ていてもらえないでしょうか?」


「……はあ?」


「美衣の精神状態がひとりにしておけない様子だったので、予定外で連れてきてしまいましたが、これからさらに三名と合流する予定なのです。あの車では定員オーバーですので」


「……」


「……だめ、でしょうか?」


 なんとも、脅しにも思える発言である。

 いやもちろん、ワクワクチンチン接種済みなザコビッチ入国を断ってもいいんだろうし、脅しというまで暮林オカンも意味を込めてないんだろうけど。

 ジョーンズさんのビジネスパートナーでかつ何をしてくるかわからない凄腕のエージェント(仮)の願いを無下にするのもためらわれるよ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そして俺のワンルームは。


「……暮林美衣さん、ね。お兄ちゃんと同じ学部なんだ、いいなー」


「あ、アンジェちゃんは、いまいくつなの……?」


「アンジェは中三だよ。早くオトナになりたいな……」

 

「……」


 俺とアンジェと暮林さんが同時に存在するという、訳の分からない状況カオスに包まれていた。狭い。


 しかし、『混ぜるな危険』状態になるかと思ったが。

 小島さんのことはなんとなく覚えていたアンジェも、暮林さんのことは記憶に残ってないらしい。ま、俺が暮林さんと付き合ってたとき、アンジェはまだ天使の羽ランドセルしょってたもんな。

 おかげでなんの敵対心もなく、なぜか会話が交わされている。


 アンジェもぐいぐい来るタイプは男女問わずに苦手だろうけど、今の暮林さんは借りてきた猫未満のザコビッチだ。

 おまけに俺といるとアンジェはクールの仮面がはがれる。だからこそこうやって話せるんだろうとは思う。


「ところで、暮林さんってお兄ちゃんと仲いいの?」


「え……」


 などと楽観していたらアンジェが爆弾を落下。なんてことを質問しやがる。

 しかし暮林さんは俺のほうを見もせずにうつむいて。


「……ううん、仲良くは、ない、よ……」


 消え入りそうな声で質問に答えた。

 むろんアンジェは、その言葉の裏の意味に気づくわけもない……ないよ、な?

 不安になってきた。


「そうなんだ。でもでも、お兄ちゃんって、かっこいいからもてるでしょ?」


「……」


「お兄ちゃんはね、困ってる人をほっとけないし、いつも気を遣ってくれるし、本気で怒ると怖いけど、すごく優しくてかっこいい、アンジェの自慢のお兄ちゃんなんだ」


「……そう、だね。ほんとうに、その通り」


 ひょっとするとアンジェに公開処刑されてないか、俺。

 第三者の前で断罪される悪役令嬢の気持ちが今ならよくわかる。


「もしお兄ちゃんがいなかったら、なんて考えられないの。だから、暮林さんも、アンジェからお兄ちゃんをとらないでね?」


「おいアンジェ、それくらいに……」


 本当に何も知ってないのか、疑いたくなるくらいのアンジェの言い方に耐えられなくなり。

 一応そこでストップをかけるが。


「とら……ないから安心して。アンジェちゃんは、汚いわたしとは比べ物にならないくらい……きれい、だもん……かなうわけ、ないよ……」


 暮林さんのネガティブ砲は炸裂してしまった。

 ……なんか、さっきよりも暮林さんの瞳の色が深淵に覗かれてるってばさ。BGMに『Get Wild』を流してここから立ち去りたい。


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