妹との会話は伏線だらけ

『お兄ちゃん、最初に謝らなければならないことがあるの』


「やぶからスティックにどうした、アンジェ」


 今日も今日とて、夜にアンジェと話をしている。

 明日は土曜日。ジョーンズさんがまたこちらに来るというので、アンジェも一緒にコバンザメ予定なのだが。


『あ、あのね……アンジェ、生理になっちゃった』


「……だから?」


『だ、だから……ごめん、その、兄妹でセックスできない』


「誰がやるといった!!!!!!」


 突然の爆弾発言。なんでこの前のたとえ発言を引きずってるんだよ、アンジェは。

 電話切りたくなったわ。


 というか、思い切り叫んでしまったせいで、また隣から壁ドンされた。

 クソが、いつかケツの穴から手ェツッコんで奥歯ガタガタいわせたるからな、コウイチくんよ。


『おかしいの。予定ではもう一週間遅いはずだったんだけど』


「まあしょうがない。体調不安なら無理して来なくてもいいぞ」


『もう叔父さんにお願いしちゃったよ……調べたら安全な日だったから、喜んでたのになあ……』


「アンジェ、頼むからちょっと黙れ」


 思春期なわけだし中だし、まだ周期が不安定なんだろうよ。

 しかし、妹の生理周期を知っている兄っていうのも相当あれだと思うが、何を調べて喜んだんだアンジェよ。

 このままほっといたら天使が堕天使になってしまうかもしれん。さらにルシファーどころじゃなく、『お口の堕天使』ルシフェラまで堕ちてしまったら、兄の責任を痛感して俺は首くくるぞ。

 助けてサラスワティ!


『きゃるーん……』


「おいなんだその嘆き声は。なんかが憑依したのか」


『ご、ごめんね、せっかく紐のきわどいやつ買ってきたのに……』


「そんなもん穿いてくんな!! おまえはまだJCなんだぞ!!」


『はぁーい……じゃあまた今度で。チャンスはたくさんあるもんね』


「何のチャンスだ。これ以上変なこと言ったらお尻ペンペンするからな」


『……それはやめてほしい。ごめんなさい』


 アンジェがむくれたら俺は勝てないが、アンジェがむくれる前なら俺は負けない。

 なかなかに難解な兄妹の絆である。


「ま、それはともかく。ジョーンズさんも来るんだから、メシくらいはたかっても許されるかな?」


『お兄ちゃん……そんなにビンボー? この前焼き肉おごってくれたのに』


 あ、やば。アンジェに悟られてはいかん。

 そのせいでビンボーなんだと知られたら、アンジェは責任を感じてしまう。全力で濁せ。


「いや、ちょっと予定外の出費があっただけだ。一人暮らしってのはハプニングの連続だからさ」


『そっか……あ、そうだ。この前お兄ちゃんから借りた新幹線代は、ちゃんと元に戻しておいたの。勝手に借りてごめんね』


 素直なアンジェが謝ってきたら、俺は無条件で許すと心に決めている。


「……まあ許す。というか、それ持ってきてくれないか?」


『いいけど……そこまでビンボーなの?』


「ああ、このままじゃ自分で具なしおにぎりを握らざるを得ないくらいには」


 食パン生活も飽きてきたし、マーガリンもジャムも今日で尽きた。

 今の我が家に残された食糧は、米とシオくらいしかない。


『……そういえばお兄ちゃん、まだ他の人が握ったおにぎり、食べられないんだよね?』


「うむ」


 アンジェは妹だけあって知っているか、さすがに。

 ウチのオカンやアンジェが握ったものなら大丈夫なのだが、それ以外の人間が握ったおにぎりを俺は食べることができないのだ。潔癖症というわけでもないはずなんだが、なんとなく気持ち悪くてな。

 うまく説明できないけど、同じような考えを持つ人間はたぶんいると思う。


『そっかぁ……じゃあ、そっちに行ったら、アンジェがおにぎり握ってあげるよ』


「アンジェが? いいぞ無理しなくて」


『むー! アンジェだって、ちゃんと成長してるんだから!』


「はいはい。気持ちだけ受け取っておくよ」


 あと余計な追加情報として、アンジェは実は料理全般が苦手だ。

 家にいるとき、おにぎりを数度握ってくれたこともあるのだが、なんと言うか形がいびつなうえにしっかり握られてないので、食べる前にポロポロ崩れてしまったりして。


 ま、それでも兄のためを思って握ってくれたおにぎりだから、うれしくて完食したけどさ。


「ところで、ジョーンズさんも泊まりだよな?」


『そうみたいだけど、叔父さんはビジネスホテルに泊まるって言ってた。仕事でお世話になる人と会合する予定なんだって』


「あ、そうなんか。まあ狭い部屋だからアンジェだけでいっぱいかもな」


『……うん。うふふ、あー、やっぱりお兄ちゃんにおやすみって直接言えるの、嬉しいなー』


 なんだかんだマセてきてはいるが、根っこはカワイイやつよのう。


 まあとにかく、週末はアンジェとまったり過ごし、荒みかけた心を少しでも癒してから。

 暮林さんに、弁当の件というか、今後距離を置くことを提言してみて。

 そのあとに、剣崎さんに事の顛末を話して、いろいろあきらめてもらおう。


 ──そんな俺の予定は、俺のアパート訪問の際、ジョーンズさんがアンジェ以外に連れてきた人間によって、脆くも崩れ去ることとなる。

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