巧みなステップ、発動

 そんなこんなで弁当デイも数日重ね。

 暮林さんの手荒れは、日を追うごとにいっそうひどくなっている。


「……ハンドクリーム、使ってる?」


「あ、あの、もったいないような気がして」


「あんなもん使い切ったらまた買えばいいだけの話でしょ。というよりも激しすぎない? さらに手荒れが加速してるような……」


「ご、ごめんなさい。でも仕方ないんです。汚い、手ですから……」


「……」


 ま、手袋して料理するならば、まだいいけどさ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 日に日に落ち込んでいく暮林さんを見てられないので、俺はまたまた偶然に遭遇した暮林オカンに言ってしまった。


「あの、暮林さんのお母様。弁当作ってもらってる身で、こういうこと言うのはあまりにもひどいかもしれないんですけど……やっぱり、俺と暮林さん、距離を置いたほうがいいかな、と思うんです」


「……それは、なぜですか?」


 オカンは一瞬だけ眉をぴくっと動かしたが、わりと淡々としながら続きを訊いてきた。平静を装ってるだけかもしれん。

 では正直に述べさせていただこう。


「いや、だってですね。まだ、奥津との一件があった直後は、それなりに前向きだった部分もあったと思うんですよ。報われなくてもいいとか、自分の愚かさを一生悔やんでるだけなのは嫌とか、暮林さんも言ってましたし」


「……はい」


「でもですね、俺と一緒にいることで暮林さんの手も心も、前よりもすさんできてません? というか半分から99%の範囲内で病んでますよ、アレ」


「……それは……病み率の範囲が広過ぎませんか?」


「そこにツッコミ来るとは思わなかった不覚。でも半分以上は確実、違いますか?」


 思うでしょ? オカン様も思うでしょ?

 暮林さんさ、自分では前向きになりたいんだろうけど、俺と一緒にいると鬱方向へ全力でかじ取りしちゃってるんだよ。


「……そういう部分は、あるのかもしれません。雄太さまと一緒にいることで、過去の自分の罪をいやでも思い出し、余計に卑屈になってしまう、ような……」


「ですよねー?」


 許す許さないはいったん置いとくとして。


 過去に俺にこんなことした、だから汚名をそそぐ、という態度ならまだしも。

 過去に俺にこんなことした、だからわたしは汚いんだ、って改めて実感しちゃうから、結局前に進まないんだよな。

 前を向いてるつもりでも実際にはムーンウォーク。


「だから、俺とこれ以上一緒にいても、暮林さんは自分が汚いって余計に思い込んじゃって、『100%、鬱かもね』になるんじゃないかと。そうなる前に距離を置いた方がいいと思うんです。弁当をお願いしている身でこういうのも礼儀知らずだと承知の上で」


 あんな状態の暮林さんを見るくらいなら、川崎パン工場で12時間労働の即払いバイトして飯代稼いだほうが、精神衛生上よほどまし。


 俺の提案を受け、あごに手を当てながら考えこむオカン様は、やはりどこかのエージェントではないだろうか、と俺に確信させるくらいサマになってた。


「……ですが雄太さま。今の美衣は、雄太さまのために尽くすことだけが、自分の贖罪としてできる唯一のことだと思い込んでいる状態です」


「いやだから、自分自身を不必要に追い込んだまま贖罪とか言われても、って話なんですよ」


「じゃあ、どうすればいいと思いますか、雄太さまは?」


「……自分が汚れているって強迫観念から解放されれば、前向きにもなれるんだろうけどなあ……」


 さて、本当にどうしたもんか。


 もう恋人同士に戻ることはないとしてもさ。

 俺を裏切った人間などわりとどうでもいいって悪魔な気持ちと、そうまでして弁当を作ってくれる暮林さんをなんとかしたいって気持ちとで、俺の心がケンカしてるよ。


 ──喧嘩両成敗とかになっちゃいそう。



 ―・―・―・―・―・―・―



「あ、おーい、上村君!」


 週末の金曜日。

 俺は二コマ目が終わってすぐに、真方誠に声をかけられた。


「どうしたの、真方くん」


「ちょっと聞きたいんだけどさ。上村君、サークルってどこかに入った?」


「いや、まだ」


 それどころじゃなかったもんな。

 大学生活に慣れたら、入ってみたいような気持ちはあるけど。


「そうか! なら、一緒のサークルに入らないか?」


「は?」


「実はサークルに入ったんだよ。『骨折り損』っていうサークルなんだが、スポーツ全般をこなすお気楽サークルみたいな感じで」


「……スポーツ全般?」


「うん、テニスからスキーから、バスケバレーフットサル、ラクロスなどさ」


「なんかその中でラクロスだけ異彩を放ってるな」


「女子に人気らしいよ。割と女子の数が多くてさ、雰囲気もなじみやすいんだ。もちろん無理強いはしないけど、同じ学科で所属してる友達がいなくてね」


 いや俺も知り合いってだけで仲良くないはずなんだが。

 キミの脳内で俺はどんなポジションにいるんだい、真方くんよ。


 うむぅ、だが女子の数が多い、ってか。

 確かにサークルっていうのは、他学部の女子と知り合いになれるチャンスだな。


「……俺以外にも、誰かに声かけた?」


「ああ、同じ学科の女子にも数名ほどね。まあほとんど袖にされたけど」


「……」


 なぜだろう、いやな予感がする。

 いったん保留にしといて逃げたほうがいいな、真方くんと同じサークルに入るのは。

 もっといいとこがあればそっちに行くのもやぶさかではない。


 ふむ。俺の現状がサークルどころじゃなかったから、あまり真剣に考えてなかった。

 確率は高くなくても、うまくいけば合コンに頼らずに自家調達できる可能性があるな。今のままだと同じ学部内で自家中毒が関の山だもの。


 暮林さんがあんな精神状態じゃ、剣崎さんと対面することも無理だとわかるしね。


 やっぱ、合コンはあきらめるべきか。

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