きっかけがほしい

「というかさ、剣崎さん、仕事は忙しくないの?」


 一番の懸念材料となるであろう、剣崎さんのスケジュールを確認するところから始めた。


『ドラマ撮影はもうアタシの分は終わったし、そうなるとあとはしばらくレッスン三昧の日々だから、まあ比較的余裕はあるわね。単発でグラビアの仕事とかはあるけど』


「……レッスン?」


『そ。何の因果か、歌手デビューの話が持ち上がっちゃってね。結局それで便宜を図る云々で、枕営業とか持ちかけられたんだけどさ』


 なんかすごい情報を聞いちゃった気もするけど、いいのかね俺に漏らして。

 さすがに拡散できるほど俺に発信力ないにしても。


「マジですか。スター街道ひた走りじゃないの」


『面倒でだるいだけよ。レッスンするくらいなら、まだグラビアの仕事で水着撮影してた方がよっぽど楽だわ』


 そういうもんなのか。ま、剣崎さんってもともとがグラビアモデルの仕事してたはずよね。確かにスタイルいいし美人だし。

 ちょっと気の強そうな切れ長の目に豊満ボディー、きれいな長髪ストレートの組み合わせで、グラビアデビューしたときはシイッターのトレンドになったくらいだもんな。


「でも、水着になってエロい目で見られるのとか平気なの?」


『水着だろうがどんな恰好だろうが、人間なんて異性をエロい目で見るものだしね。それになんだかんだ言っても、この仕事をやるって決めたのは自分だもの』


「……へえ」


 ちゃんと仕事に対する意識はあるってか。人格破綻者とはいえさすがプロ。

 さっきの言い方からしても、必要以上に有名になるつもりはないけど、お仕事自体はそんなに嫌いじゃないようだな。


 おっと、こんな世間話をするために電話したわけじゃない。さあ傾向と対策について情報を提供しよう。



 …………


 ……



「……じゃあ、まずは暮林さんにそれとなく剣崎さんのことを聞いてみる、って方向でよろしいか?」


『よろしくてよ』


「剣崎さんのキャラ付けがいまいちよくわからん」


『あんたには別に猫かぶる必要ないでしょ』


「猫かぶってるんかい。まあゲイノージンは仕方ないんかな」


『そうよ。あんたはアタシが有名人だってことを少しはありがたがりなさいな』


 ありがたみ皆無なんだが。逆にサイコレズにかかわるのは面倒くさいだけで。


 だがしかし。

 同じ芸能事務所に所属する後輩デルモさんと一緒に合コンするためなら、そのくらい我慢できるってもんだ。冷静に考えると、そんな合コンに参加できる機会なんて今後ありえなさそうだし。質的にも保証された合コンの価値、プライスレス。


「ま、とにかく合コンの件よろしく」


『わかってるわよ、アタシも嘘つくの嫌いだしね。それはあんたの働き次第』


「ほいほい。じゃあ、また何か進捗があれば連絡するから……って。ところで、通話じゃなくてライソとかじゃダメなの? 電話だとなかなかタイミングが……」


『アタシ、ライソとかフェイズブックとかの類、一切やってないのよね』


「……は?」


『わずらわしいだけじゃない。連絡取りたい相手がいるわけじゃないし』


「いやそれはゲイノージンとしてどうなのかと」


 驚きの発言。

 普通こういう仕事についてるなら、ファンに対するアピールとか最低限の発信力は持つべきにも思うんだけどどうなんだそのへん。


『ま、そういうわけだから、またなんかあったら電話でよろしく。たまに出られないこともあるかもしれないから、その辺はいちおう承知しといてね』


「……はいな」


 できることならいつでも連絡取れるようにしてほしい、とは思いつつも口に出さず、今回のコンタクトは終了した。


 ……ん? 通話中に何か届いて……光秀からメッセージ? 裏切者が何の用だ……


『奥津が行方不明らしいんだが、そっちの方に行かなかったか?』


 はい既読スルー確定。どうでもいいさー。

 奥津のその後は、暮林さんとかに聞いた方がいいような気もするし。


 プルルルル。


「のわっ!」


 メッセージチェック中に突然通話が鳴ったのでびっくりしたわ。


 ……ん? 今度はオカンから? 大人気だな俺、信頼できる友人皆無なのに。


「もしもし」


『雄太。あんた、アンジェになんか変なこと言ったの?』


「……は? どゆこと?」


『いやね、アンジェがお風呂に入って一時間ほど出てこなかったからさ、覗いてみたらのぼせて倒れてたのよ。で、うわごとのように「お兄ちゃんに見られてもいいようにもっときれいにならなくちゃ」って繰り返してたもんだから、気になって』


「……」


 アンジェには、あとで何かしらのフォローを入れとかなければならないかもしれない。

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