レズってハニー

 さてと。

 掛かったアンジェをなんとかなだめ、俺はKYOKOさんの番号に電話をする。

 暮林さんの現在の状況を教えてくれるときは、夜10時以降なら電話してきていいといってたから、たぶん大丈夫だろう。


 ある意味、レアな体験だよな。有名芸能人に直で電話するなんてさ。

 ま、お互いの電話番号しか教え合ってなかったもんだから、それ以外で連絡取りようがないんだけど。


 プルルルル。


『何よあんたなの!? 空気読まないわね、こんな時に電話なんかしてこないで!』


 ブツッ。


 あ、いきなり怒鳴られたから反射で通話を切っちゃった。いやでも理不尽じゃね? かけてきていいって言ったのはそっちなのに、ちょっとむかついたぞ。

 だいいち怒鳴られる覚えがない。仕事が立て込んでて苛立ってたのかもしれないけどさ。電番じゃなくてライソとかのほうを聞いときゃよかったわ。


 ま、いっか。別に必ず連絡しなきゃいけないわけじゃない。

 合コンに関してだけ便宜を図ってもらえれば。


 さて、最後にちょっと嫌な気持ちになったけど、今日のノルマはもう終わり。ゆっくり風呂にでもつかりながら、今後の対応を考えるとしよう。



 ―・―・―・―・―・―・―



 フー、いい湯だった。

 考えってもんはまとまってはいないけど。


 さて、寝るか……ん?


 スマホのランプが何やら点滅している。なんだろう……


「……KYOKOさん?」


 着信が、KYOKOさんから、12件。

 暮林さんの情報を聞けるかもしれないと思って、慌ててかけ直してきたのかな。

 それにしても、12件って。そんなに暮林さんのことを聞きたかったんかい。


 それなら、俺が電話しても、それなりの態度で接してほし──


 プルルルル。


「のわっ!!」


 なんて考えてる途中にまたもやスマホが鳴り響いた。

 案の定KYOKOさんからである。電話に出れる状況にいるからには、出なければなるまいよ。


「……もしもし」


『……』


「KYOKOさんでしょ?」


『……さっきは、ごめんなさい。ちょっとイラつく出来事があって、ついあんたにあたっちゃった。本当にごめんなさい……』


 いきなり悪態をついた最初の勢いとは正反対に、しおらしくそう謝罪をしてくるKYOKOさんであった。

 まあ、俺としてはそう素直に謝られたら許すしかないってな。


「……いや、気にしてないのでいいですよ。何かトラブルでも?」


『うん……ちょっと、仕事のことで、ね』


 あらま。さすがは芸能人。

 まあでも、いろいろストレスがたまるような世界なんだろうな。一般ピープルの俺には予想もつかないけどさ。


「大変ですね、芸能界ってのも」


『ほんとよ……こちとら有名になりたいとか売れっ子になりたいとか全く考えちゃいないってのに、そのあたりを勘違いした汚いオトナどもが押し寄せてきて、もうね』


「枕営業とか、迫られたんですか?」


『……なんでわかるのよ』


「マジかー!」


『ほんと、権力を持ったオトナなんて、考えることは同じよね。えらい奴なんて、しょせんエロい奴と同格よ』


 すげえ、やっぱりそういうのは都市伝説じゃなかったんか。なんかこれから売れっ子芸能人をヨコシマな目で見てしまいそう。

 あと、KYOKOさんのダジャレも、俺の下ネタに負けず劣らずレベルでたいがいだと思う。


 しかしここで疑問が。

 有名になりたくなくて売れっ子にもなりたくないとするなら、なんでKYOKOさんは芸能人をやってるんだろう。


「……じゃあ、KYOKOさんは、いったいどんな目的で芸能界に足を踏み入れたんですか?」


『そんなの決まってるでしょ。都会に出てきたかったからよ』


「……ほ?」


『正確には、関東のほうに引っ越してきた美衣を探し出したかった、というところね。心を病んでしまった美衣のために、暮林さんとこは関東のほうに引っ越しちゃって。詳しい引っ越し先も教えられなかったし、田舎住まいじゃ美衣に会いに行くこともできないし』


「……え?」


『スカウトされて、何とかこっちにきて、いろいろなつてを頼って美衣の所在を調べて。つい最近、ようやく突き止めた、ってわけ』


 はあ。

 レズの一念、膜をも通す、ってか。まあ暮林さんには通すような膜はないとしてもだ。

 つまり、KYOKOさんが暮林さんに謝りたい、という気持ちはそれなりに真面目なものなんだろう。少なくとも、KYOKOさんにそのような行動を起こさせるくらいには。


「あの、KYOKOさん」


『仕事でもないのにKYOKOって呼ばれるのはちょっと遠慮したいわね。本名で呼んでくれないかな』


「え? えーと、じゃあ剣崎さん。所在が分かっているなら、直接会いに行けば……」


 なるべく関わり合いにならないで解決してもらうにはそれしかないとは思っちゃいるんだけど。

 答えはやはりこの前と同じ。


『だーかーらー、ご存じの通り、アタシも美衣の母の排除対象なのよね。バレたら怖いことになるうえに、美衣が素直にアタシと話をしてくれるとも思えないし』


「ああ……そうだよなあ」


 納得した。だが剣崎さん、覚悟足りなくね?

 そして、やっぱり暮林さんも剣崎さんのこと許してないのだろうなあ。奥津への態度からもそれは明らかだが、剣崎さんもちゃんと説明してからいろいろ行動すればよかったのに。


 ま、今さらジローだな。怨恨マシマシ。


 となると結局、俺が合コンまでたどりつくための行動選択は、暮林オカンをなんとかして懐柔するか、うまくオカンの目を盗んで剣崎さんと暮林さんを引き合わせるか、のどちらかしかないということね。


 さて、どーしましょ。

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