わからない兄妹理由

 というわけで。

 やっちまった感がぬぐい切れなかった俺は、今日という日を省みるべく、夜になってアンジェに電話を掛けた。

 同じ女性なら、俺には理解できない暮林さんの心の動きも分かるかもしれないしな。


『もしもし、お兄ちゃん?』


 コールひとつで即出る妹。暇だったのかな。


「ようアンジェ、突然電話してすまないな。今なんかしてたか?」


『べ、べつに通話より大事な用事なんてないし。むしろ毎日でもいいし』


 暇だったようだ。ま、だからこそ俺からメッセージがないとむくれたりするのか。

 もうちょっとアンジェの周りに信頼できる友達がいればいいんだけど。


 とりあえず本題に入ろう。


「いやまあそれはともかくとして、恋人関係でちょっと聞きたいことがあったんだ」


『……なに? アンジェのことなら彼氏はいないし、今後も作る予定ないよ?』


「そういうことじゃない」


『……じゃあ、なに? ま、まさか……』


 今後も作る予定ないって、そんなにぼっち街道ひた走ってどうするアンジェ。


 そうは思うものの、中学三年生の妹に今からこんなこと尋ねる俺もどうかしてるので、えらそうなことは言えない。

 ほかに頼れる異性の知り合いがいない、俺の現実の世知辛さやいかに。


「たとえばの話だが。アンジェにもしも恋人がいたとしよう」


『……なーんだ。うん、それで?』


 スマホの向こうで、なぜかほっとしたようで残念そうな声が上がるが、気にせず続きを話す。


「で、だ。アンジェがな、その恋人を裏切って浮気をしたとする」


『アンジェは浮気なんてしないよ。ずっとひとりだけだよ』


 まあ本当にできた妹だこと。


「まあ、今はそういう仮定で考えてほしいんだが」


『……うーん、ごめん、地球が滅んでもありえないことだから、仮定で考えられないや』


 貞操観念がしっかりした妹を持ってるということだけは幸せだな。兄として余計な苦労はしなさそう。

 だが今回はそれだけでは済まないので、いたしかたなし。さらに踏み込む。


「ん-、じゃあ、ちょっと変えるか。アンジェにはすごく好きな人がいて、でもその好きな人は自分を見てくれてない、としよう」


『……』


「で、だ。ある日、アンジェに告白してきた男がいたとする。好きな人に振り向いてもらえないアンジェは、やけになってその告白をOKしてしまうんだ」


『……ありえないけど、それで?』


「あ、ああ。だが、やけくそでその男とつき合い始めたら、なぜかそのあとに好きだった男がアンジェに迫ってきた。アンジェの魅力に気づいた、とか言ってな」


『……ふーん』


「で、浮気しよう、とアンジェに持ち掛けてきたとする。むろん彼氏とは付き合ったままでだ。そうなった場合、アンジェならどうする? 浮気なんてもってのほかと誘いを断るか、悪いことと分かっているけど浮気の誘いに乗るか」


『即どうでもいい男と別れて、好きだった人と付き合う』


「いやそうじゃなくてな……」


 どうもうまく状況が説明できない。

 えーと、あと何か要素があったっけ……あ、そうだった。


「あのな、実はアンジェが好きだった男には、実は他に本命がいるんだよ。だからアンジェのことを見てくれてなかったんだ」


『なんで!? もしかしてお兄ちゃん、他に好きな人がいるの!?』


「どこをどうとったらそういう話になるんだ。あくまで例えだ。続けるぞ」


『……』


「でもその男は、アンジェが他の男とつき合い始めたらなぜか急にアンジェのことが惜しくなってしまって、他に好きな人がいながらアンジェに浮気の誘いを……」


『……お兄ちゃん、妬いてるの?』


「だから俺じゃねえっつの! で、だ。アンジェだったら、そういう状況の時、好きな男からの浮気の誘いに乗るか? それとも毅然と断るか?」


『えー……でも浮気っていっても、普通にデートしたりとかくらいでしょ?』


「いや、セ……」


 おっとお。

 天使たる妹にお下劣な現実を突きつけてはいけない。ここはやんわりと。


「……いや、チューとかも、するんじゃないか」


『チューくらい、兄妹なら普通にするよね?』


「ここは日本だぞ。というか俺とアンジェは今までそんなことした事実ないだろうに……いやまてそれよりもだからなんで俺の話になってるんだ」


『え? アンジェに彼氏ができたらお兄ちゃんが嫉妬する、って話じゃないの?』


「……」


 なぜか嬉しそうにそういうアンジェではあるが、俺のほうは明らかに相談相手を間違えた気がするぞ。つらみ。


「……もうそれでいいや。で、だ。アンジェだったら、彼氏がいるときに俺にデートに誘われたら、誘いに乗るか?」


『それはもちろんだよ。というか彼氏とのデートの予定があっても、お兄ちゃんを優先するけど?』


「おい!」


 それはいかんだろ。さっきのはぬか喜びだったんか。アンジェがビッチになったら泣くぞ、というか号泣できる自信まである。


『だって、何事にも優先順位っていうのがあるでしょ。お兄ちゃんはアンジェにとって最上級。ただそれだけだよ』


「いや、だからといって浮気はよくないでしょうに……」


『えー。兄妹同士で仲良くして浮気扱いされることのほうがありえないじゃない? たとえ彼氏がいようと結婚してようと、別に兄妹なんだからデートやチューくらいしたってかまわないと思う』


 ……だめだなあ。やっぱり天使に接するような言い回しでは修羅場感が出ないのだ。


 しゃーないな。

 妹が多少汚れても、正しい道徳観念を植え付けないと。


「……じゃあ、もし兄妹同士でセックスとかしたら、それは浮気としてはかなりヤバいと思わないか?」


 どんがらがっしゃーん。


 そこですごい効果音、というか何かが落ちるような倒れるような音がスマホ越しに鳴り響いた。


「お、おい! 大丈夫か、アンジェ!?」


『あ、あああああの今何言ったのお兄ちゃん』


「……すまん、失言だった。そんなことありえないよな」


『いやだからあり得ないとかそういうのじゃなくてなんなのなんなのいったいなんでいきなりそんなこと言うのお兄ちゃんまさかアンジェとそういうことしたくなったのちょっと待って思考が追い付かないでもアンジェは別にいいんだけどああでももっと色気のある下着を用意しないとあとちゃんとあかすりして身体磨いてダイエットもしてもっときれいになってからでいやもうむりむりむりむりむりむり』


「落ち着けアンジェ。たとえだたとえ」


『はわわわわわ』


 家族から見ればべつにアンジェはアンジェなんだけど、アイスドールと言われているアンジェのこんなところを知ったら、みんなどう反応するんだろう。

 むしろ親しみが持てて友達が増えたりしてな。


 ……とは思うものの、今回の質問に答えろというのは、やはりアンジェにはきつかったようだ。

 ま、そりゃそうか。見た目は大人びててもしょせん中学三年生だもの。


「すまん、突然こんなことを聞いてもそりゃ答えられないよな。忘れてくれ。ちょっと悩んでたんだが、自力で解決することにするよ」


『あ、で、でも、ひょっとして、今度、お兄ちゃんのとこに遊びに行ったら、えと……』


「ああ、焼き肉はもうおごれないからかんべんな。今度遊びに来たときはアパートでずっと過ごす羽目になるかもしれんが」


『え、お、お兄ちゃんのアパートにこもりっきり!?』


「そうなる可能性がでかい、っていうこと。不満なら無理してこなくてもいい……」


『いく! ぜったいにいく! 借金してでも行くから!! ゼッタイイキタイ!!』


「……お、おう」


 アンジェがおかしいままだよ、掛かってるよ。

 やっぱり相談相手を間違えた……というより、薄汚れた兄が天使にこんなこと聞いちゃいけなかったんだな、猛省。


 しゃーない、暮林さんの心理はじめ、今日の総括はもうあきらめて、あとは勢いで何とかしよう。


 …………


 アンジェとの話が終わったら、いちおう、KYOKOさんにも連絡入れておくか。

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