百合のように【Like a lily(歌:Belladonna)】

 KYOKOは車の窓から俺の顔を凝視し、さらに続ける。


「んー……でもあなた、どこかで見たことある顔なんだよねえ」


 なんだろうこれ。何かの常套手段じょうとうしゅだんみたいなセリフだ。


 …………


 わかった。


「すいません、ナンパなら条件次第で応相談です」


「ざけんなし。男ってだけでも反吐が出るってのに、誰が好き好んであんたみたいなモブをナンパするっての」


「あひゃ。そんなモブ男になんでわざわざ声をかけてくるんですか。まごうことなき人気絶頂モデルさんが」


 瞬時に脈なしと判断余裕だったので、厭味ったらしく言ってみた。

 なんだよ、大人気モデルとモーテルへGO、人気も快感も絶頂待ったなしかと期待したのに。


 ま、『あなた』呼びから『あんた』に変わったから、少しだけ親密度は上がった……のか?



 ―・―・―・―・―・―・―



 このまま話し込んでは人目につくから、という理由で車を運転していたマネジらしき人間をどこかへ追い出し、俺はKYOKOと同じ車の中で話をすることになった。

 もうこんな機会二度とないだろう。今のうちにKYOKOスメルでも堪能しとこうかな……


 なんて余裕は与えられなかった。


「もう一回聞くけど、あんた美衣のなんなのさ」


「港のKYOKOと化してますねんけど。というかなんで今現在絶頂期を迎えているモデルさんが、昔違う意味で絶頂期だった暮林さんを知ってますのん?」


「……は?」


 逝ってる意味が通じただろうか。


「まさか、あんた……昔の美衣を、知っている……?」


「いやまあそりゃ。オナチューだったし」


「……は?」


 なんだろう。

 俺に向かう、この値踏みされるようなKYOKOさんからの視線は。


「……あああああ!! あんた、そうだよあんた! 中学時代に美衣と付き合ってた、ダッシュムラってやつでしょ!」


「なんでそれを知ってるのかはさておき、俺に農業やれとおっしゃるのか、面白いなこのふしぎなデルモは。青いキャンディー五粒くらい食わせて老婆にしてやろうか」


「うっさい!!」


 そこで思い切り殴られた。肩を。


「いてえ!」


「うっさいうっさいうっさい!! アタシの幼なじみの美衣を、時間をかけてアタシ好みの味にじっくりコトコト煮込んだ美衣を、突然横からかっさらってったやつに鉄拳制裁くらいは許されるでしょーが!!」


「……あん?」


「あんたが、あんたが! チューボーのころに美衣に告白なんてしなければ、今頃アタシと美衣はラブラブちゅっちゅな仲で、平安時代よろしく貝合わせを一日中やってたに違いないのに!!」


 それはアワビかハマグリか。ヤバイ、今日はなんだか頭が混乱しっぱなしだわ。


 暮林さんと幼なじみ。

 いろいろと事情を知っている。


 そして、KYOKOは確か、俺たちと地元が同じ。


 …………


 つまり、だ。


「えーと、KYOKOって……ひょっとして生徒会長やってた、剣崎飛鳥さん?」


 混乱しつつも、結論にたどり着く俺。

 なんだよ、名前がKYOKOとか、脈絡のない名前だったから気づかんかったわ。

 どーりで、どこかで見たような気がしてたはずだ。


「そうよ。ったく、アタシの人生狂わせた張本人に、まさかこんなところで再会するなんてね……」


「いや待ったちょっと待った。俺は結局安藤に暮林さんを寝取られた被害者だし」


「ざまぁ」


「なんか腹立つなあその言い方。それにKYOKOさん、いや飛鳥さんさ、俺のこと責められる立場なの?」


「何言ってるのあんたは」


「いや、飛鳥さんだってさ、そのあとに安藤のバカを略奪して、暮林さんを絶望のどん底に陥れたじゃない?」


 暮林オカンが言ったことが事実なら、そのはずだ。

 正直、この人が何をしたかったのかわからんしな。安藤をなびかせたあとにあっさりこってり捨てたみたいだし。


「あんた頭がドテカボチャなの? あんなサルにも劣る射精ソムリエ安藤が好き放題に美衣を蹂躙するのを、いつまでもただ見てるわけにいかないでしょ?」


「……」


「ったく、美衣の膜も破瓜の血も心もアタシがおいしくいただくはずだったのに……」


 あ、毒草ベラドンナ並みにやべえやつだこの人気モデル。つぶやきを聞いただけで悟った。

 そういや確かにKYOKOって、男関係のスキャンダル皆無だったな。まさか男よりスキャンティのほうが好みだったとは、ハーレクインロマンスの神様ですら思いもしなかっただろうに。


 とにかくだ。声を大にして言いたい。

 なんでこうヤバいやつしか俺に寄ってこないんだってばよ。

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