げに恐ろしきは女の執念

「雄太さま、おひさしぶりでございます」


 車から降りてきた女性は暮林オカンだった。いやお久しぶりってほど久しぶりじゃないんだけど、時間軸どーなってんだ。

 俺に対する態度は相変わらずだが、その表情は硬い。


「お、お母さん……」


「美衣、危なかったわね。この産業廃棄物は、こっちで処理しておくから。安心なさい」


 親子の会話にしてはなかなか物騒な内容であるが、俺の疑念など意にも介さず、暮林オカンは膝をついたままの奥津の肩を後ろからつかんだ。


「ちょっと油断するとこの汚物は……消毒どころか去勢が必要でしょうか?」


 やだなにこのオカン、すごい力で奥津を引きずっていくんだけど。

 それにしても登場のタイミングが良すぎ。これは訊かねばなるまい。


「あ、あのー。暮林さんのお母様は、どうしてここに?」


「悪い虫が美衣に近づいたという報告があったので、駆除に参上した次第です」


「……報告って誰から」


「ああ、雄太さまには説明してなかったですね。実は呪いを解くかわりに、この者にビーコンならぬGPSをつけさせてもらったんですよ」


「それなんて装甲騎兵。というか日本ってジェシカ法の施行範囲なんですか?」


「一応本人の同意は得てありますので。まあ本人はそれが位置情報を知らせるアイテムだとは理解してなかったのでしょう。案の定美衣に近づきやがりましたね」


 こええ。

 暮林オカンの発言が怖え。

 ひょっとしてどこかのエージェント出身ですか、オカン様。どこかのナノマシン物語に出てくるママみたいな感じの。

 もしそうならば、きっと暮林オカンの名前は美沙だろう。今度からヘルズブラックウィッチって呼んじゃうぞ、脳内で。


「美衣、あなたも顔色が悪いわ。まだ病み上がりなんだし、今日のところは静養しましょう。一緒に来なさい」


「う、うん……」


 言われてみれば確かに、暮林さんの顔色がさっきより悪い。

 なるほど、だから錯乱半分イカレポンチ半分で理解不可能発言したわけだな。脳が終わってるときの言葉だから、脳完ノーカンでいいや。


 つーかなんだ、ずっと一人の人間のことを考えていたら、それは恋になるんかよ?

 たとえば俺がNTRネトラレアどものことを、殺したくなるほどに憎たらしくて憎たらしくて仕方ないってずっと思ってたら、その憎しみがいつの間にか愛になることもあるって?


 …………


 うん、ないな。

 可愛さ余って憎さ百倍、とかならまだしも、この反応は不可逆的なものだと思う。

 百歩譲っても、憎さ余って可愛さ虚数、ってのが関の山だろ。


 と、俺が真剣に悩んでる横で、オカンに呼ばれて歩き出した暮林さんが。


「……あっ」


「おっと」


 ふらっと倒れそうになったので、反射で思わず受け止めてしまった。


「あ、ご……ごめん」


「いやべつに」


「……」


「……」


 別に話すことなどないのだが。

 暮林さんは、俺に身を預けたまま、歩き出そうとしない。


「……ねえ。雄太くん」


「ん?」


「やっぱり、これって……恋だと思うんだ」


「……はあ?」


 ここで、おまえは何を言っているんだ、とミルコばりに否定するか。

 それとも、ちょっと何言ってるのかわかんない、とトミザワムーブをかますべきか。


 くだらない二択に悩んだせいで、暮林さんを黙らせることができなかった。


「だって……こうやって雄太くんに支えてもらってることが……すごくすごーく、うれしいんだもん」


「……」


 まーだ脳が逝ってるのかい。俺の理解の範疇を超えてる思考回路だな。

 相手してられん。


 俺は軽く暮林さんを押して地面と垂直に立たせ、拒否のひとこと。


「俺はまだ、暮林さんを許してないぞ?」


 ──そんな勘違いをしたまま、俺に付きまとうのはやめろよ。


 そう続けたかったはずなのに、こっちを見ている暮林オカンの未知なる恐怖が頭をよぎったせいで、むりだった。


「……うん。わかってる。だから、報われなくてもいいの」


「……」


「今日は、助けてくれてありがとう、雄太くん」


 頬を染めたままそれだけ言うと、暮林さんはふらりふらりとオカンが待つ車の方向へ向かっていく。

 こんなん、悪態つきたくてもつけるわけねえべ。


 奥突おくつくんがどのような折檻を受けるのかだけは気になるが、なんか講義受ける気はそがれたな。今日が初めてだっていうのに。

 ま、受講届を出すのは多分来週でも大丈夫なはず。まわりの注目も集めちまったし、今日のところはいったん帰宅しとこうかな。


「では、失礼します、雄太さま」


 ヘルズブラックウィッチがそう挨拶してから、暮林家の車は急発進で去っていった。割と運転が荒いオカンだ。


「……俺も帰ろ」


 そうして正門を出て、少し歩いたところで。


「……ちょっと、そこをほてほてと歩いている、うだつの上がらなさそうなあなた」


「ああん?」


 今度は、別の車の窓から、サングラスをしたショートカットの女性に呼び止められた。いや、バカにされた、ってのが正しいかもしれん。

 虫の居所が悪かったので思わずすごんでしまったが。


「……あ!?」


 ディスってきたその女性を見て、俺は固まった。


「ま、まさか、KYOKOキョーコ本人!?」


「しっ!」


 さっき、木村さんがロケ現場で見たと騒いでいたゲイノージン、本物のKYOKOがなんで俺に!?


「さわがないで。というか……あなた、暮林美衣と知り合いなの?」


「……へっ?」


 なんでKYOKOが、暮林さんのことを知ってるんだ?



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