おまえもざまぁされたいか?

「! 雄太、くん……」


 まさか俺がここで乱入してくるとは思ってなかったんだろう。

 暮林さんが驚きのまま、俺のほうを見てくる。


「あ? 関係ない奴はひっこんで……げっ!」


 いちゃもんをつけられておきながら、暮林さんよりも遅れて俺に気づく奥津の顔が間抜けもいいとこ。良かったな奥津、オトコらしくなって。間男が間抜けになったらただの男だもんな。


「よう安藤、いや奥津。おくつろぎ中のとこ悪いが、久しぶりだな。今日も元気なのは股間だけか?」


「な、なんで上村がここにいる……」


「は? 光秀から聞いてねえのか?」


 周りが遠巻きに俺たちを眺めているが、ま、後ろめたいことなど何もない俺は別に気にしない。


 そういや光秀、暮林さんがことをばらしちまった、とは言っていたが、っていう前提でばらした、とまでは言ってなかったな。

 つまり光秀は、暮林さんと俺がいるこの大学を大学名のみで奥津に教えた、ということなんだろう。紛らわしい言い方しやがって。


「お、おまえがここにいるって聞いてたら、俺はこんなところに……」


「いやそれでも絶対来てただろおまえ。なんだ、呪いは高校卒業したら解けたんか? 解けたんだよな? だから解呪成功記念にすぐやらしてくれそうな暮林さんのところへ来たんだろ、おまえ?」


「……」


 ほーら黙り込んじゃった。二回戦に突入できない、いや二の句が継げない、ってか。若いんだからテクニックなんぞに頼らず勢いで押し切ればいいのに、ばかなやっちゃ。

 しかし呪いに関してすらも反論してこないって、マジかよ。


 ま、いっか。

 勢いで押し切れるのも心が揺れているうちだけだから、今となっては時すでにいとをかし、だわな。


「どうした奥津。暮林さんをかどわかして、中学時代のように音楽室プレイでもするつもりだったか? バッハやベートーヴェンの肖像画に見られながら絶頂を迎える感覚が忘れられなくなったとかじゃねえだろうな?」


「な! なんでそれを……」


「気づかねえわけねえだろ。というか暮林さんよりおまえのほうがやかましかったじゃねえか。多少防音になってるとはいえ、奥がいいだの奥までズッポシだの男優並みにやかましく叫びやがって。AVの見すぎだっつの」


「お、くっ……」


 あの時にはつらくて悔しくて、ただただ世の中とこいつらを恨んだシチュエーションだったが、今現在はただの下品な笑い話となっているところに時の流れを感じるな。

 誠意の感じられない行動を繰り返すとこいつらみたいになる、ってね。


 …………


 誠意、か。


奥突おくつ。第一おまえさ、自分の行動を全く反省してねえだろ。裏切られた人間の気持ち何も考えてねえだろ。誠意が足りない人間の言うことを信用できるのは、恋で盲目になってるうちだけだ」


「せ、誠意だか遺精だか知らないが、美衣に謝りたいとは思っている!」


「こすらずイケるよりもたやすく、思ってるだけなら詐欺師にでもできるな。おまえがもし本気で暮林さんに謝罪したいのであれば、衰弱して入院するまで土下座し続けて、まずスタートラインだ」


「む、むちゃいうな!」


「ムチャと思ってる時点でおまえの誠意も覚悟もないも同然。それで許されるならまだいいほうで、そこからさらに膨大な時間をかけて信頼ってもんを築き直さなきゃ、普通は話も聞いてもらえねえんだよ」


「くっ……だ、だが、俺と美衣は幼なじみだ!」


「だから何だ。幼なじみの関係くらいで、おまえが裏切った罪を忘れてもらえるとでも? というかおまえ、いまだに暮林さんの気持ちがおまえに残ってるって勘違いしてねえか?」


「そ、そんなはずは……」


 埒のあかない言い争いが続く中。


「……そうよ。もう今のわたしには、奥津君に対する気持ちなんてこれっぽっちも残ってないの。今のわたしが好きなのは、この世で好きな人は、雄太くん、ただひとりだけ」


「……は?」


 暮林さんがそこで乱入、呆れる奥津。こんな3P、嬉しくない。

 しかし暮林さんは、俺の許可も得ずに俺の左腕に抱き着いてまくしたてた。


「奥津君に裏切られて、どうしようもなく傷ついて、そうしてやっと雄太くんの苦しみを理解したバカなわたしだけど。でも、もうずっと、雄太くんに対する申し訳なさしか、わたしの心の中にはなかった。奥津君を恨むよりも、雄太くんへの罪悪感をずっと抱えてた。雄太くんのことを思い出さない日はなかった」


「ちょ、美衣、いったい何を……」


「まるで好きな人を想うかのように、ずっとずっと雄太くんのことばかり。そうして今わかった。もう奥津君への気持ちは、わたしの心にかけらすらも残ってないって。わたしの心の中にいるのは、雄太くんだけなんだって!」


「……」


 えーと。

 必死になって、何わけのわからんことを言ってるんでしょうか、暮林さんは。

 いや、逝ってる、の間違いかな。長すぎるから三行でまとめてもらいたい。


 しかしなぜか奥津の顔が蒼白だ。

 俺に理解できないことを奥津は理解できたのか。俺の理解力が奥津より下だって言われてるようで、なんかとてつもない屈辱なんですけど。


「そ、そんな、ばかな……み、美衣、お願いだ、一時の気の迷いに惑わされ……」


「奥津くんにそそのかされて、乗ってしまったことが一番の気の迷いだったよ。幼なじみっていう関係が特別なものに思えて仕方なかったあの時が。もう、わたしは間違わない」


「う、嘘だ、嘘だと言ってくれ美衣! あんなによがり合った仲じゃないかぁぁ……」


 よがり合った仲って大草原不可避。一方的におまえだけよがってたの間違いだろ、奥突。


「も、もう、いいかげんにして! この9センチ男!!」


「ぐはっっ!!」


 おいおい、暮林さんや。いままでまわりに聞こえないように割と小さめな声で話してたはずなのに、なんでそこだけやたらと大きい声で叫ぶ。

 見ろ、まわりの視線が集まってるじゃねえか。9センチってのは俺のサイズじゃねえからな、とギャラリーどもに股間を腫脹、いや主張したい。


 ま、グラスちゃんとスぺちゃんの有馬の着差4センチや、シャカとフライトのダービー着差7センチよりは上だから、強く生きろ奥突。


 …………


 果たして、9センチで奥に届く、のか……?


 がくっ、と奥津が膝から崩れ落ちた瞬間にそんなくだらないことを考えながら。

 俺は遠目で、大学正門前にでっかい車が止まったのを確認した。


 ──あ、誰か女性が下りてきたぞ。

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