ほっとけねえっての

 月曜日。

 何事も起きないでくれ、という俺の願いは、午前中に舞い込んだメッセージで見事なまでに破壊された。


『雄太すまん。元安藤今奥津のやつに、昨日暮林さんのことを聞かれてしまったので、おまえの大学にいると教えちまったよ』


 光秀の野郎! 本能寺よろしく裏切りやがったな!


『なんで安藤とそんな話する機会があったんだよ! 顔と名前知ってるくらいじゃなかったのか?』


『実は、同じサークルになっちまってな。F県出身ということで仲良くなって、ついついいろいろ話しちまった』


 中国大返しして討伐してやろうかこんちくしょう。

 もういい、光秀を親友と思った俺がバカだった。俺と違って青春を謳歌してるようだし、今後すべてのメッセージを既読スルーの刑に処してやる。


 はあ。

 ま、暮林さんの話を聞く限りでは、未練たらしく安藤が暮林さんに付きまといに来る確率は低いだろうけどさ。


 ……安藤が、呪いのせいで女日照りに耐えきれず溜まってなければ、な。



 ―・―・―・―・―・―・―



「あ、ゆうたくん! おはよー!」


「……ああ、木村さん。おはよう」


 朝から裏切られた気分を隠さず、かなり遅れて大学へ向かう途中、木村さんが後ろから肩を叩いてきた。


「ねえねえ、さっきそこの形成線の駅でさ、ドラマの撮影してたんだけど! なんとそこに、KYOKOキョウコがいたのよ! もうびっくり!!」


「……は?」


 KYOKO。芸能界に疎い俺ですらも名前くらいは知っている。

 確か二、三年前くらいにデビューしたらあれよあれよという間に人気が沸騰し、今はバラエティーにドラマに引っ張りだこのモデルさん。耳が隠れる程度のショートカットが似合う、ナイスバディの美人だ。


 でもね、なんかこのKYOKOってモデルさん、別に興味があるわけじゃないんだけど、どっかで見たことあるような気がするんだよな。

 まあ俺の記憶なんてあてにならないから、知ってる人かどうか自信はないが。


「もうね、こーんなに顔小っちゃくて! 色白で! やっぱ現役モデルってヤバイって思った!」


「……ふーん」


「でさ! KYOKOって出身地も本名も秘密にしてるんだけど、どうやらF県の出身みたいなんだって! ひょっとすると昔、街のどこかですれ違ってたりして!」


「……ふふーん」


 なるほど。いま、中途半端な時間帯ではあるけど、木村さんはおそらくそのロケ現場を見てて遅れたんだな。


 木村さんは昭和風に言えばミーハー、平成風に言えばスイーツ(笑)である、と判明した瞬間である。

 まあこのくらいの年齢の女子って、芸能人でも芸ノー人でもゲイイエス人でも見つけたら同じように騒ぐから仕方ないといえば仕方ないが、『したかない』には決してならないのが木村さんの怖いとこだ。


 そうして一方通行の会話をしつつ、俺と木村さんが正門を抜けたら。


「なあ、本当に謝るから!」


「……ほっといて。いいからもうわたしの前に顔出さないでよ」


 何やら知った顔の男女が正門から少し離れたところでもめていた。


「げっ」


 木村さんは反射的にそう漏らしてしまったようだが、少し本心を隠すことをおぼえたほうがいいように思う。


 もめていた男女のうち、女のほうはまだ少しやつれたふうの暮林さんであった。正門前でごたごたするのが好きだなあ、ほんと。

 そして木村さんは、いまだにオナチューだってことを暮林さんに告げてないのだろうか。


「あ、あの、悪いけどわたし遅刻してるから、急いで向かうね! じゃあ、ゆうたくんも頑張って!」


「あ、ああ……」


 木村さん、逃げるの巻。なんだかんだいって、危機管理はきっちりできているようだ。ま、ちゃんと好きン買っていたしてたわけだからな、生でやっちゃう猿が多い中。


 俺も関わり合いになるのはごめんだし、このまま知らんぷりして……


「な、なあ、本当にごめん! 後悔してるんだ、あの時のことは!」


 ……何やら男のほうがかなり必死だな。ここまで聞こえてくる。


「……どの口で後悔してる、なんていうのよしらじらしい。どうせわたしのことなんて、都合のいい女としか思ってなかったんでしょう?」


「い、いやそんなことは……美衣は大事な幼なじみだしさ……」


「美衣、なんてなれなれしく呼ばないでくれないかな? さんざんもてあそぶだけもてあそんどいて、飛鳥姉のほうがいい、ごめんなさい、なんて捨てたくせに。どれだけわたしが傷ついたか、本当に理解してないのね」


「だ、だからごめんって……」


「心のこもってない謝罪なんていらないわよ……。こんなクズな男に恋焦がれてたなんて、ばかみたい。本当にばかみたい。今はただただ憎しみしかないの、もうわたしにかかわらないで」


「……美衣!」


 奥津……?


 そこで暮林さんが口にした、男の名字。


 …………


 あああ!! そうだよそうだよソースだよ、こいつ安藤じゃん! いや、元・安藤、現・未練たらたら男!

 なんで来たんだこいつ。まさか本当に女日照りだから、未練だけでなく先走り汁たらたらなのか?

 それで先走りどころか本汁と脳汁出すために、手っ取り早く暮林さんのところに来たのか? というか呪いはどうした?


「……あらためて、雄太くんの気持ちが分かった。こんなわたし、許されるわけ、ないじゃん……」


「なんだよ美衣! いいから話を聞いてくれよ!」


「きゃっ!」


 おっと、安藤、いや奥津が暮林さんの腕をつかんだぞ!


「や、やめて! やめてったら!」


 いやがるそぶりを見せるけど、奥津は暮林さんの腕を放そうとしない。


 あちゃー。

 この前の俺の立場になっちゃったわけか、暮林さんは。

 ねえわかった? 俺と前みたいに仲良くなんてできるわけがないって、わかった?

 すっごく深くて醜い感情でしょ、それ。


 …………


 だけどさ。

 なんでだろうな。ムカムカするわ。


 暮林さんが、俺に対して申し訳ない、って思ってた気持ちだけは本物だったぞ。

 謝罪するうえで最低限必要なはずのその気持ちが、今の奥津からは全くと言っていいほど感じられない。


 本当にむかつくよな。ただただむかつくよな。間接的に、俺のことも馬鹿にされてるみたいでさ。


 そう思ったら、俺は。


「……おい奥津、他人の彼女をいいくるめてヒィヒィ言わせてたおまえのマラよりもきったねえその手を、いいかげん放せや」


 ……あーあ。よせばいいのに割り込んじゃった。


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