癒しが欲しい今日この頃

「今日は、ありがとう」


 小島さんは、少しだけ。

 そう、高校時代を思い出させるように、少しだけ、照れ笑いをして。


「あたしのことは、あたしで何とかする。自分の罪だもの」


 そうはっきり俺に告げた。良かったわ、一安心。

 まあこんな顔をするくらい心に余裕が出れば、突発的に自死を選んだりしないだろう。


「……でもね。でも、どうしようもなくなったとき。そのときは……」


 だが、そう言ってからなぜか少しだけ不安さを表情に出す。目線は俺だ。


 あのさ、『そのときは』なんだよ、死を選ぶしかないっていうんか?


「……そのときは、せめてその前に俺に言ってくれ」


 ジョーダンじゃねえ、だから遺書に俺の名前を書いたりとか、死んでからも俺に迷惑かけるような真似を軽率にすんな。


 そんなつもりで言ったというのに。


「……うん! ありが、とう……雄太。じゃあ、帰るね」


 またまた、何で礼を言ってくるんだろうか。

 というか何か誤解してるよな、絶対。自分に都合のいいように。


 ……とは思ったが。


 ここで先ほどの問題をほじくり返す気にもならぬ。

 ま、今後無関係で余計な波風を立てないようにすれば、どうでもいいか。


 当然ながら、俺の部屋から出ていく小島さんを、見送ることなどしなかった。

 むしろガラスの仮面をかぶってセリフを言うなら、金輪際さようなら、永久にさようなら、だ。


 そして思ったことが一つ。


「……せめてトースターくらいは買おう……」


 焼かない食パンにマーガリンをつけて食べるのは、とっても味気なかったので。

 せめてバター生活がしたかったよ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 というわけでさっそく。

 今日は日曜だし、ちょっと遠出して、とある家電量販店までやってきた。むろん、食パンというコスパ最強の食生活を少しでも快適に送れるよう、トースターを買うためだ。

 処女苑の焼肉で食費を犠牲にしたわけだし、トースターくらいならそんなに高くないだろうし。


 しかし、そこに入ってすぐ。


「ふええぇぇ……じーじ、ばーば、どこぉぉ……」


 入り口付近で、べそをかいたまま立っている子供が目に入った。

 女の子だ。歳は四、五歳、くらいだろうか。


 それを見て。

 昔、いじめられて同じように泣いているアンジェの姿を、ふと思い出してしまった俺は。


「……泣かなくていいよー。はぐれちゃったのかな?」


 放っておけなくて、しゃがんで目線を合わせてから、ついつい声をかけてしまった。


「じーじ、ばーば、いないの……」


「そっかそっか。じーじとばーばと一緒に来てたんだね。お名前、言える?」


「……ゆきは、ゆきっていうの」


「ゆきちゃんか。大丈夫だよー、すぐにじーじとばーばが見つけてくれるから」


 少しでも安心させようとゆきちゃんの頭をなでるものの、やはり知らない人間では慰めにもならず。


「ふ、ふええぇぇ……」


 またぐずり始めてしまう。焦るぜベイベー。


「あ、あああ、安心してゆきちゃん! そうだ、お兄ちゃんが面白いこと言ってあげるね! ふとんがふっとんだー! ねこがねこんだ! カメは万年生きまんねん! 女がおんなー、電話にでんわー、一升瓶は一生ビンのままだー!」


「……」


 やべ、アンジェはこうやってくだらないダジャレを言うと泣き止んで笑ったもんだったが、内容がハイブローすぎてわかりづらかったか?


 と思ったのもつかの間。


「あ、あはは、おにいたんのおかお、おもしろーい!」


「顔かい!!」


 俺の必死な顔ってそんなにおもしろいんだろうか。ダジャレ以上に。

 まいっか。屈託のない幼女の笑顔ってのは、全人類共通で癒しだ。


 あいつらNTRネトラレアにも、こんなふうに無垢な時代があったはずなのにな。何をどう間違えてああなってしまったんだろう。


 ……せめてアンジェだけは、無垢なままでいてほしいと切に願う。


「よーし! じゃあゆきちゃん、じーじとばーばさがそうか!」



 ―・―・―・―・―・―・―



 そうしてお店の本部かどこかでゆきちゃんを預かってもらおうとしたのだが、なぜかゆきちゃんになつかれてしまい困った。

 ま、大サービスとして肩車くらいはしてあげたけど。


 そして、肩車で移動しながら本部へと向かう途中で。

 ゆきちゃんのおじいさんおばあさんらしき人に遭遇したので、ゆきちゃんをお返しすることにした。


「本当に、ありがとうございました。貴重な時間を……」


「あ、ああいいえ、むしろ俺のほうがゆきちゃんに癒されましたので、まったく気になさらないでください」


 そうしておばあちゃんにそれはそれは丁寧にお礼を言われたので、正直むずがゆい。


「……でも、この子がこんなに、若い男の人になつくのは珍しいんですよ」


「そうなんですか? こんなにかわいいのに」


 ふむ、やはりダジャレは老若男女問わずのネタだな。

 というか、なついてくれる子供は誰にでも天使だと思うぞ。なついてくれない子供は悪魔だけどさ。


「はい、今日は本当にありがとうございました。後日改めてお礼をしたいので、よろしければお名前を……」


「あーいやいやそんな大したことしてないですし、俺も俺で楽しかったので、気になさらないでください。ではこれで失礼します」


 そうして俺は、おばあちゃんと手をつないでいるゆきちゃんに向かってしゃがみ込み。


「じゃあ、ゆきちゃん、こんどはまいごにならないようにね。ばいばい」


 そう言って頭をなでると、ゆきちゃんは最後にすさまじい天使の笑顔を見せてくれた。


「うん! おにいたん、またね!」


 またね──か。


 空いた手を必死で振るゆきちゃんは、俺にまた会えると信じて疑わない様子だ。

 まあ次はなさそうだけど、万が一のときのために、新しいダジャレを考えておこうっと。


 …………


 うん、ちょっと気分は上がった。さて、トースター買って帰るか。


 ……明日も、こんな感じで心温まる癒しがあればいいんだけどな。俺の周りにはムナクソなイヤラシNTRしかないのがもうね。


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