死ぬなよ死ぬなよ絶対に死ぬなよ

 まあ見られちまったもんは仕方ない。

 とりあえずぱんつを洗濯籠の中にしまい込んで、小島さんを中にあがらせよう。


「……お、じゃまします」


 お茶などない。

 今回は近くでジャバティーも売ってないから、まあほっといていいか。


「ま、適当に座れば? 俺は朝飯のパンを食べるから」


「ぱんつを食べる!?」


「……おい」


 こりゃだめだ。もう完璧に誤解している。

 そんなに自分のお仲間がいたってことがうれしいのかよ。


「あ、ご、ごめん。墓場まで持って行くって約束したのに……」


「うるせえぞ誤解だっつってんだろいいかげんにしろもう黙れ」


 高校時代のクールなイメージはどこ行った。


「……」


「……」


「……」


「……おい、なんか話したいことがあったんじゃないのか?」


「え、だ、だって、雄太が黙れって……」


「余計なことを話すなっていう意味だよ! いいよもう時間の無駄だから帰れ!」


 細かいニュアンスを理解してもらえないって地味につらみ。


「……」


「……あのね」


 帰らずに小島さんがおずおずと話し始める横で、俺は黙々とぱんつを食う。


 ……あ、脳内ですら間違えた。


「もう、あの家を出るしか、ないと思うんだ」


「……」


「今ならわかる。あの家にいたから、あたしはゆがんだ」


「……」


「だから、もとから断つしかない。そう思ったの」


 ふーん。

 ま、なんでそう思ったのかっていえば、答えは明らか。

 不感症になったからだろな。


 おそらく今までは、思い悩んでも快楽に身をゆだねれば忘れられてきたわけで。

 その快楽を感じられなくなったからこそ、客観的に冷静に今までの自分を見返すことができるようになった、と。


 そう考えると、不感症になったってのは神様の罰じゃなくて、むしろ神様の加護かもしれん。これを機にまっとうな人生を送りなさい、とな。


「本当に、雄太には感謝してる」


「……ああん?」


 しかしそこで、なぜか俺に感謝する小島さん。

 予想外すぎて思わず変な言いがかりをつけるような口調で聞き返してしまったが、小島さんは意にも介さない。


「あたしがひどいことして、本当にひどいことして……悔しそうに、つらそうに、悲しそうに泣いてた雄太の姿を見てなかったら……あたしは、きっと目が覚めなかった」


「……」


「ううん、気づいてても気づかないふりをして、自分をごまかして、逃げてきてた。ここで雄太に再会するまでは」


 いや、自分が罪悪感から不感症になったことを、そんな美談のように語られてもコマ回しちゃう。いや、へそで茶を沸かしちゃう。沸いてんのは頭だろ。


「だから、あたしがこれからどうすればいいのか教えてくれた雄太には、感謝してるんだ。そして、ごめんなさい」


 小島さんがそう言い終わって土下座を始めたところで、俺様、パン食い完了。

 では反撃のターンといこうか。黙って聞いてりゃ自分勝手なこと言いやがって。


「だから何よ? 他人どころか自分すらもこれ以上なく傷つけないと目が覚めないようなバカ女と、これ以上関わり合いになりたくない俺の気持ちわかってる?」


「そ、それ……は……」


「愚かな自分に気づいたのは結構。自分を変えようと行動するのも結構。あーあー、けっこう仮面もハダカで逃げ出すくらい結構だ。でもな」


 ちょっと頭の中がスプラッタ現場の如くぐちゃぐちゃになってしまったのでちょっと間をおいてはみたが、冷静になれそうにない。

 あきらめた。


「俺という存在がこれ以上なく傷ついていまだに立ち直れてない痛手を、自分の都合のいいような美談として扱うんじゃねえよ」


 なんで暮林さんといい小島さんといい、ここまで馬鹿なのか。

 俺という犠牲なしにまともに戻れることがなかった。だから許されたいって下心が見え見えなんだよ。


「俺だってなあ! ただ自分が幸せになりたくて、ただただそれだけで行動していたってことを忘れてんじゃねえ!」


 こいつらがこれだけ自分勝手な言い分してるんだ、俺にも自分勝手にならせろ。


「あ、ああ……ごめんなさ、本当にごめんなさ……」


「いいっつってんだろそれは! 許す気なんてねえからいくらごめんとか言っても無駄なんだよ! だからせめて俺にだけは忘れさせてくれ、俺にもう関わらないでくれよ!」


 だめだなあ、言葉に出すとついつい言いながら激昂してしまう。

 おかげでさっきから小島さんが嗚咽を漏らしっぱなしだ。もっと責めたい気もするが、これ以上責めると再度自死を選んじゃったりするかもしれない。


 落ち着け、俺。


「……だからといって、死を選ぶような愚かなまねはしないでほしい。もしそうなったら、俺は小島さんを一生許しはしない。今は到底無理だが、いつか時間が経てば小島さんを許せる日が来るかもしれない。だから、もし俺に対して謝罪したいって気持ちが本当ならば、その日が来るまで強く生きてほしい」


 弱いなあ俺ったら。

 ま、遺書に『俺に罵倒されたから死にます』なんて書かれたくねえもんさ。一応自己防衛。


「そして、どうせ死ぬなら、俺に伺いを立ててからにしてくれ」


「あ、ああ、ああああぁぁぁぁ……ごめん、本当にごめん……そして、あたしの命のことを心配してくれて、ありがとぉぉ……ああああああああ!!」


 というわけで取り繕ったはいいが。

 一層激しく泣き叫びながら臥せる小島さんが、何か大きな誤解をしているように思えて仕方なかった俺であった。


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