サレ男タイム、挿入

「お兄ちゃんが、とっても嬉しそうな顔で、一緒に帰ってるところを見たことあるから、知ってた」


「それだけで……?」


 まあなんと記憶力のいいことか。

 でもアンジェって、どっちかというとなかなか人の顔を覚えないほうだよな。

 近所の人すらも誰だかわからないことが多いし。


 他人に興味がないからかな、なんて思ってたけど。


「……うん。お兄ちゃんがなにかそわそわしてたから気が気じゃなくて、あとつけてたから」


「おいコラアンジェ、おまえ兄のプライバシーを何だと思ってやがる」


 これは帰ってからまたお尻ペンペンタイムだな。そりゃ隙あらばホテルインしてインサートしようとは思ってたよ? ヨコシマ万歳。


「……? 兄妹でプライバシーも何もないじゃない?」


「わかった。じゃあ今度実家に帰ったら、アンジェの机の鍵のかかる引き出しに隠されている、『いじめた奴らにどうやって仕返しするか』という妄想がびっしりと書かれた黒歴史ノートを朗読してやろう」


「ごめんなさい許してくださいお願いします」


 まだとってあったのか。捨てろよ。


「ならわかるよな、兄妹間でもプライバシーはあるよな?」


「プライバシーは、ありまぁす!!」


 うむ。しゃーない、今度から上村・スタップ・アンジェと改名することでお尻ペンペンも許してやるか。良かったな、ミドルネームが増えたぞ。


「でも……お兄ちゃん、すぐ別れたんだよね? あの人と」


「うっ、まあそうだが、なんでそこまで……」


「それはわからないほうがおかしいよ。だってすごく落ち込んで部屋から出てこなかった時期があったでしょ。すぐあとに」


「……」


 そらそうだ。

 まさかの裏切りに遭ったわけだしな、そんなに簡単に立ち直れるわけもなかった。初めて裏切られたわけじゃないけど、初めてじゃないからこそ余計に傷が深くなることだってある。


「それに、あのときお兄ちゃんのティッシュ消費量が半端なかったでしょ。ティッシュをたくさん部屋に持ち込んで鍵かけて。きっと泣きじゃくる姿をだれにも見せたくなくて、でもあふれ出る涙をふくのに必要なんだなあって、アンジェにもすぐ分かった」


「は、はは、は……」


 しかし、そのあとに続けられる誤った解釈を聞き、思わず苦笑いしつつもアンジェの頭をなでざるを得なかった。

 やっぱ俺の妹は天使だ。アンジェよ、おまえは穢れを知らないまま大きくなってくれ。


 つーかしゃーねえだろ! 悲しみに暮れてるくらいなら鬱ニーする方がまだ有意義じゃねえか! 絶頂の瞬間だけは小島さんの裏切りを忘れられたのも事実だし。


 ……これも一種の快楽堕ちなんか?


 まあ俺の分身である遺伝子情報の多大なる犠牲を払いつつも。

 ちな折れなくなってやっと俺が立ち直ったわけで。


 …………


 なんか知らんが、罪悪感を消し去るためにただただ快楽だけを追い求める浮気女こじまさんと同列に落ちたような気がして、ちょっと不愉快になってきた。


「……ごめんね。いやなこと思い出させちゃって」


 そこでアンジェが申し訳なさそうに謝罪してくる。

 湧き上がってきた不快感が、つい顔に出てしまったことに気づいたのだろう。


「……バッカ、アンジェのせいじゃない、気にすんな。もう過去のことだ」


「うん……でもね」


 そこでアンジェは、しみじみと。


「お兄ちゃんが、いじめられて泣いてたアンジェをいっぱい慰めて励ましてくれたように……お兄ちゃんが泣いてたら、今度はアンジェがいっぱい、いーっぱい慰めてあげるから」


 天使の笑顔でそう言った。

 なんだよアンジェ、おまえヒロインだったのか? 半分とはいえ血がつながってる兄に対してフラグたててどーすんだ。


 ま、それでも。


「……ああ。その時は、遠慮なくお願いする」


 妹が思いやりのある優しい女の子に育ってくれたことは、喜ぶべきだよな。


 肉欲は、恋人が裏切る原因になるけど。

 肉親は、裏切らないから、ありがたい。


「……よーし! じゃあお兄ちゃんは、可愛い妹に何でも好きなものおごっちゃうぞー!」


 アンジェにおいてきたへそくりを使われたことも忘れ、俺は大盤振る舞い宣言をしてしまう。


 そのあと、一か月分の食費の四分の一を使ってしまって、ようやく我に返った。

 処女苑しょじょえんの焼肉、高杉晋作だろ。俺がビッチ維新も見られないまま結核になってこの世を去ったらどうしてくれるんだ。


 ……今のうち、辞世の句を考えておこう。備えあれば憂いなし。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そして夜。ジョーンズさんがやってくる時間到来である。


「おお、雄太、ピンピンしてるようで何よりだな、今日も元気にビンビン勃ってるか?」


「ジョーンズ叔父さんもいつも通りで何よりだよ。ま、まだ何にもない部屋だけどあがってって」


 ジョーンズ叔父さんもオカン同様、日本生まれヒップホップ育ちのファンキーヤンキーベイビーだ。日本語はそこら辺にいるエルサルバドル人より上手い。


 せっかく久しぶりに会えたんだから、アンジェを連れてってもらう前に話でもしよう。


「そういえば、オカンから聞いたけど。ジョーンズさん、都会こっちに来るんだって?」


 缶コーヒーという粗末なものを差し出し、一応ネタを振る。


「ああ。離婚に関する手続きがほとんど終わったからな。心機一転というかチン起一転というか、環境を変えて新しい嫁さんを探すつもりだ」


「欲まみれだ。なんでそんなで浮気されたんですかい」


「アメリカンサイズが良くなかったのかもしれん」


「デカけりゃいいってわけでもないんだな……」


 忘れてる人もいるかもしれないので念のため。

 ジョーンズさんは、嫁さんが日本人なのだが、浮気されてこの前離婚した。


 嫁さんが出産した子供がジョーンズさんに似ても似つかなかったことで発覚したが、その嫁さん、ジョーンズさんが旦那でなんで托卵がバレないと思ったのか。

 嫁さんがガバガバである。


 …………


 そんなふうに頭がガバガバなら、きっと下の方もガバガバだろうからジョーンズさんのサイズでも問題ないんじゃないかなあ、なんて思ったのは内緒。


「で、浮気相手は判明したの? 確かマッチングアプリで出会った若い男だっけ?」


「……いや。それだけはいまだにわからない。あずさもどこに住んでるかわからないらしい。おまけにあずさが妊娠したと分かったら、姿を消したからな」


 そして、あずさ、ってのが別れた嫁さん。


「何か相手のこと、わかるようなものないのかな?」


「いちおうハメ撮り写真は数枚あるが……顔ははっきりうつってないんだよな」


 アンジェがそこで口をはさんでくる。


「……お兄ちゃん、羽目鳥ってどんな鳥なの? 聞いたことない鳥だし、見てみたい」


 エンジェル要素をどこまで惜しげもなく披露するんだこの妹は。

 あざとすぎる、危険だ。


 当然ながらアンジェの要望は却下。

 そして、ひょっとすると知ってる人間かもしれないと思い、ジョーンズさんにお願いして間男らしき写真の横顔だけ見せてもらったが、ピンとは来なかった。


 ただ。

 左耳の下にある大きなほくろ……なんかどこかで見た覚えがあるんだけど。

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