兄妹だものいいじゃない

 そうして、オカンはスマホ越しに思い切りアンジェを叱っていた。

 ま、無事が確認されたのでほっとした分、怒りが増したところもあるとは思う。


 一方のアンジェは、叱られてもどこ吹く風。

 面と向かって叱られてないから、それほど恐怖感もないのだろうか。俺は電話越しにオカンに叱られる方が後々怖くて震えるんだが。


「……お母さんが、お兄ちゃんに代わってって」


 そこでアンジェがスマホを俺に渡してくる。オカンの矛先が俺のほうに向かってきた瞬間であった。

 代わりたくねえなあ、でも代わらないとならないんだろうな。


「……もしもし」


 兄らしく覚悟を決めて通話に挑むと、オカンは割とおとなしかった、というより呆れていた。


『……もう今日は仕方ないから、泊めてあげて。あとは雄太がきっちりとアンジェを叱りなさい。いいわね?』


 ファンキーオカンも人の親。一応まだアンジェは中学生だ、そりゃ夜になっても家に帰ってこなかったら心配もするわな。


「俺も面食らってびっくりしたけどさ、まさかこっちまで突然やってくるとは……」


『……まあ、寂しかったんでしょう。いつも家にいて、自分をかばってくれてた雄太が突然いなくなっちゃったわけだしね』


「……」


『でも、アンジェもいいかげん大人にならないと。いつまでもお兄ちゃんべったりってわけにもいかないでしょ。言いくるめるのも兄の役目よ』


 オカンもアンジェの寂しさを理解してるんだろうな。

 しかし、俺がメッセージ送り忘れて、ごまかすためにウソをついたのがおおもとの原因だとは言いづらくなった。呑み込もう。


「わかった……」


『じゃあ、あとはよろしくね』


「うん」


 通話が終わり、俺は向かいに座っているJC妹に視線を移した。


「アンジェ……」


「……ごめんなさい」


 俺の眉間にしわが寄っているのに気づいたのだろう。先手を打ってアンジェが謝罪を口にする。

 さっきオカンと話してたときはのほほんとしてたのに、えらい変わりようだ。


「何を謝ってるんだ?」


「……唐突に、こっちに来ちゃったこと」


「なんでそんな唐突にこっちに来た?」


 周りを、というかオカンを心配させるような真似をさせてはいけない。

 そう思い、自然と口調が厳しめになってしまうのだが。


「だって……お兄ちゃんが腹痛で苦しんでたら心配だし、お兄ちゃんに忘れられてたら悲しいし……」


「……」


「お兄ちゃんに……会いたかったし。寂しかったし。本当に寂しかったし」


「……」


「……ごめんなさい」


 だんだんと消え入りそうな声になって、最後には泣き出しそうだ。


「……ったく。仕方ねえなあ」


 俺はちょっとぶっきらぼうにそう言って、うなだれているアンジェの頭をわしゃわしゃとなでた。


「中学三年生にもなって、このさびしんぼうが。二度とこんな真似するんじゃないぞ」


「……許して、くれるの?」


「いーや簡単には許さん、何も言わず出てきてオカンに心配かけた罪は重いからな。でも気持ちはわかるから、怒ったりはしない」


「……」


「もうこんなことしないと、誓えるか?」


「……うん。本当にごめんなさい、お兄ちゃん」


 うむ、よろしい。アンジェの頭をぽんぽんして、説教終了。


 俺にだけわがままで、俺にだけ素直なアンジェ。

 だが、この妹が俺になついてくれているのには訳がある。


 なんせ、アンジェの髪色はダークブロンド、瞳の色は右が水色、左がちょっと濃い青色のいわゆるオッドアイだ。

 今でこそはたから見ればただの美少女なんだが。小さいころからそうだったわけじゃない。それはそれはひどいいじめにあっていた。


 そのたびにアンジェをかばい慰め、いじめたやつらに復讐する役目を請け負ったのが何を隠そう俺だ。まあ、腹違いとはいえ、兄としてそのくらいはしなければなるまいよ。


 わが妹ながら、今は男女問わず羨望のまなざしを集めるほどの容姿だが、過去のいじめが原因で家族以外に心を開いてはいない。むしろ手のひら返しするような奴らに嫌気がさし、ますます心を閉ざした、まである。


 ま、アンジェが物心つく前にオヤジが逝っちまったもんだから、オトコ慣れしてない部分もあるだろうし、オヤジの分まで俺に甘えているようにも感じられるがね。


「というか、飯は食ったのか?」


「……まだだよ」


「そっか。腹減っただろ。寄り道して帰ってきたせいで遅くなってすまんかった。どこかに食べにでも行くか?」


「……ううん、いいよ。なんか、お兄ちゃんに会ったら、おなか一杯になったから」


 わけわからん理屈だ。

 まあ、アンジェの笑顔がプライスレスなので、いいとしよう。


 しかし。


「ところで。誰かが泊まるなんて想定してなかったから、客用の布団なんてないぞ」


「アンジェは別にいいよ。お兄ちゃんと一緒でも」


「んなわけにいくか。おまえももう中三なんだから、そのあたりはしっかりしなさい。俺は毛布にくるまって寝るから」


「だめだよ! そんなんじゃまたお腹が冷えて痛くなっちゃうよ!」


「……」


 まだ俺の嘘を信じてるアンジェであった。

 本当にすまんな嘘ついたりして。でもアンジェはそんな純粋さを失わずに大きくなってくれよ。


 ささやかな兄の願いであった。


 しかし、ついこの前まで小学生だったのに、いつのまにかひとりで新幹線に乗ってここまで来れるほどに性徴したんだな。


 間違えた。性潮したんだな。


 …………


「……おいアンジェ。ここまで来る新幹線代、どうやって手に入れた?」


「ぎくっ」


「……素直にいいなさい」


「……あ、あの、お兄ちゃんの部屋にある『ウマガール』のタペストリー裏に隠されてた、お年玉のへそくりから……」


「アンジェええええ!!」


「あ、あ、ごめんなさいごめんなさい怒らないで許してぇぇ!」


 おしりペンペンで許した。




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