他人のことはホットケーキ

「ありがとう、ありがとう……雄太くん。そして、本当に、ごめんね……」


「雄太さま、私からもお礼を言わせていただきます。娘の謝罪を受け入れていただき、ありがとうございます」


 泣き止み少しだけ自分を取り戻した暮林さんと、その傍らに立つママンが、揃って俺に頭を下げている。


「いや別にもういいって言ってんですけど」


 このままでは、同じ言葉が暮林親子から何度も繰り返されることだけは目に見えているので、適当に切り上げて過去は切り捨ててとっとと去ろう。


「じゃあ、はやいとこ退院して、日常に戻れるよう頑張って」


「う、うん、ありがとう雄太くん! で、あ、あの、よかったら中学時代のように……」


「その日常に俺がかかわることはないと思うけどさ」


「……え?」


 病室を出る際に最後のだめ押し。押してもダメなら引くけどな。あ、暮林さんの表情がひいてるわ。


「失った信頼ってもんはさ、当然ながらすぐに回復したりしないんだよね。例えば、今ここに安藤が現れて、すごく後悔してるって暮林さんに謝罪してきたとしてさ。それを受け入れたとしても、明日からすぐ信頼できる? 無理に決まってるでしょ」


 謝罪を受け入れるということをどう勘違いしたのかは知らないが。

 明日から俺と暮林さんが仲良くやっていけるかというのは全くの別問題。


「だからさ。信頼がこれ以上なくマイナスになってる人間と関係を築くよりも、違う人間と信頼ってもんを築いていく方が建設的だと思うんよ」


「そ、そんな……わ、わたしは、ただ、雄太くんに」


「……過去に終わった関係に、いつまでもしがみつかれても困るんだけど」


「!?」


「罪悪感から付きまとうのと、恋愛感情で付きまとうのは違うでしょうに。いまの暮林さんは、ただ罪悪感から俺に付きまとってるだけだよね? 好きだから、忘れられなくてどうしようもないから付きまとってるわけじゃないよね?」


「……」


「罪悪感を忘れてもらっては困るけど、そんな気持ちで付きまとわれたらこっちが迷惑。だから、って言ってるの」


「……」

「……」


 おけ。親子で黙り込んだわ。

 当然やろ。まだ好きで好きで忘れられなくてどうのこうのなんていうんなら前向きな後ろ向きではあるけどさ。

 暮林さん、俺のことなんてそんなに好きじゃなかったわけでしょ? そこに愛なんてなかったでしょ? キズナとアイとエッチがあったのは安藤相手だったでしょ?


「だからさ。もういいんだよ、俺に会って謝罪しなきゃならないって強迫観念にとらわれなくて。お互い無関係で、自由で。そんじゃ」


「……まって」


 納得してくれたかなと思って、一歩前に進んだ俺をまたしても引き留める暮林さんの声が聞こえた。無視すりゃいいのに何で反射的に足を止めちゃうんだろ、俺は。


「……もう、無理なの? せめて、親しげに話したりすることすらも、無理なの?」


 えーと、何を求めてるんだ、暮林さんは。男たらしのくせに、そんな未練たらしい言い方をして。

 男女の友情、という意味でも、信頼度グラフがマントルどころか恥丘ちきゅう突き抜けてボボブラジ〇まで行っちゃってるんですけど。


「……難しいんじゃね?」


「……そ、う……」


「……」


 なんで『無理だ』と言わなかったんだろう、とすぐさま思ったが。

 そんなの俺にもわからん。


 潮時だな。俺が去ったら潮だろうが涙だろうが黄金水だろうが、存分に漏らすがよい。


「……お大事に」


 それだけ吐き捨てて、俺は病室を出た。


 …………


 ああ、誰かに愚痴りてえなあ。



 ―・―・―・―・―・―・―



『……なんというか、気の毒だな』


「ありがとう心の友よ。誰も俺を慰めてくれないから、自分で慰めるしかなかったわ」


『こんな時でも性欲旺盛なのか、心配して損した』


「ほっとけ。何も欲がないよりはいいだろ」


 というわけで、大学の用事を終え、帰宅してから光秀と通話する。

 やべえな、こっち来てから家族とNTRネトラレア以外では、ほんの二、三名としか話した記憶がねえ。

 このままじゃ精神的ぼっち陰キャまっしぐらだ。まわりに淫キャしかいないのが大問題なんだよ、ほんとにもう。


『というか、おまえが言ってた安藤って……たぶん、あの安藤だよな。今は名字が変わってるが、俺と同じ大学にいるぞ』


「なに!? 光秀、なんか知ってんのか?」


『顔と名前くらいはな。話したことはないが、親が離婚して今は奥津おくつって名字になってる』


「……ふーん」


 思わぬ情報ゲットしたけど、まあどうでもいいか。恨みはあるけど何かできるわけでもないし。


 ちなみに光秀の大学はここから電車で一時間半ほどのところにある。行こうと思えば行けるのだが、往復の電車賃と三時間がもったいないので頻繁には会いに行けない。


『ま、それはともかく。おまえのほうが落ち着いたらそのうち遊ぼうぜ』


「ああ、もちろんいいよ。もう光秀だけだ、信頼できるのは」


『……ま、強く生きろよ。じゃあな』


「おう、ありがとな」


 いやー、信頼できる人間と話すのって、やっぱいい。

 信頼できない人間と話してばっかでSAN値削られっぱなしだったから、余計にしみるわ。


「……なんか、疲れたな……」


 俺は狭い部屋内でやたらと場所をとっているベッドに寝転び、スマホを枕脇に置いた。いろいろ慣れないことばかりで、思ったよりも疲れたわ。


 ……あ、睡魔がやってきた……何か忘れてる気がするけど、まあいいか。明日が終われば二日休みだけど、今は休息が必要だ。


 ぐぅ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そして次の日の朝。

 着の身着のまま寝てしまった俺は目覚めてすぐ、枕脇に置いていたスマホのランプが点滅しているのに気づく。


 …………


 あ。


『(怒)』


 やっべ、アンジェにメッセージ送るの忘れてた。

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