傷を抱えてイキやがれ

 俺は暮林さんが入院している大学付属病院にやってきた。

 いちおうね、早いうちにケリつけたいじゃん。


 そうして暮林オカンの後を追って入った病室の中で、暮林さんは横になったままうつろな目で天井を眺めていた。

 あ、これ絶対に前向きじゃない負の感情にとらわれてる人間の目だ。


「……じゃ、あとは若い者同士でごゆっくり」


「見合いかよ」


 オカンはそう言って出て行ってしまい、残されたのは俺と暮林さんのみ。

 つーかな、一言も俺が来たとか娘に話しかけなかったんだけど、いいのかあのオカン。


 ……まあ話を聞くために来たんだ、仕方ない。


 俺は覚悟を決め、深呼吸してから足音を立てないようにベッドまで近づく。


「……入院してるようですが、お元気ですか? 暮林さん」


 われながらひどいセリフだが。

 俺がそう話しかけて、ようやく暮林さんは俺がここに来ていたことに気づいたらしい。反射で目を見開いて、ガバッと上半身だけ起き上がった。

 なんかどっかのミイラが突然襲い掛かってくる様に似ていて、暮林オカンを呼びそうになったのは内緒。助けてマミー! 


 ま、暮林さんのこの反応からして、体力はそれなりに戻っているようだ。

 なんとなくやつれてる感じはあるけど、これは病院内だからバイアスがかかっているせいもあるだろう。


「あ、あ、雄太く、ん、なんで」


「……いや、そりゃまあ、知らなくはない同じ学科の人間が入学早々入院したんだ、見舞いくらい来ても罰当たらないだろ」


 この前は思い出すことを脳が拒否してるとか言ったくせに、俺もたいがいである。

 でもまあ、思うところは多々あれど、こんなところで暮林さんが病人化している一因は俺にもあるわけで。


 らしくもなく、ちょっとだけ罪悪感を感じてしまったのかもしれない。


「お、お母さん……」


「どこかに行っちゃったよ。おそらく気を遣ってくれたんだろ」


「……」


「悪いけど、お母さんから全部聞いた」


「!?」


 沸き上がった罪悪感をごまかすかのように、淡々と話す俺がいる。激情に駆られてはいけない、いいね?


 驚きと恐れの混じった表情で俺を見てから、ふいに視線をそらし。


「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」


「……」


「こんなわたし、死んだほうが……いいよね?」


 俺に聞かせるつもりなのか、それとも独り言のつもりなのか。

 全く分からないつぶやきをする暮林さん。


「じゃあなにさ。俺が死ねと言えば、死ぬの?」


「……」


「ふざけないでくれ。俺に死ねと言われたから死ぬとか、暮林さんはどうあっても俺を悪者にしたいんだな?」


「ち、ちが」


「そんなのはただの逃げだ。つぐなう相手にも、そして自分を心配してくれる家族にすらも迷惑をかける行為など、俺はつぐないなんて認めない」


「……」


「だから……俺につぐないたいなら、いろいろわきまえてくれ。身体は大事にしてくれ」


「……あ、ああああぁぁぁぁ……ご、ごめ、な、さ……」


 ハイ号泣やってきました。お約束の展開やな。


 うーむ。

 なんつーか、結構優しめのつんでれみたいな言い方になってしまった。心に浮かんだ罪悪感っぽい何かに負けた気がする。


 でもまあいいか、持って行き方としては間違ってはいないだろうし。ばりぞーごんを盛って、暮林さんに逝かれても困っちゃうもんね。



 ―・―・―・―・―・―・―



「……そうして、大事な幼なじみふたりに裏切られた事実が、わたしの心を壊したとき。わたしは気づいたの、雄太君になんてひどいことをしたんだろうって」


「ふーん」


 ほじほじ。


 暮林さんは落ち着いてから、俺に謝罪するまでの経緯をぼそぼそと話し始めた。

 しかしこれはすでに暮林オカンから聞いていたので、特に新しいことはない。ハナクソほじりながら聞いたっていいだろ。


「……だから、ごめんなさい。言葉だけじゃ意味がないのはわかってるけど、でも、雄太くんにどうやってつぐなえばいいのか、わからなくて……」


「よかったじゃん」


「……え?」


「大事な人間に、裏切られて。だってそうならなきゃ、暮林さんは一生俺の気持ちなんてわからなかったわけでしょ?」


「……」


 わざとちょっと辛らつに言ってみた。考えさせるために。


「そして、どうつぐなえばいいのかわからないっていうのも。暮林さんが、安藤と剣崎さん、ふたりにどうつぐなってもらえたら許せるか、わからないからだと思う」


「……」


 信頼を置いていた相手に裏切られたときの絶望感。

 それは、自分の見る目のなさを嘆くだけでは、済む問題じゃないのだ。


 だからこそ、引きずる。


「……うん、そう、かも、しれない。雄太くんの言う通り」


 少し考え、暮林さんは俺の言葉によわよわしく同意した。そこでやっと俺に向けられた目には、少しだけハイライトが戻ったような気がする。


「わからないから、いろいろ調べて雄太くんと同じ大学に進学した。わからないから、わたしにできる範囲で誠意を見てもらおうと思った。でも、わからないままつぐなおうとしても、結局引っ掻き回すだけで、なにも前進してない」


 頷く俺を確認し、暮林さんは続けた。


「……でも、なんとかしてつぐないたいって気持ちは、うそじゃないの」


「……」


「だから、だから……わたしにできることならなんでもします。わたしがどうつぐなえばいいのか、雄太くんにこんなことを聞くのもへんだけど……教えて、ください」


「……」


「お願いします、お願いします……」


 いやもうそこで頭下げなくていいからさ。

 しゃーない、多少強引にでも結論へ持って行こうか。


「いちいちペコペコしなくていいから。というか、暮林さんは、俺にただつぐないたいだけなの? それとも、過去のことを俺に許されたいの?」


「……」


 案の定、そこでまた暮林さんが固まる。

 よしここで誘導。


「まあ、もう身にしみてわかってると思うけど、許すって簡単なことじゃないよな。でも暮林さんは俺に許されたいんだよな。苦しいから」


 先に裏切られたのは俺だけど。

 自業自得で片付けちゃうのはたやすいが、暮林さんは、裏切られた苦しみと、自分が裏切ったという苦しみを両方抱えてる。


「……うん。許されることはないとは思う。けど……」


「なら忘れていい」


「……え?」


「許すまではまだできない。だから、もう俺関連のことは忘れていい。そのかわり、その傷だけを背負って生きていってほしい。それが俺へのつぐないになるから」


「……」


「そうすれば、もう二度と、誰かを裏切ったりはしないでしょ?」


「……」


「暮林さんの謝罪は受け入れるよ。この前は相手にしなくて、悪かったな」


「……あ、あぁ……り……がああああああぁぁぁぁぁぁっ……」


 そこでもう暮林さんが絶叫に近い号泣しちゃったもんで、外にいたであろうオカンが慌てて入ってきた。こりゃおそらく全部聞かれてたな。


 ま、いいか。これで過去の清算一つ完了。

 明日から俺と暮林さんは他人だ。


 五年以上悩まされてきた便秘が、三分の一ほど解消されたようにすっきりしたわ。

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