(性的な意味じゃなく)オトコを見せたいけど自信はない

 しかし、安藤と暮林さんを手玉に取るとは、その女先輩ただもんじゃねえな。

 いったいどういう経緯でラストを迎えたのかは気になる。


「その先輩、なんて名前の方です?」


「……剣崎さん。剣崎飛鳥けんざきあすかさん、です」


「……ケンザキ?」


 なんかどっかで聞いたような気もする。滅多にない名字だし。


 剣崎……


「……ああ! なんか生徒会長やってた気がする! 確か」


「その通りです。安藤君は書記をやってましたね」


「そういやそうだった。どうでもいいことなんで忘れてました」


 どうせ安藤のことだ、性と快室プレイなんてものをしたかっただけだろ、剣崎さんと。

 しかし暮林さんのオカン、よくそこまで知ってるな。PTA活動でもしてたんか?


「ところで。俺には安藤を一発や二発や三発くらい殴る権利があると思うんですが、安藤のクサレチソコ野郎は今どこにいるんです?」


「……どこにいるんでしょうね。結局剣崎さんに袖にされた後、懲りもせずに美衣に言い寄ってきましたが……その時に一生ひとりえっちしかできない呪いをかけましたので、その後はわかりません」


「ねえまってまってそれどんな呪いなのかすっごく気になるんですけど」


「企業秘密です。今頃はおそらくテクノブレイクでも起こしてるんじゃないでしょうか」


「……」


 間違っても俺にはかけないでねその呪い。このオカンを敵に回すのは避けた方がいいかもしれん。


「まあ、それはそれとしまして。美衣は雄太さまの進学先を調べて、償いをするためにこの大学へ進学したのですが」


「……あ、やっぱり? でもつぐないとか言われても困っちゃうんですけどね」


「……そうですよね。ただ、わがままな言い分ではありますが、私も母親なので、美衣をこのままにはしておけません。美衣が愚かなまねをしたということは百も承知で……厚かましいお願いではありますが、雄太さまには可能な限り美衣の償いたい気持ちを受け入れてほしい、と願っています」


「いや、でも……」


「……だめでしょうか」


「……」


 なんだか頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 暮林さんを許したいか許したくないか、と聞かれたら、素直な心情としては許したくない。一生。

 だいたい、暮林さんだって自分が俺と同じ目に遭ってなかったら、あれほどまでに自分を追い込んでまで謝罪しようとはしなかっただろう。


 そう考えると、暮林オカンの懇願は、はっきり言って虫のいい話だわな。無視がいい話でもある。


 それでも確かに。

 仮にも一度自分が好きになった女が、曲がりなりにも自分が犯した取り返しのつかない過ちに気づいてもがき苦しんでる様を、何もせずほっときっぱなしなのも男らしくない、気がする。


 さらに。

 小島さんのこともそうだけどさ。結局、大学を退学しないんであれば。

 俺がこれから前を向いて幸せをつかむうえで、この二人の問題にけりをつけることが必要なのかもしれない。


 なんて思った。


 でも、改めて暮林さんと向き合ったら、当時の怒りや悲しさややるせなさがよみがえって、激昂してしまう可能性も天井知らずなわけで。


 あああもう! 頭に心がついてこないわ! 

 今ならダスカの気持ちがわかる。


 大事な人に裏切られた男ってのは、こうまでねじれてしまうんだな。


「正直に申します」


「……はい」


 俺は改めて、暮林オカンに向き合った。自称・真剣な顔で。


「俺は、暮林さんのことを許せたらいいなとは、思って無くはないです。許せたらなんて優しくて美しい話になるだろう、とも思います。でも、暮林さんと面と向かったら、そんな気持ちはどこかへ吹っ飛んで行ってしまうでしょう」


「……はい」


「大事な人に裏切られるってことは、それだけ重いんです。でも、お互いにそれに縛られてても、いいことなんてひとつもない。これも確か」


「……はい」


「だから……妥協点として、許す許さないはともかくとしても、暮林さんの謝罪は受け入れようと思います」


「本当ですか!?」


「……はい。でも、もうこれですべて終わりにしたいからです」


「……えっ?」


「謝罪を受け入れた後は、今後一切、関わらないようにする。同じ学部でそれは難しいところもあるかもしれませんが、関わらないということだけはずっと念頭に置いておく。それが、謝罪を受け入れる条件です」


「……」


 ムチャ言ってるという感じなのは自覚してる。

 だが、俺だってのほほんとしてたわけじゃない。今はそう見えなくても、ここまで来るのに、不必要なくらいもがいてもがいて苦しんだんだから。

 そのくらい言ってもいいだろ。


 あと、あんな唐突な謝罪でさらし者にされるのははもう勘弁してほしいので。

 忘れ去れるかどうかはともかく、関係を断って忘れ去ることができるように努力しましょう。そんな妥協の提案である。


「……それで構いません。少しでも、美衣が明るくなるのであれば」


 暮林オカンもいろいろと思うところはあるだろうが、これを受け入れないと何も前進しないと理解したのだろう。俺の提案を受け入れてくれた。


 ま、一番怖いのは暮林オカンの呪いだけどさ。

 なんだよひとりえっちしかできない呪いって。内容だけでも教えてほしいわい。


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