だが、過去は消せないのだよ、ワトソン君

 まあ、大学生ともなれば、別に腕を組んで大学構内を歩くことなんて珍しくないのかもしれない。だから、さっきからビンビンに感じる嫉妬っぽい視線は気のせいに違いないな、うん。


 確かに木村さんはかわいいし、おまけに彼女ガチャで排出された中では一番の巨乳だ。というより小学生の時、既にもう大きかった。

 いわゆる早熟ってやつだったんだろう、外国の競走馬で言うと『アラジ』みたいなもんかな。


 だがウマしかし、小中高ともしもヤリまくりん性活だったら、まるでグラスちゃんみたいな三年間全盛期の怪物か、ウマれたときからあたまくるくるくりんのどっちかなのかもしれん。判断材料がない。


「……ね、そういえばさ」


 俺がこれ以上なく失礼なことを考えてるなどとは愛液の露ほどにも思ってないであろう木村さんが、さっきから黙り込んでいる俺に話しかけてきた。


「暮林美衣さん、だっけ。ほら、同じ学科の子なんだけど」


「……」


「噂では、昨日救急車で運ばれて、ウチの大学の附属病院に入院してるんだって。知ってた?」


「……いや」


 もううわさが広まってんのか。大学で起きた事件だから広まるのも時間の問題だろうけど、性感染症レベルの感染速度だなおい。

 しかし、大学の附属病院かー。ウチの大学の付属病院って、ふつう入院とかできないくらい格の高いとこなんだけど。やっぱ在学してるとそのあたり優遇されるんかね。


「そうなんだー。あのさ、もしよければ、だけど、一緒にお見舞いに行かない?」


「……は?」


「ね? せっかく縁あって同じ学科になったんだもん」


「……病状が重かったら逆に迷惑なんじゃ」


「症状は単なる脱水症状だったんだって。だから大丈夫じゃないかな? これを機になかよくなれるかもしれないし」


 いや仲良くなるも何も。

 木村さん、暮林さん、そして俺とオナチューだったんだけど。お互いに面識ないのか?


 …………


 そっかー。木村さんってば、中学時代盗んだバイクで走りだしてたもんなー、不登校になったらそりゃ面識なんかねえわさ。


「そういえば、木村さんはさ」


「木村さんなんて他人行儀やめてさ、昔みたいに、愛莉って呼んでよー。ね?」


「中学卒業後、何してたの?」


「……へ?」


「卒業式ですらも会わなかったでしょ? 詳しく知ってるやつらもまわりにいなかったし」


「……あ、あははー……」


 そこで気まずそうに俺の腕をパッと話して距離をとる木村さんであった。

 これは絶対に後ろめたい何かがありそう。


「あ、あのね、実は中学卒業してから……この大学の近くに引っ越してきたんだ。だから、大学はここを選んだの」


「……そうなんだ」


「う、うん。ま、まあ、そういうことだから、ゆうたくん、わたしが中学時代不登校だったってことは内緒にしてもらえると助かるかなー、なんて……」


「……」


「ね?」


 いや不登校は不登校だけど、それ引きこもったりとかじゃなくてグレてDQNやりらふぃー街道まっしぐらだったからでしょ。面倒な事態に巻き込まれたくないから、誰かに話すことはないにせよ。


「……それはいいけど。でも、暮林さんはひょっとすると木村さんのこと知ってるかもね」


「え? ……え? どういうこと?」


「暮林さんも、俺たちとオナチューだったって、知らなかった?」


「…………う、そ…………」


 あ、木村さんが黙り込んだ。ついでに顔色が蒼くなった。さらに過呼吸起こしたように手が震えてる。


「ほんと」


「……うそ……」


「ほんと。うそ、ほんと」


「花びら占いしてるわけじゃないでしょ!? どっちなの!?」


「本当だって。嘘だと思ったら暮林さんから直接聞いてごらん?」


 木村さんの場合、花びらというかビラビラ占いのほうがいいんじゃね? とは思った。なんせ使い込まれてそうだし。


「……あ、あのねゆうたくん、わたし、ちょっと用事を思い出しちゃったからさー、暮林さんのお見舞いは、また今度にしよ。ね?」


「……うん?」


 まあ行く気もさらさらなかったからそれはいいとしても。

 木村さん、そんなに過去履歴暴露されんの怖いん? なんでだ?


「あ、あと! さっきの約束、絶対だからね!? 嘘ついたら、めっ! だからね!」


「……誰にも言う気はないよ」


「ほんと? 男賭けられる? 嘘だったら宮刑に処しちゃうよ?」


「いきなりとんでもないことを言い出すなあおい!!」


「……うん、言質とったから。じゃ、じゃあ、わたしはしなきゃならないことがあるから。またねー!」


 翻るスカートなども気にもしないくらいの慌てっぷりで、木村さんは去っていった。


 呆然としつつも、何が起きたかは把握しとこう。


 つーかね、俺はとりあえず次の彼女ガチャを引きたいので、いちいちめんどくさいことなるような行動はする気ねえけどさ。

 俺が言わなくても暮林さんが木村さんの過去を言いふらしたら同じことだと思う。暮林さんへの口止めはしなくていいんか。


 …………


 うん。関わったら負けだな、これ。

 この一連の流れなんだったんだろう、とは思わないでもないにしても……ま、俺は無関係、無関係。いいね?


 そう自分に言い聞かせつつ独りで学部舎に着き、入ってすぐ右にある窓口を覗き込む。


「あの、すみません。昨日退学届を出した上村雄太ですけど……」


 近くに誰もいなかったので、用事を済ませるため、小さな窓ごしに離れた係員へと呼びかけたら。


「……上村雄太さん、ですか? あなたが?」


「え?」


 レスが返ってきたのは、小さな窓の向こうにいる係員ではなく、学部窓口の近くに立っていた四十代くらいの女性からであった。


 思わずその女性のほうを見ると──『誰かに似ている』感あるよ、なにこれ。


「あの、すみませんぶしつけに。私、暮林美衣の母親でございます。ここでお待ちしてればお会いできると思いまして……」


「……はは?」


「あの、上村雄太様に、お話があるんです」


 うっわー!!

 これもまためんどくさい内容しか想像できねえわー!!

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