ディア・シスター
というかここ二日ほど、アンジェにメッセージ送り返すの忘れてたわ。
すねてなきゃいいけど。
『悪い、最近忙しくていろいろできてなかった』
というわけでさっそくアンジェへメッセージを送ったのはいいが。
『別に』
恐るべし早さのレスポンスで帰ってきた二文字を見て、できる兄は悟った。
あ、これ絶対拗ねてるわ。
この状況では、兄は通話を選択せざるをえない。
実は、引っ越す際アンジェと約束していたことに、『通話するのは俺からかけること』なんて事項があったりする。
『……何よ』
「あ、ああ悪いアンジェ。今大丈夫か?」
すぐに出てくれたはいいが、やっべ、声色が氷点下。
『……通話より大事な用事なんてないし』
「そ、そうか、ならよかった。いや本当に悪い、いろいろショッキングな出来事があったもんでな」
『……ふんだ。アンジェのことなんて、どうでもいいんでしょ』
「い、いや、そんなことないってば、本当に」
これは本格的に拗ねている。どうすべきか。
兄は妹には勝てない。このことを俺はアンジェからいやというほど学んでいるので、気は焦るのみ。
「い、いやな、アンジェに会いたいから、大学退学して家に戻ろうかなー、なんて母さんと相談してたんだけどさ、やっぱまだ早すぎるからもう少しこっちで頑張るよ、みたいな話をしてて」
『……』
「だ、だからさ、アンジェがどうでもいいなんてことはないんだ、心から本当に。おれにはもったいないくらいの、大事な大事な妹だからな、アンジェは」
とっさのことに判断が追い付かず、俺は必殺スキル・
『……何してくれてるの、母さんは。ちょっと待ってて、お兄ちゃんが大学辞めて早く戻ってこられるように、母さんと一戦交えてくるから』
「わーーーー!! その件に関しては話はついたからもういいの!! 夏休みには帰るから、それまでいい子で待っててくれ!」
『……長すぎ。それまで待てない』
アンジェは、世間一般では『アイスドール・アンジェ』なんて言われてるくらいで、感情をあらわにすることが稀なのだが、このように兄に対しては結構わがままだ。
まあなんつーか、そこがかわいいんだけどな。本当に血が半分つながってるのかと疑問に思ったことすらある。俺にこのかわいげの十分の一でもあれば。
いやむしろ血がつながってなければ逆にいろいろとよかったのかもしれないが、世の中そんなに甘くない。
結局、アンジェがこうやって兄になついてくれるのは、半分だけでも血縁でつながっているという事実があるからであって。
血がつながってなければ、アンジェなんて俺のことなど歯牙にもかけないんだろうな、とはしみじみ思う。
まあ、俺が中学生に手を出すこともありえんからな。
くだらん思考を左脳でする一方で、右の脳は必死でアンジェのご機嫌を取り、今回の不機嫌解消は長期休みにデゼニーランドに付き合うという賄賂で事なきを得た。
しかし、そのあとにまた新たな話題が。
『……あ。そうだお兄ちゃん。近いうちに、ジョーンズ叔父さんがそっちに行くかもしれないよ』
「へ? ジョーンズさんが? なんで?」
『……なんでも、離婚に関する一連の件が片付いたから、おっきな都市で一からやり直すつもりなんだって。きょう母さんと話してた』
「マジかー!」
ジョーンズさんは、実は俺が小島さんに振られたころと同じあたりに離婚しちゃったオカンの弟だ。なんでも、奥さんが若い男と浮気してたらしい。
酔っぱらって浮気されたことを愚痴るジョーンズさんが他人とは思えなくて、いろいろ話を聞いてあげた記憶がある。この星の愛し合ってない男女は、脆い。
『……愚痴を聞いてくれたお礼に、お兄ちゃんにも挨拶しておきたいから、よろしく伝えて、って』
「わかった。報告ありがとな、アンジェ」
『……べ、べつに、お礼言われるほどのことじゃないし……』
なるほど。
オカンが『不幸は笑い飛ばしてナンボ』なんて言ってたのは、その前にジョーンズさんと話をしたから、ってのもあるのかも。
ま、ジョーンズさんは俺の数少ない同志だ。べつに会うことにいやな感情はない、というかむしろ今の現状を今度は俺が愚痴りたいまである。
「……おっと、結構な長話になっちゃったな。時間取らせて悪かった」
『だ、だから別に通話より大事な用事なんて……』
「まあ、明日も平日だから、今日のところはそろそろ終わりにしようか」
『……お兄ちゃん』
「なんだ?」
『……明日は……アンジェのこと、忘れちゃ、やだよ……?』
あざとーい!!
わが妹ながら、アザトーーク!!
あにの
「あ、ああ、もちろんだ。明日は忘れずにちゃんとメッセージ送るから。じゃあ、お休みな、アンジェ」
『……うん。おやすみなさい、お兄ちゃん』
そして最後にスマホを唇でタップするような音を残し、アンジェが通話を切断した。
いいね、たまには妹と話をするのも。
決して裏切らない血縁の安心感に包まれ、しばし部屋内でほんわかしていた俺だったが、そこに予期せぬ、いや予期できたはずの訪問者が現れる。
ピンポーン。
「……ん? 誰だろ? 宅配便かな?」
オカンとアンジェとジョーンズさんのことで頭が埋まっていた俺は、油断してインターホンも確認せずに玄関の扉を開けてしまった。
こんな夜遅くに宅配便が来る可能性がとても低いことと、ここに引っ越してきて知り合いなどがほぼ皆無だということすらもすっかり忘れていたなんてことは、もう言うまでもないだろう。
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