セッキョー

 こういっちゃなんだが、自慰行為、いや自業自得じゃねえの?

 確かに自分でやって自分で絶頂、いや絶望に支配されてる時点で自慰行為と大差ないのかもしれんが、俺って被害者よ? 

 そんな俺に同情してほしいんか、小島さんは。


 …………


 あ、そっか。そういや高校時代、屋上黄昏組の小島さんってば、まごうことなきぼっちだったわ。今はクリ○○スもぼっち確定だろうから、クリぼっちで間違いないな、うん。

 クリぼっちさんは誰にも相談できる人いないのね。まあ、家族に相談なんてもってのほかだろうし。


 だから、自殺未遂なんて馬鹿な真似、したんかね。


「よく逃げられたねえ?」


「……もう隠しても仕方ないから白状するけど、あたし、この世からも逃げ出そうとしたことあるの」


「ふーん」


「……それだけ?」


「何か言ってほしかった?」


「……」


 悪いが、すでに昨日光秀から聞いているので、驚きはない。

 だがそこでその話題を出してくることで大体推測できた。むろん理由はひた隠しにしたんだろうが、そんなに思い詰めている何かがあるなら、環境を変えてみよう、みたいな感じだろう。

 命賭けられりゃ、義理の兄もその行動を飲まざるを得ないだろうし。今までさんざん飲ませてきたんだろうからな、無理ヤリ自分の欲求を。性的な意味で。


「……四年もあれば、離れて暮らせば、思い出さないくらいにはなれると自分でも思ってた。なのに、うまくいかなかった。まさかここに雄太が……」


「俺のせいかよ」


「……ううん。選択を間違った自分のせい」


「……」


 落ち込むように膝を抱えて体育座りする小島さん。俺からは見えんからどうでもいいにしても、わりと短いスカートだけど大丈夫? 


「ほんとうに、あの時、雄太を選ばなかったことを……後悔してる」


「ばっかじゃねえ?」


 俺は黙っていられなくなって、思わず吐き捨ててしまった。


「そんなの、もし俺を選んでたとしても、小島さんは後悔してたんだよ。なんであのとき兄を選ばなかったんだろう、って」


「……」


「そんな後悔に付き合わされるなんて御免だ。ま、安心しろよ。俺はこの大学からいなくなるから」


「……え?」


「やめるわこんな大学。俺も同じなんだよ、過去に受けた傷を忘れてただ幸せになりたくて、俺のことを誰も知らないこの街を、この大学を選んできたってのに。なんでここでまたトラウマぶり返させられなきゃならんのさ」


「……ほんとうに?」


「いけしゃあしゃあと他人を裏切る浮気者じゃあるまいし、冗談でこんなこと言うかよ」


 小島さんの顔が一瞬で青ざめた。

 さっきはなんでここに俺がいるんだ、みたいなこと言ってたくせに。小島さんは俺に大学をやめてほしいのかほしくないのか、どっちだ。


 ほんと、小島さん、なんだろな。

 屋上で顔を合わせてるうちに徐々に仲良くなっていった過程中は、もう少し人の気持ちを考えられる女子だと思ってたのに。詐欺だ、訴訟。


「ま、俺がいなくなりゃ、思い出したくない過去を思い出させる存在はなくなるだろ。それからもう一度考えりゃいい」


「……え?」


「死ぬなんて最悪な逃げを選ばずに済む未来をな」


 そう言ってから、俺は空になったコーラの空き缶をちょっと離れたところにあったゴミ箱へとぶん投げた。


 缶! と音を立てて、ゴミ箱の縁に空き缶があたり、はねて外れる。


「ちっ」


 この舌打ちは、缶がゴミ箱に入らなかったことに対するものか、それとも小島さんに対する苛立ちから出たものか。

 自分でも全く分からん。


 俺はそこで立ち上がり。


「缶をきちんと片付けるついでに、窓口に行かないとならんから、じゃあな」


 小島さんのほうも見ずにそう言って、その場を離れた。


 しばらくその場に座ったままの小島さんは、いったい何を考えていたのだろう。

 不感症のアソコが濡れない同様、ビッチの思考が読めない。


 どうせなら前向きに後ろ向けよ、イラつくわ。



 ―・―・―・―・―・―・―



「え!? まだ入学式を終えたばかりですよね? 退学はさすがに早すぎませんか?」


「いいんです、もう決めましたんで」


「退学理由をお伺いしても?」


「俺の健全なる精神状態を維持するためです」


「……はい?」


 そうして俺は、ジャケットの胸ポケットに入れてきた退学届を窓口に提出し、係の人と不毛なやり取りをする。


「……いちおうお預かりしておきますが、もう一度よく考えたほうがいいと思いますよ?」


「おそらく考えは変わらないとは思うので、よろしくお願いします。では」


「はぁ……」


 今日はなんだか無駄なやり取りが多い。

 もう焦れて適当に切り上げ、俺は踵を返した。


 そうして建物を出ようとしたその時。


「あー! ゆうたくん! どうしたの、講義選択の手続き?」


 BSSRボクサクスキレア、木村愛莉ちゃんとのエンカウントが発生した。

 大学生になっても相変わらず幼い顔立ちではあるが、こんな顔してベッドの上ではアヘ顔ダブルピースとかしてんだろうな。ケッ。


「ねえ、どの講義受けるか決めた? もしよければ、一緒の講義を……」


「おう、講義だか前戯だか性技だかわからんが、頑張ってな。俺はもうここから去るけど」


「……へ?」


「我の運命など、ひとえに屁の前の塵に同じ……」


「ちょ、ちょっと、ゆうたくん?」


「では、木村さん、マンマミーア!」


 会話がめんどくせえ。

 ま、退学届提出というデイリーミッションも達成したし、早いとこ帰宅して荷物の整理をしよう。バイバイ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そうしてその日の夜、実家の母親から電話が入った。

 係員め、チクりやがったな。

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