不干渉は不可能

 朝も早い中庭。

 適当な場所を見つけ、芝生に直座りだ。


 まだ時間的には忙しい朝、さすがに誰も俺たちを見てない。


「……ちょっと待ってて」


 俺は、少し離れたところにある自販機を見つけ、そこへ行って自分用のコーラと、もうひとつ。


「……ふん」


 ガコン。

 ガコン。


 無糖の紅茶、ジャバティーストライクを買って、戻った。


「……ほれ」


 ポイっと、無造作に赤色の缶を小島さんに向かってぶん投げる。

 少し慌てて、小島さんがファンブルしながらもなんとか缶をキャッチし、少し申し訳なさそうな顔をした。


「あ、ありがと」


「別に。話長くなるだろうからのども乾くだろ」


「……」


 俺の遠回しな嫌味には何も答えず、小島さんはジャバティーの缶をじっと見ている。


「……覚えてて、くれたんだね」


「は? 何をだ?」


「あたしが、いつも飲んでた……」


「……」


 今度は俺が答えない。

 忘れるわけねえだろ、言っとくけど一番最近に排出されたNTRネトラレアだぞ。そのぶんダメージもまだ癒えてない。


 そういや、なんだかんだ言ってこんな感じで、結構飲み物とかおごってたような気がする。この行為も一応課金になるんかな。

 そうすると俺からいいように搾取しやがっている、このNTRガチャの運営は誰だろう。排出率に偏りあります、って消費者庁に苦情のメールを入れてやりたい。


 ま、たとえ誰が運営だとしても、俺が運営に、いや運命にもてあそばれてることに変わりはないけどな。


 ついでに、小島さんも小島さんだ。

 俺より義理の兄を選択したなら、せめて幸せになってくれよ。それならば俺も復讐の炎がメラメラと燃え上がるってもんなのに。小島さんをただ恨んでいるだけで済まされたってのに。


「……で?」


 前置きや世間話をするつもりはまるでない。

 いいからとっとと本題に入れよ、という意思表示も兼ねた問いかけ。


「……ごめん」


 しかし、小島さんは不快な言葉を最初に言ってきた。


「そんならしくない謝罪の言葉なんかいらないから。いいから本題」


「……変わったね、雄太は」


「変えたのは誰だよ」


「……ごめん」


「だからいいっつってんだろそれは! 早いとこなんでこの大学に進学してきたのか、ちゃんときっちりぐうの音も出ないように説明してくれ!」


「……」


「……」


 おいこら。黙秘権行使するにはまだ早すぎやしませんか、小島さんや。

 ま、いいや。頭で整理しないとうまく言えないこともあるだろうから、少しだけ待ってあげよう。


「……もう、あの家で、いいように扱われるのが嫌だったの」


 やっとしゃべった。しゃぶるのは得意だろうに、なんでしゃべるのは苦手なんかな。

 あ、もろちんこのネタは流用な。


 待ってる間に、俺のコーラは三分の二が消失してるよ。


「どういう扱いよ?」


「……こっちの都合もお構いなしに、したい放題されて……」


「性的な意味で?」


「……コクン」


「いや、オノマトペを口に出す必要はないでしょ」


 つーか何を今さら?

 俺と知り合った時にもう、やりたい放題だったわけでしょ?


「でも、それを選んだのは、小島さんじゃん」


「……」


 あ。核心ポルチオ突いちゃったわ。どうせなら黙り込まないでヒィヒィ白状してくれればいいのにな。


「……罪悪感は、ずっとあった」


「ん?」


「こんなにも汚れたあたしが、雄太と付き合っていいんだろうか、って」


「……」


「雄太といるといつも罪悪感ばかりで、あたしが押しつぶされそうで。でも、竜一りゅういち兄さんと付き合ってるときは、突き合ってるときは、罪悪感それを全部忘れられてた」


「快楽堕ちしてんじゃねえか!」


 つきあってる、って言いなおした時点で、もうだめ。


「……その通りだと思う。でも、竜一兄さんもね、あたしが距離をとりたい、って伝えたとき、いったんは了承してくれたの。そうしてちゃんと彼女を作って」


「ということは、それが長続きしなかったんだな?」


「……うん。すぐに別れたみたい。いろいろ揉めたって聞いた」


 ま、流れからわかるとは思うが、竜一ってのは小島さんの義理の兄ね。俺は実物に遭ったことは数回しかないけど。


「そうして結局、また義理の兄妹同士で乱れてただれて。信じてくれないかもしれないけど、最初は拒否した、必死で拒否したの。でも、そのとき竜一兄さんに言われた」


「……なんて?」


「俺たちは、もうきれいになることなんてできないんだ、って……」


「……」


 せやな、と言いたくなったが、雰囲気がノレないほうのヘヴィーになってしまったので、何とか思いとどまれた。えらい俺。


「そうして雄太に内緒で、また兄さんと身体を重ねて、罪悪感もどんどん大きくなって……申し訳なくて、雄太の顔を見るのもつらくて、あたしが壊れそうでつらくて、雄太にサヨナラを告げたの」


 なんだろう俺、みじめさがよみがえって泣きそうになってきたよ。

 でも、もうさんざん泣いたからな。今更泣くわけもない、だ。


 ──自分勝手にもほどがあんだろうが!!


「……でも、それがいけなかった」


「ふざ……」


「あたしみたいな汚れた女に別れを告げられて、雄太、泣いてたよね。こんな汚いあたしにもわかるくらい、みじめに、悲しそうに」


「け……」


「そうして家に帰って、兄さんに抱かれて。たいてい行為の最中って、快感に支配されて何も考えなくて済むのに。初めてその時、雄太の顔が浮かんだの。泣いてる顔が」


「……」


「こんなあたしを好きだって言ってくれて、優しくしてくれて。そんな雄太を傷つけてまで、あたし何やってんだろ、って」


「……」


「そう思ったら……あたしの身体から、頭から、『気持ちいい』が全部飛んで消えてった。何もかも忘れられたセクロスが、苦痛でしかなくなったの」


 およ、えーとちょっとまて、つまり……


「なのに、兄さんは執拗に、あたしの都合などお構いなしに、自分勝手にあたしを抱いてくるの。これは雄太を裏切った、雄太を捨てたあたしへの罰、はじめはそう思っていたけど、やっぱり耐えられなくなって。だから……ここに逃げてきた」


 不感症か!!

 この若さで、不感症か!!

 ビッチの行く末がこれかぁぁ!!


 ま、こんだけ今までさんざんっぱら兄妹でやりまくってりゃ、不感症になりましたっつったって不干渉でいられるわけないわな、兄は。

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