脳破壊 されたらもとに 戻らない

 そして帰宅した。

 憂鬱な気分にさらなるモヤモヤがかぶせられて、思わずドアを蹴飛ばして開けてしまう。


 すぐさま隣から壁ドンされたが、どうせ退学すればこのアパートも出ることになるだろうからいちいち気にしない。

 というか隣は壁ドンできる立場かおい。引っ越してきた初日からむつみごとの声を散々聞かせてきやがって。おかげで隣の住人が『コウイチ』って名前だっていう、今の俺には必要ない情報までゲットしちまったぞ。


 ま、それはともかくとしてだ。

 なんだろう、あの暮林さんの態度。五年以上前のことで、今さら?


 中学生時代にも確かに泣いて謝罪してきたが、その実『ごめんね、でもわたしたち幸せになるから』みたいな態度が見え隠れしてて、アスファルト上でパイルドライバーどころかノーザンライトボムを食らわせたくなったくらいなのに。

 おまけにそのあと旧音楽室でおっぱじめやがっただろ、幼なじみと。中学校プレイとかどこのエロゲだ。その時スマホを所持してなかったことが今でも悔やまれる。


 あんな謝罪、受け入れなくてもいいよな。なんとなくだけど、俺に許されて楽になりたい何かを感じたんで。

 なぜそういう心境になったのかは知らんけど。


 そんな憤慨の最中、部屋に戻るなりいきなりスマホが震えた。

 画面を見ると、そこにあるのは知らない番号。


 誰だろう?

 ぽちっとな。


「もしもし? どなた?」


『……番号、変わってなかったんだね』


「!」


 誰から電話が来たのか、声ですぐわかった。今度の相手はNTRネトラレア三号、亜希ちゃん。


 ブチッ。


「あ」


 つい反射で通話切断しちゃったよ。

 まいっか、亜希ちゃん──いや、小島さんと話すことなんて、夕食のおかずだろうが天気の話だろうがテレビだろうがラジオだろうが警官が巡回してることだろうが、今さら何もない。もうほんと、俺こんな大学イヤだ。


 というかね。

 小島さん、確か地元の大学志望じゃなかったか? 義理の兄と同じ。

 まあそれも当然か、義理の兄と離れて進学したら、テレフォンセクロスしかできねえわけだからな。もしくはオンライン同時ヒトリアソビが関の山だ。

 発情、激情、エロ絶頂! みたいなどこぞのマスクマン子の口上リズムにぴったり疑似行為はここに進学したら不可能なのに、それでもなぜか小島さんはここにいる。


 大学のレベル的に志望大学不合格、ってのも考えづらいんだが……

 ん? そういえば。



『……逃げ出したかったから……』



 小島さん、進学動機をそう答えてたっけ、さっき。


 何から逃げ出しタッタカターンだろう。ようわからん。

 ま、仕方ないね、俺はもう過去に脳破壊されちゃってるからね。


 大学を退学したら、ついでにスマホの番号を変えようかな。着信拒否しても今みたいに番号変えられたらかなわんし。


 ──とまあ、長考の末の結論にたどり着く前に、今度は違う番号から着信が。


 だがこの相手は登録されていた。


「もっしもしー?」


『てめえこの雄太! 何回も何回もメッセージ送ってるっていうのに既読スルーしやがって! てめえの血は何色だ!?』


「あ、ああ悪い光秀みつひで。ちょっと不運ハードラックダンスっちまっててな」


 電話の主は、高校での数少ない男友達、赤井光秀あかいみつひでだ。ちなみに光秀と仲良くなった理由は、こいつも俺と同じように彼女に裏切られたから、である。いわゆる同族ってやつね。


 ま、おかげでこいつだけには遠慮なく話せる。


「ところで光秀、小島さんのことなんだが」


『は? ……ああ、亜希ちゃんのことか。どうしたいったい、今さらおまえからその名前が出てくるとは』


「いや……実は、同じ大学の同じ学科になっちまってな……」


『はぁ!? どういうことよ!?』


 というわけで軽く説明。


『はぁ……そっか、なんたる不運ハードラックよ。わかった、既読スルーの件は不問にしとく』


「すまん」


『しっかし、そこで退学届け書くのがおまえらしいというかなんというか』


「ほっとけ」


『ま、あきちゃ……小島さんもいろいろあったしなあ。自殺未遂するような状況から脱しただけでもまだましか』


「はぁ!? 初耳だぞ!!」


 なんかとんでもない情報がヤットデタマン。

 いやそりゃ俺のほうだって、別れた、というか他の男に寝取られた元カノが自殺未遂しようが何しようが知ったこっちゃねえ、くらいに無関心だったけどさ。


『たしかに、一部の人間しか知らないことではあったな。だけど裏では大変だったんだぞ、陰でいじめがあったんじゃないかとかなんだとか、教育委員会まで動いて』


「あー……なるほど、だからお前が知ってるのか」


 ちなみに光秀のオヤジさんは、地元のお偉いさんである。


『そういうこと。ま、なんでそんなことしたのかは結局判明しなかったけどな、いじめとかではなかったから。おそらく家庭の事情だろ』


「……」


 小島さんが自殺未遂するほどの事情……ねえ。

 つっても俺を捨てて家庭内での義理の兄を選んだのは小島さんだし、自業自得ではあるよな。そこまで心配してられねえ。むしろ俺だって、小島さんに捨てられて過去に死にたくなったわけで。


 …………


 ま、まあ、ちょっとだけモヤモヤが増えたけどさ。ちょっとだけよーん。


 …………


 いちおう、退学していなくなる前に、小島さんの話だけでも聞いてあげようかね。おそらく俺に話したいことがあるからこそ電話してきたんだろう、とは推測余裕だし。

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