恨みつらみはひとりごと
春の夜はまだちょっと肌寒い。
人肌恋しいのかって? 知るかそんなん、童貞だぞ俺は。
などと脳内独り言をつぶやきながら、アパートまで帰ろうと大学の正門を出ようとしたら、予想だにしていなかった人間に、後ろから声をかけられた。
「……あ、あの! 雄太、くん……」
ああ、中学時代の
俺の後追っかけてきたんか?
「……誰だっけ?」
しかーし、俺の口からはもっと冷たい言葉が出てしまった。無意識に。
いやまあそりゃそうだろ、裏切っておきながらなんでいけしゃあしゃあと俺の前にツラ出せるんだ。神経が図太いのか、神経焼き切れちゃってるのかわからん。
それとも、股間だけじゃなく心臓にも毛が生えてるのか?
「! そ、そんな……わたしのこと、忘れちゃったの?」
「……忘れたというより、脳が思い出したくないって言ってる」
「……」
俺を裏切った相手だ。冷たくあしらうなんて、よくあることだよな。俺の立場ならそんくらいしたって罰当たんないよな。
なのに、なんで裏切ったほうが、そんなに絶望に満ちた表情をすんだよ。
心からわけわかんねえ。
ああだめだこれ。
悪いことをしたのは誰だ? 暮林さんだよな。
なのにこれじゃ俺がいじめているようで、ちょっとだけ罪悪感がわきあがってくるわ。
ということはつまり、もう彼女と会話をしないほうが心の衛生上健康的なわけですよね。
ま、もう窓口しまってるから無理だけど、退学届を提出すればいっさいがっさい縁もなくなるわけで。
「他に用がないなら、俺もう帰るんで。じゃ、さようなら」
またね、でないところがせめてもの嫌味だ。『シェー』のポーズをとりつつ俺がそうあしらうと、そこで暮林さんは驚きの行動に出る。
「……ご、ごめんなさぁ……いぃ……」
まさかの正門前で土下座。
予想だにしなかった展開なのはもちろんのこと、まわりからの視線が集中する。やめて、俺はあきらかに被害者よ。
「ほんと、わたし……ひどい女だった。雄太くんの気持ちなんて、何も考えてなくて。自分勝手すぎた。今さら心から謝ってももう遅いかもしれないけど……」
うん、遅いよね。というか今さら心から謝っても、ってどういう意味だ。あの時は心から謝ってなかった、って言ってるのと同義じゃねえか、ボロ出てんぞ。
「だけど、だけど! 本当に、ほんとうにひどいことしたから、ただ謝りたくて……」
はぁ? 暮林さん、のーみそ破壊されやがったんですか?
どんなコペルニクス的転回したらそういう結論にたどり着くのか、というお題で一本論文書けそうな気がする。
何を今さら感が、マリアナ海溝レベルに深い。
中学時代、別れを告げてきたときの暮林さんを思い出す。まあ土下座まではしていなかったが。
それでも暮林さんがあの日あの時、幼なじみの彼を選んだことは間違いないわけで。おそらく今もよろしくやってんだろ、幼なじみの縁ってのは切っても切れないもんだろうからな。
「……過去に捨てた
「! ち、ちが」
「違うならもういいじゃん、関わらなくても。じゃあ」
風が当たっても痛い、という痛風並みの繊細な神経を持つ俺は、いいかげん周りの視線に耐えきれなくなった。マゾヒストへの道は遠い。
というわけで、すたこらさっさとそこから逃げ出すことにする。
土下座したままの暮林さんを、ほっといて。
関わり合いになったら、イライラしてついつい頭のかち割り合いになっちゃうかもしれないからね。仕方ないね。
これ以上俺の後を追ってきたら、ストーカーとしてけーさつに連絡しようっと。
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