それぞれの理由
さて、白装束よろしく遺書、じゃなかった退学届を懐に忍ばせ、昨日入学した大学に別れを告げようか。
と、決意して大学正門をくぐったはいいが。
経済学部の校舎の前に、新歓の先輩たちが陣取っている。
「お、おまえは確か、新入生だな?」
「あ、は、はい、でももうたいが」
「おーそうかそうか、俺は経済学部新歓委員長を務めている
「いえ、あの、俺はもう」
「金はかからないから安心しろ! 酒もないから大丈夫、気楽に参加してくれ! 経済学部校舎内の102講義室でやるからな!」
「……」
なんて人の話を聞かない先輩だ。
だが、大学生らしい経験を一切せずにこのまま大学を辞めるとなると、なんとなくむなしさを感じてしまう。なんせ女に対する恨みつらみを増幅させ、それを大学受験のモチベに変換させて合格したわけだからな。
新歓コンパ……か。まあ無料らしいし、それを経験してから退学でもいいかな、うん。
「わかりました。よろしくおねがいします」
思考の向こう側へと飛び立った俺は、結局そのように返事してしまった。
―・―・―・―・―・―・―
で。どうでもいいことはすっ飛ばして、新歓コンパの時間を迎えたわけだが。
大学側の許可を得て、講義室でやるっていうのが当たり前なのかどうかはともかく。
「おー、よろしくな、
「あ、ああ……えーと、悪い、きみの名前なんだっけ……?」
「おいおい、自己紹介聞いてなかったのかよ。ま、仕方ねえな、同じ科の人間が百人いるわけだから。俺は
舌嚙みそうな名前だな。だいいち自分から『マコ』とかあだ名を押し付けてくるのもうざい。
が、なんだか知らんが笑顔がさわやかなので、そこまで悪いやつではないのだろう。
「なあなあところで雄太くん、キミはこの科の女子をどう思う?」
「げほっ!!」
前言撤回しとく。なんでいきなり女子の話になるんだ。
いや、あの三人が同じ科にいなければ、望むところという話題ではあるにせよ。
「いやあ、可愛い女子は文学部とかに進むのかと勝手に想像していたが、なかなかどうしてこの科の女子はレベル高い子が多いじゃないか!」
「……あ、そう……」
「ほら、例えばあそこの集団とか」
悪気はないのはわかるんだが、そう言ってマコが指さしてきた女子の集団ってのが、木村愛莉・暮林美衣・小島亜希と三人そろっていたそれであった。
「木村さん、暮林さん、小島さん、だっけ? 特にあの三人はこの中でもトップクラスに可愛いよなあ、タイプはそれぞれ違うけど。雄太くんは誰が好みだ?」
「……大事なのは見た目じゃなっくて中身だろ」
噛んだ。
「なっくて? はは、まあ違いない。だが見た目も大事だと思うぞ? 雄太くんの好みは、どんな女子なんだ?」
「……なんでそんなことを聞いてくるんだ」
「いや、もし俺が誰かを狙ったとき、雄太くんと奪い合いになったら困るからさ。念のため」
「……寝取られない女子」
「は?」
不毛な会話を盛り上げるつもりはないので、俺はそれ以上しゃべらずに黙り込む。マコはそんな俺の気持ちを悟ったのか、少しためらいながらも、違うグループのところへ話をしに向かった。
あ、ここでもぼっちですか、俺。
ま、別にいいや。どうせ退学予定だし。
──しかし、おかげでちょっと離れている三人の会話が聞こえてきちまうじゃねえか。
「……そうなんだ。じゃあ、暮林さん、だっけ? どうしてこの大学に進学してきたの?」
「……ある人を、追いかけて来たんだ。わたしの全身全霊をかけて謝らなければならない人を」
「えー!? それって、オトコ?」
「べ、別にいいでしょ、わたしのことは」
「あやしーい。ま、その話はまた今度詳しく聞かせてもらうね! 小島さんはどうしてここに?」
「……」
「小島さん?」
「……逃げ出したかったから……」
「あ、あはは、そっかー。みんなそれぞれいろいろあるんだねー」
はあ、学籍番号が五十音順だから、木村・暮林・小島であの三人連番なのか。だからこうやって話をしてるんだろうけど。
さっきから愛莉ちゃんひとりが空回りしてる気がしないでもない。ま、俺には無関係だな。ほっとこう。
…………
結局ぼっちじゃ、新歓コンパとか言っても意味なさそうだ。コミュ障っぽくなっちまったのは間違いなくこの三人の女子が原因ではあるけど。
別に誰に断り入れなくても、いいよな。
こんなところにいられるか。俺は家に帰らせてもらう。
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