おわり. 後日談

終業式の朝。一番で入った教室の空気は、屋外に負けず劣らず冷たかった。風がないぶん、いくらかはマシだけれど。


「さむっ」


 さて、なぜこんなに早く登校してきてしまったのか、自分でもよく分からない。ただ、明日から冬休みに入るのがとても嬉しいということは確かで、もしかしたらそんな浮かれ気分が原因だったのかもしれない。


「ストーブ点けたい……」


 むろん生徒が勝手に点火してはダメなので、大人しく自分の席に荷物を置いて、着席する。

 あ、鼻がムズムズしてきた。


「ふぁ」


 これはもう、止められない……!


「はっくしゅ!」


 盛大なくしゃみが、誰もいない教室に響く。

 ぎしぎしと体にかかる負担と、少なからぬ脱力感でぼうっとしていると、引き戸の開く音がした。

 扉越しに立っていたのは居田さんだった。


「おはよう、刈谷さん」


「う、うん。おはよ」


 とてつもないデジャブを感じて反応が遅れてしまったけれど、そんなことは気にせず微笑んでくれて、居田さんは静かにわたしの元へやってきた。


「寂しい?」


 最近の居田さん、わたしがくしゃみをするとこの調子である。


「いや、今のはただ寒かっただけだから」


「そう……」


 否定すると、ちょっと不満げな表情を見せるのも相変わらずだ。

 じっくり観察すれば、心が読めたりしないかしら。

 そう思って彼女の顔をじっと見つめても、きょとんとした表情があるばかり。案の定効果はないのであった。

 代わりと言っては何だけれど、現状とはまったく関係のない謎を思い出した。


「居田さん。この前の河川敷のこと、覚えてる?」


「えぇ、はっきりと。もしかして、なにかあったの?」


「ううん、全然大したことじゃないよ。ただ、あの火星人の女の子、そういえばあなたの名前と同じだったなぁって」


 マリカちゃんは、どうして自らをマリカと名乗ったのか。単純に気になってしまったのだ。

 わたしのささやかな疑問に対して、居田さんは別段不思議がるという様子もなく、むしろ心当たりがあるようだった。


「それは多分、私が以前、あの子に会ったことがあったからだと思う」


「たしか下校中、あの子が公園のブランコに一人で座っている姿を見かけて、心配になって話しかけて」


「思ったより元気そうで安心したのを覚えてるわ。それで、早めに帰ることを約束してから、飴玉をあげて別れたの」


 駅での会話がおぼろげに思い出される。梅味の飴玉。うむ、合点が行った。

 マリカちゃんはわたしが会う以前に既に居田さんと会っていた。そこで、わたしのときと同じように名前を聞き出して、自分の名前として使っていたのだろう。


「そういうことかぁ」


 あー、すっきりした。特に引っかかっていた疑問、というわけではなかったものの、やっぱり解決すると嬉しいものがある。

 ……そうだ!


「居田さん」


「ん?」


「毬花って呼んでもいい?」


「えっ」


 わたしの提案に、居田さんの目が丸く見開かれて、ほっぺたがさっと赤くなる。そして、決断しかねるように指を絡ませて考え込んだ。

 知り合ってからの短い付き合いで分かったことだけれど、居田さんは物事に動じないように見えて、けっこう感情が動くひとだ。そこが面白くて、なんというかかわいい。


「ダメ?」


 ここぞとばかりに押してみる。結果はいかに。


「いえ、全然ダメではない、わ」


「やったっ」


「じゃあ、これからもよろしくね、毬花」


 いったい何がよろしくなのか。口にしたあとで気付いた。


 そんなわたしのおぼつかない言葉に、毬花はゆっくりと頷いて。


「えぇ……未紗、さん」


「!……うんっ」


 こうして、わたしの日常は続いていく。

 ほとんどはささやかで、ときには大胆な変化と一緒に。

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ゆにばす 鈴索 @starboard

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