8.予知

「刈谷さん」


「ほい?」


 お弁当を黙々と食べていたら、居田さんがすっと寄って来た。手にはラップで包まれたシンプルなおにぎりが二つ。


「一緒にお昼、食べてもいい?」


「ど、どぞ」


 そろそろ慣れてもいいと思うけれど、どうしても話すと緊張しいになってしまう。幸い、向こうは気にしてないのか、そそくさと自分の椅子を持ってきた。


「雨が降ってる」


 言われて、窓辺を振り向くと、確かにやわらかい線がはしっていた。

 午前中は曇りで済んでいたのに……本降りでないことがせめてもの救いだ。


「あいつ、大丈夫かな」


「あいつ?」


 ラップを丁寧に剥がしながら、居田さんが訊ねた。卵焼きを一つ頬張ってから答える。


「ペンギン。道すがら会ったの」


「ペンギン……?」


 まっすぐな眉をひそめて、おにぎりを一口。もしかして、鳥類は嫌いなんだろうか。


「捨てられてた傘を拾って、そのままどこかへ行っちゃった」


「そうなの」


 頷くと、わたしは咀嚼そしゃくしたご飯を飲み込んだ。鮭のふりかけで味が付いているのが嬉しい。


「傘と言えば、刈谷さんは持ってきた?」


「ん、どうだったかな」


 箸を置いて、カバンの中身を覗いてみる。折り畳みのものが入れっぱなしにしてあった筈……やっぱり、あった。これで一安心。


「うん。たまたま持ってきてたみたい」


「それなら、よかった」


 言いつつも、居田さんはなんだか残念そうな顔をしている。なにゆえなのか。

 とにもかくにも、他愛ない話が続いていくあいだに、二人とも食事が終わった。

 ごちそうさまとお互い手を合わせて、わたしがお弁当を片付けていると、教室の戸口から見知った顔がひょこっと出てきた。角ばった眼鏡のなかの、利発そうな、好奇心いっぱいの瞳。智代そのひとである。


「今、話してもいいか?」


 許可を取る形式になってはいるものの、興奮気味で有無を言わさぬ調子だった。


「別にいいけど」


 居田さんは同席していていいのかしら。なんて考えていたら、本人が控えめに提案した。


「私、席を外そうか」


「いや、いてくれて構わん」 


 ということは、別段内密なことでもないらしい。

 同意を得られた智代は、別のクラスの敷居を軽々とまたいで、わたしと居田さんのあいだ、机の端に両手をついた。


「未紗、朗報だ」


「どんな?」


「君が宇宙人に誘拐される夢を見た」


「あー、なるほど……」


 そういうことか。朗報というには、ちょっと微妙なラインだ。

 ひとりで勝手に納得していたら、居田さんが置いてけぼりになっていた。頭上に疑問符がたくさん浮かんでいるのがはっきり分かるよう。

 うーむ、どう説明しよう。


「居田さん、予知ってあるでしょ」


 すらりとした頭が、ポニー・テールを揺らしてこくりと頷く。


「智代は、夢に見たもの……つまり予知したことが、現実で絶対に起こらないことが分かるの」


 "予知"のままだと、今使っている意味とは逆転してしまう気もするので、智代との間ではこれを単純に"逆予知"と呼んでいる。

 しかし、絶対に起こらない、というのが実に妙な話だ。この言葉の通りなら、もし予知が正しくても、結果を観測することはできないのだから。


「ということは……」


「未紗は今後の人生において、宇宙人に拐われることはないってことだ」


 智代は嬉々として結論を語った。航空事故に遭遇する以上に低確率なイベントに思えるが、まぁ、キャトルミューティレーションされる最期がないのは確かにありがたいのかもしれない。


「はぁ」


 対して居田さんは、言いたいことは理解できてもついていけないという様子だった。無理もない。これといった明確な根拠はなく、ただ本人の熱意があるだけなので。

 いわく、並行パラレル世界ワールドで起こったことを傍で眺めている感覚らしい。隣の世界で起こってしまったのだから、今あたしのいる世界にその出来事は起こりえない……とかなんとか。


「失礼を承知の上で聞くのだけれど、刈谷さんは、信じているの? えぇと」


「来座智代だ」


「……来座さんの、予知」


「全肯定、というほどではないよ。でも、どちらかといえば、信じるかな」


「なぜ?」


「確からしいことは何もないの。そんな気がするなーってだけ」


 わたしの曖昧な答えに、驚きの消えない眼差しで、居田さんはほうと息をついた。


「ふしぎね」


 それは、智代のことだろうか。それとも、わたしのことか。


「うむ。未紗は、ふしぎなヤツだ」


 ……少なくとも、智代は後者と受け取ったようだ。

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