4.相談

 最近、居田さんがなにかと遠目についてくる。

 もちろん、物理的にも精神的にも被害は皆無。ただ、ものすごく気になる。

 こういうときは、友人に相談するというのが知恵というものだ。


「尾けられている?」


 図書室の一角。六人掛けのテーブルの端で、来座くるざ智代ちよは、眼鏡の縁をくいと持ち上げた。 

 単に恰好つけただけなのに、妙にしっくりくるのが悔しい。

 それはそれとして。


「そこまで大げさな話では、なくて」


 わたしの言葉に、智代は思いきり首をかしげた。なんだかフクロウっぽい。


「君の一挙一動に特定の人物から視線を感じるということは、明らかに尾行ないし

ストーキングだろう? その対策を取りたいのではないのか?」


「違うの! 要するに、なるべく不自然にならないよう話しかけたい……だけ」


 つい本音がこぼれてしまった。迂遠うえんな言い方でごまかそうとして、この有様だ。


「なんだ、そういうことか。だったら初めからそう言えばいいものを」


「おっしゃるとおりです……」


「ま、いずれにせよ話は簡単だ。追ってきた相手を捕まえることが不自然なら、こちらから接近すればいい」


 智代の華奢きゃしゃな指が、図書室のものらしい古い文庫本を離れて空中に浮き上がった。矢印はどこを指し示すのか、動きに合わせて目で追う。

 わたしたちのいる席とは真向かいの、現代小説を揃えたコーナーに、果たしてウワサの当人が立っていた。

 き、気が付かなかった。わたしにとっては背中を向けている位置だから当然と言えば当然なのだが。


「ちなみに、君が来る前からいたぞ」


「そうなんだ」


 居田さんは、棚から取り出した短めの小説を黙々と読んでいる。雰囲気はともかく、活発そうな容姿をしているから、失礼ながら意外な感じがした。

 読書の様子を眺めていたら、後ろから肩をげしげし小突かれる。


「ほれ、さっさと行きんしゃい」


「りょ、了解っ」


 どう声をかけようかも考えつかぬまま、見切り発車で立ち上がり、整然とした書棚の列とまばらな生徒のあいだを通り抜けて。


「あのー……」


「?」

 

 そろそろと近づくと、居田さんは滑らかに振り向いた。どうやら、こちらの来訪には驚いていない様子。どうも、振り回されているのはわたしだけらしい。


「何読んでるの?」


 かろうじて、会話の繋がりそうなトピックを拾い上げた。すると、居田さんは本を閉じて、表紙を見せてくれた。


「好きな作家さんの新作」


 ぐうの音も出ない簡潔な回答だ。正直に言って、わたしは本に疎いので名前を見てもピンとこない。


「有名な人?」


「そこそこ」


 線が途切れた。もうこれ以上続かない。しかし、わたしが話しかけたのだからわたしがなんとかしなければ。

 とりあえず、そばの本棚のあれやこれやに視線をさまよわせてみる。何か気になるタイトルはないだろうか……。

 悩みつつ探しているところに、彼女の声が聞こえた。


居田毬花いだまりか


「え?」


「名前」


 呆気にとられたままのわたしに、居田さんは鮮やかに微笑んだ。

 そして、緩やかにきびすを返すと、手に持った本を借りに、入り口にある受付へと離れていった。

 これは、お互いに歩み寄る一歩を踏めたとみてよいのだろうか。

 ジャッジを求めて、智代のいる席へと振り返った。


「……」


 あろうことか、彼女は机につんのめって眠り込んでいた。文庫本はページが開いたまま、手で押さえられていた。なんとも器用なヤツだ。

 昼休みもそろそろ終わってしまう。起こしに行こう。


 

 

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