7 放課後、ファミレスにて3
さとりちゃんは今、
「とりあえずー、今日さとりちゃんが登校してるかどうかなら、このみちゃんに聞けば分かるよねー」
と、この時ばかりは
「一方で、問題の桐枝ゆかりは登校していない、と。学生寮にも帰ってきていないんだな」
「そ、そうです……。それでわたし、何かあったんじゃないかと……」
ちら、と貴緒に目を向ける
(あまり良い方向には向かってないけど――何も知らないでいるよりはマシだったか。帰ってこないさとりちゃんを心配するだけで終わってたところだ。今ならまだなんとかなる……)
桐枝ゆかりが実力行使に及んだだけなら、ここにいる野乃木のどかを頼ればその自宅を突き止めることが出来る。
しかし、もし――本当に事件性のある事態に発展していたとしたら?
「っ」
風が窓を叩いた。叫び声のような強風だった。外は、台風が近付いている。
「野乃木さんに聞きたいんだけど――いや、のどかちゃん――のどかさん、の方で」
姉の方の視線が痛かった。
「君の友達、なんなん?」
「何なのか、と言われましても……。ちょっと、変わってるといいますか……」
「友達は選んで付き合いなさい」
……野乃木さんは選んで付き合っているのだろうか。しかしまあ、今日ばかりは深く追及しないでおこう。
「このみちゃんいわく、普通に登校していたようですよ? もしかしたら、もうお家に帰ってるかも?」
であれば、いいのだが――とりあえず、野乃木妹への聴取を続ける。
「いっこ聞きたいんだけども、君はその……桐枝さんについて、どれくらい知ってる感じ? 家庭事情とか、詳しかったりする?」
姉の方が認識してないようなので、幼馴染みとかそういった付き合いではないのだろうが、学生寮で同室ということはそれなりには親しいのだろう。人となりは把握しているのは分かったが、問題はその先である。
「俺が聞いたところによるとですね……桐枝さんのお父さんが、さとりちゃんの実の父親なんじゃないか、という噂がありましてね」
「それは初耳」
これは
「美聡さんもそれを疑ってる。真相は分からないらしいけど」
「でもそうだねー、名前も似てるし? さとりちゃん、ゆかりちゃん」
「……もしかして、不倫……?」
「仮にそれが事実で、それを桐枝ゆかりも知っているなら、さとりちゃんのことを憎からず思っているのも納得だ」
美聡と同じような感想も出てくるし、この可能性はかなり高いのではないか。そしてその答えを彼女は知っているのだろうか。
「君は、その辺、何か聞いてたりする……?」
「さとりちゃん――
ぽつぽつと、のどかが話し始める。
「それから、不倫なんですけど――ゆかりちゃんの両親はそれで離婚してるんです。でも、していたのはお母さんの方で」
「お、おう……」
これは結構、深くまで桐枝ゆかりの事情を知っていそうである。
「ゆかりちゃんのお父さんは大学の先生で、仕事ばかりしてる人らしくて。家にも滅多に帰らなくて。それが理由だったんじゃないかと、ゆかりちゃん本人は言ってます。だから……なんといいますか、お父さんの方が不倫していた線は薄いかと……。離婚後なら、どうか分かりませんけど」
しかし、真相までは分からない。両親ともに不倫していた可能性も無きにしも非ずである。それはそれで、とんでもない話ではあるが。
(ド偏見だけど、そういう家庭環境で育ったんなら……)
桐枝ゆかりの問題児っぷりにも納得がいくというものだ。
「不倫の話は、ともかく……ゆかりちゃんは昔、両親の離婚を止めようとして、ドラマとかを真似して家出したことがあるらしくて。誘拐を自作自演したみたいです。その当時にはもう両親は別居状態で、結局どうにもならなかったらしいですけど――」
つまり、今回も何をしでかすか分からない、ということか。
「その一件で、みのりちゃんの存在を知ったみたいです」
「?」
ここでなぜその名前が? ときょとんとする一同に、衝撃の告白。
「みのりちゃんは、ゆかりちゃんのお母さんの娘――つまり、不倫相手との子どもで、ゆかりちゃんの義理の妹なんです」
みのり、ゆかり――言われてみれば名前が似ている!
「ドロドロしてきたー」
「茶化すな」
野乃木に諫められ、さすがの春羽さんも口をつぐむ。姉に促されてのどかは苦笑しながら、
「みのりちゃんの方がどこまで知ってるかは分からないんですけど、とりあえずゆかりちゃんは仲良くしてるみたいです。だから……さとりちゃんにも、何かするようなことはないと思います」
一安心していいものか、悩みどころである。
「今、ゆかりちゃんのお父さんは独身です。たぶん、居曇さんと同じアパートだった時にはそうだったんじゃないかと……。それで……なんというか、居曇さんを自分のお母さんみたいに思ってたり、さとりちゃんを妹みたいに思ってたんじゃないかと、わたしは思ったり」
「……ウチの結婚の邪魔をするのはつまり、美聡さんをとられまいとして……?」
「そんな感じのことを前に言ってた気がします。居曇さんは自分のお父さんと結婚すべき、と考えてるのかも」
「なるほど……。そして、結婚を邪魔するウィークポイントとして、手近な俺に狙いを定めた訳か。やはり立希が前に言ってた坊主憎けりゃ理論で、俺がロリコンだとかそういうのは嘘八百と」
「いや、それは分かりませんけど……。でも、
「そこで和庭くんの決定的な瞬間を捉えられちゃったのかもだ」
「ロリコン疑惑」
「そんな容疑がかかるような余地はない」
そこは断言しておくが、それはそれとして――
(一か月とか前って言ってたっけ? 俺の存在を知ったの……。ずっと俺のことを嗅ぎまわって、いろんな工作の準備をしていた訳か。そういえば、例の下着泥棒騒ぎもだいぶ前のことだしな……)
いったい、いつから狙われていたのか。常に見張られていたのだろうか。
この一か月、外で何かやらかした覚えはないが、どんな瞬間でも切り取り方次第で「疑惑」に変えられるのがこの現代社会である。最初から偏見を持ってかかっていれば、ちょっとしたことでも疑惑に見えるだろう。
「――結婚の話は、進んでるんだ」
「……発表もあったしな。このまま何もなければ、もう決まりだ」
という立希の相槌に事情を知らない人たちは置いてけぼりを食らっているが、
「それはたぶん、あっちも知ってる。そのタイミングで、本人が行方不明。さとりちゃんの居場所も分からない。――そのお友達としては、この状況、どう思う?」
「え、わたしですか……? ううん……」
なんだか気まずそうにしながらも、のどかはやがて顔を上げて、
「何をしてもどうにもならないって、頭ではわかってると思います。でも――親の離婚とか、いろいろあって、大人の事情に振り回されてきて――なんというか、当たって砕けろって言いますか、そうなるまで止まれない、みたいな……」
振り上げたこぶしの、落としどころ。おさまりのつかない感情の行き場を求めて――
「……暴走、しちゃうかも」
外に目を向けるまでもなく、台風の接近による強風の音が店内にも響きはじめていた。どうやら、あまり長居はしていられないようだった。
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