6 放課後、ファミレスにて2




「ののちゃん、実は我々は以前、その真犯人と出会っています」


「? 知らないけど」


「あれは……そうですね、私が和庭わばくんと初めて口をきいた日の朝のことです」


 たぶんそこが初めてではないと思うが――


「ちょうど、和庭くんたちの話していた『つるペタ幼女』について議論していると、我々に声をかけてきた人物がいましたよね?」


「あぁ、中等部の……。――あれが? その、桐枝きりえって子だったわけ?」


「さっき写真を見せてもらいましたが――まあ、あの時は顔を隠してたから、写真見てもピンとは来ませんでしたが――あれが、桐枝ゆかりだったのです」


 確たる証拠が欲しいところだったが、とりあえずそうした共通認識が出来るのであれば良しとする。貴緒もほとんどそうだと確信していた。


「今思えば、あちらはののちゃんの顔を把握していたんですねー。反応したのは『つるペタ幼女』ではなかったのです。ののちゃんに託しておけば、和庭くんの手に渡るだろうと考えたのでしょう。あの、爆弾が」


「あたしはその子、知らないけど。そういえば、あれ結局なんだったわけ?」


 と、野乃木ののきが貴緒に目を向ける。こちらの口からは言いづらく、お子様ランチをつつくことで気まずさをやり過ごしてみるのだが、果たして春羽はるばさんはその中身について把握しているのか。場合によっては恥を忍んでいろいろ打ち明けることになるが。


「実はあの中身、下着だったんです。のちに語られる『パンツの山事件』の前ぶりだったんですねー」


「『きのこの山』みたいに言うな」


「そう思ったのはののちゃんだけです。パンツからきのこを連想するなんて、まあはしたな――痛っ」


 テーブルの下で何かあったのだろう。あいだに挟まれている野乃木妹がとても不憫だった。


「ともあれ、その一連のパンツは全て、ある事件に繋がります。そう、みなさんご存知――」


「……和庭」


 野乃木が非常に冷たい目を向けてくるが、そうじゃないだろう。脈絡から察してほしい。


「中等部の学生寮で起こった、下着泥棒――」


「あ、あれ、違うんです……!」


 と野乃木妹が声を上げるが、春羽さんはそれを制し、


「それも恐らく、犯人の自作自演」


 との春羽さんの言葉に、ものすごく頷くのどかちゃんである。


「わたしのがなくなってるって、ゆかりちゃんが騒ぎ出して、騒ぎになって。何もなくなってないのに、そういうことにしといてって後から……!」


 ここで明らかになる新事実。


(どうとでも取れる言い方だから判然としないけど――アレ、この子のって……こと!?)


 どっちのだ、というのは今はさておき――


(……友達なんだよね?)


 いったいどんな人物なのだ、桐枝ゆかり。貴緒の中で彼女のイメージがだんだんと恐ろしい狂人のそれになっていく。


「金曜の呼び出しの件。あれは桐枝さんが和庭くんと直接話をしようとしていたのか、それとも他になんらかの工作をする気だったのかは知りませんが……たまたま別件で同伴していたこの私を見て、会うのを避けたのでしょう。先のパンツの件で私に顔を覚えられていることを危惧したのです」


 なるほど、そういうことだったのか。春羽先生の名推理に初めて感嘆する貴緒である。春羽さんがいなければ、何かもっとヒドいことになっていたかもしれない。


「まあ、そんなこんなで、犯人はあの手この手で和庭くんを陥れようとしていたのです。和庭くんは下着の所持などで警察に捕まったりなどもして、自分をハメようとする真犯人を追うために小学生の女の子に土下座などもしました」


 わあ、とどういう感情かは分からないが声をあげる野乃木妹。そして、大変だったな、とでも言いたげに横の立希りつきに肩を叩かれる。貴緒としてはそんなことより、春羽さんの名探偵ぶりに戦慄していた。


(このみちゃんから全部聞いてると考えるべきかもしれない……)


 食べ物が喉を通りづらくなってきた。


「のどか、友達は選んで」


「違うんだよ、お姉ちゃん……。ゆかりちゃんは――」


「全ては、和庭くん家の再婚を阻止するため、だったんですね。そう、桐枝ゆかりさんは、和庭くんが若い人妻にとられるのを恐れたのです」


「え? ゆかりちゃんそうだったんですか? ほんとに片想いしてて……?」


 おい友達。と突っ込みかけた。そして春羽さんである。どこまで本気なのか……。


「とりあえず、」


 と、そこで立希が声を発した。


「その桐枝って子がいろいろやってて、貴緒もそこまでは把握してる。で、問題はその子が音信不通になった、と――」


「そうなのです。そこで、私は考えました。あ、こいつやったな、と」


「やってませんが? というか何をやったと?」


「小学生にも土下座する和庭くんですから、あの手この手を尽くしてとうとう桐枝さんに辿り着き――××ってね」


「ぺけぺけってなんすか。俺は何もやってません。……アリバイだっけ? 土曜日のは立希も証言してくれる。日曜は、まあ……」


「やりましたね?」「やったんだ」「やったんですか!?」


「やってませんー!」


「……まあ、やりそうではある」


 貴緒は自分が孤独だと感じた。お子様ランチも冷めていた。


 しかし、ともあれ、だ。


(あの手この手を尽くしてきたけど、とうとう『黒幕』の関係者に辿り着いた――)


 落ち着いて、今得られる情報について考えよう。何をたずねるべきか、どうすれば『黒幕』説得に繋がる答えを得られるか――


「というか――音信不通? 行方不明?」


「私がさっき軌道修正したよな」


「そうっすね……。頼れる幼馴染みだ。そこで聞きたい、俺はこの後どうすべきなんだろうか。こうしてにっくき『黒幕』のお友達がのこのこ姿を現した訳だが」


「に、にっくき……のこのこ……!?」


「和庭くん、今弱い立場にあるのは君なんだぜ?」


 確かに、日曜のアリバイは証明できない。まさに刑事ドラマでよく見るやつ、家に一人でいました、という状況。


「自白しちゃいなYo」


「だからあんた何なの」


 その時、立希がわざとらしく咳払いしてみせた。軌道修正、閑話休題である。


「私が思うに――その桐枝って子だが」


 立希は貴緒から『黒幕』のしてきたことを聞いている。この頼れる幼馴染みであれば、貴緒の冤罪を晴らしてくれるはず――


「たぶん、さとりちゃんを拉致ってどこかに身を隠してる」


「は……?」


「今お前、人質とられてる」


 さらなる窮地に陥った気分だった。


「ありえる……! ゆかりちゃんならやりかねない!」


 だから何なんだゆかりちゃん。友達にどんな風に思われてるんだ。


「え? 待って、なんでそこでさとりちゃんが出てくる――」


「さとりちゃんは今、その友達二人に連れられて、どこかに『お泊まり』してるんだろ? でも、お前はそれがどこか知らない。で、春羽さんからも特にその件についてのコメントはない」


「ん? 私? なんで? ――あ、ウチのこのみちゃん、また何かした?」


 ひっ、と貴緒は息を呑んだ。しれっと春羽さんがその関係を認めたためだ。あと、一瞬こっち見た。


「どういうこと?」


 と、事情を知らない野乃木さん。立希が説明する。


「今、貴緒の親とその再婚相手の人は家にいない。仕事の都合で上京中なんだ。それをどこかで聞きつけた桐枝ゆかりが、昨日、さとりちゃんの友達を使ってさとりちゃんを外に連れ出してる。友達とお泊まりってわけ。貴緒と二人きりにさせないためだろう」


 説明はちゃんとしているし非の打ちどころのない事実なのだが、言葉が足りない。野乃木が冷めた目をしている。


「ち、違うんですよ、野乃木さん。俺、悪くない。やましいこと、何もない」


「桐枝ゆかりはどういう訳か、こいつのことをロリコンだと思ってる」


「そこは否定できませんよねー」


「だから、さとりちゃんに近付けないようあれこれ画策してるんだ」


 春羽さんが余計な相槌を打つせいで恐ろしい脈絡と化しているが、よけいな口を挟むのは躊躇われた。


「……で、その桐枝ゆかりの手下の一人が、春羽さんの妹で、さとりちゃんの友達」


「ウチのこのみちゃんですけども。……お泊まり? このみちゃんは昨日普通にウチに居ましたけど? そういえば昼にどこかに出かけたけど、夕方までには帰ってきてますね。今朝もみのりちゃんと登校していきましたよ」


 みのりちゃん? と、そこで野乃木のどかが反応する。やはりこの子は重要な証人だと貴緒は確信した。根掘り葉掘り、詳しく話を聞きたいところだ。


(というか春羽さん、みのりちゃんの存在も認識してるんだな……)


 変装していたくらいで友達の姉に気付かなかったみのりちゃんは、さておき――


「今朝の時点で、みのりちゃんとこのみちゃんが一緒に登校している、ということは」


 と、立希がその推理を披露する。


「みのりちゃんの家の方に泊まっている、という線は薄そうだな。そっちにいれば、登校も三人一緒だったはず。そうなると、さとりちゃんは今、桐枝ゆかりの家にいると考えるべきだ――」



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