4 昨夜はお楽しみ
台風の影響か外は風が強く、これなら学校も休みになっていいのでは――
週初め、月曜の朝である。
(……
その場しのぎでしかないと、分かってはいるのだが。
……昨日はあの後、とても複雑な気持ちで一人、自宅で過ごした。
『おにぃさんと遊んでただけだよー。ねー?』
このみちゃんが取りなしてくれたため、事態が悪化することこそなかったものの、貴緒はもう二度とあの子に頭が上がらないだろうという諦めを覚えた。
……どうしてあんなことをしてしまったのだろう。なんなら「お前の姉に知られてもいいのか」と反論だって出来たのに。いやもちろん無理だが。とてもじゃないがそこまで頭が回るような余裕はなかった。
一人になって、落ち着いて、いや落ち着こうと、自分のスマホでお菓子のレシピなどを調べるなどしたのだが、頭はずっと別のことを考えていた。
……いろいろと、合点がいった。
先日の公園でのこのみちゃんのあの態度。というか、あの場にいた春羽さんの変装の理由。
『私の妹も小学生なんだよねー、なんだったら妹に連絡とってあげよっか?』
……そんなことも言ってたなあ! ――と。
(あの子があんなにも俺に対して強気だったのも……春羽さんの存在があったからか――)
教室での貴緒と
(「このみちゃんのクラスに『さとりちゃん』って子いる?」みたいな感じで情報を仕入れたりして、このみちゃんの方も俺のクラスに春羽さんがいることを知って)
割と的を射ている自信がある。
そうなると、
(自分の妹と俺が知り合いだっていうのを知ったのはあの公園の時だろうけど。あの時どんな心境だったのか……そして、今現在どのようなお考えをお持ちなのか……)
あれからみのりちゃんを追いかけたり、変質者を追いかけたりして春羽さんとまともに話すタイミングがなかったが――今日、登校すれば嫌でも顔を合わせることになる。
(コワっ……)
とりあえず、背後には気を付けよう。
「おはよう……」
誰ともなしに挨拶しながら、貴緒は恐る恐る朝の教室に足を踏み入れた。
……春羽さんは、まだいない。
「おう」
と、不意に肩を叩かれ、貴緒は思わず叫びそうになった。
「――っ、なんだよ、立希か……」
「なんだよとはなんだ」
立希はいつも先に教室にいる。トイレにでもいってきた帰りなのだろう。それにしたって背後からボディタッチは卑怯だ。殺されるかと思った。
「昨夜はお楽しみだったのか?」
「はあ……?」
周囲から変な誤解を受けそうなことを口にする幼馴染みである。
「一人だったんだろ? さとりちゃんも友達に連れ去られて、久々に家に一人。滅多にない機会だ。今後もそうそうあるものじゃない。リフレッシュするにはいい機会だったんじゃないかと」
「…………」
「それで息抜き出来たなら、まあしばらくは健全にやっていけるんじゃないか。それはそうと、例のアレ、使ったんならいいかげん寄越せよ。そういう約束だっただろ」
例のアレとは、あの検閲されたヤツか。立希にはその件は話していないが……。
というか、ひとには『つるペタ幼女』で注意するくせに、朝から何をとんでもないことを言っているのだ、この幼馴染みは。直截的でないにしても、誤解されたらどうするんだ。
「昨夜は、
ぎっくり腰の心配などをしていた。立希はどういう気持ちで観ていたのだろう。まあ、深くはたずねないでおく。
「寄越せと言われてもな、学校に持ってくる訳ないだろ……」
貴緒は自分の席に向かいつつ、周囲への警戒は怠らない。
「……あ、そうだ。お前、合鍵がどうのって言ってただろ。返すついでに今日、ウチに来たら引き渡してやらないでもない」
別に立希を家に招きたい理由もないが、今後は教室で相談するのも躊躇われるところだ。まあ、スマホでやりとり出来るし、昨日もそうした訳だが。それはそれとして、あんなものを家の外に持ち出す勇気はなかった。
「そうそう、そうだった。ん」
と、ポケットからカギを取り出し、貴緒の机の上に置く。
「なんで俺が……」
文句は言いつつも、こういうのはちゃんとしておいた方がいいだろうし、立希には最近いろいろと協力してもらっている。これくらいは引き受けても――
「え? 何それ?
「……いや、これだと破局してるじゃん」
「げっ」
春羽さん登場である。野乃木もセットだ。
(このニコニコ笑顔の裏で俺に対していったいどんな心境でいるんだ……!?)
恐ろしい。恐ろしさのあまりその顔を直視できない。
「げっ、て何? 人の顔を見るなり。この前はいろいろ相談に乗ったり、助けてあげたりしたのにさー」
「……は、ハイ。その件は大変お世話になりました」
どういうつもりでその件に立ち会っていたのか。別に『黒幕』とは関係ない部外者であろうし、他意はないのかもしれないが。それはそれとして、彼女に顔向けできない自分がいる。
「……マジで何があったし」
ぼそりとそう呟いたのは、春羽さんの前の席に座る野乃木だ。特にこちらに興味はないといった様子で鞄の中身を取り出しているが、しっかり聞き耳を立てている。
一時は彼女のことも疑ったものだが、そういう意味ではもうこの教室に敵はいないのだ。盗聴されているかもしれない自宅より安心できるはずである――
「でさー、和庭くんよー」
「……なんでしょう」
今朝もまた絡んでくる春羽さんである。冷や汗が止まらない。なにせ、あの妹を持つ姉なのだ。このままカツアゲされても素直に従ってしまいそうである。
(そういえば、血は半分しか繋がってないとかいう話だったっけ。どういう姉妹関係なんだろうか。とりあえず、このみさんのスマホを奪おうとしたことなどを知られているとすると、俺の身は危ないということだけは分かる)
どうしてこの人と席が隣同士なのだろう。いや、まあ、何事もなければ美少女と席が隣なのはそれなりに幸せなことなのだが。これはなんだ。運命の悪戯、神の嫌がらせなのか。
「またのどちゃんからお誘いですぜ」
「……ノドチャン?」
野乃木の方を見る。クール系眼鏡女子と目が合った。こちらは「ののちゃん」だったか。野乃木
「野乃木さんの、妹、ですか」
そういえば、と思い出す。こっちもこっちで、いったい何なのだろう。まるで見当がつかないのだが。
「何用で……? というか、それこそ先週、呼ばれて行ってみたら、結局本人こなかったんだけど?」
ねえ? とそれとなくごく自然に、春羽さんの顔色を窺う。
「私がいたせいかもしれませんなあ。でも今回は我々も同伴なんです。あ、真渡さんも来る?」
「?」
立希と顔を見合わせる。
「放課後、ファミレスにて――和庭くん家の今後を占うとしましょうか」
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