3 それはそれとして
――それはそうと。
「そういう訳で、俺としては君たちと仲良くしたいんだよね。これからは仲良くしていこうじゃないか」
停戦だ。和平だ。そうして『黒幕』の手先、実働部隊であるこの二人をこちら側に引き入れるのだ。そうすれば『黒幕』
「おにーさんの気持ちは分かったわ」
と、こころなしか不承不承といった表情で、みのりちゃんが席を立つ。そして
握手でもしようというのだろうか。貴緒が手を差し出そうとすると、みのりちゃんはその横を抜けようとする。貴緒はその前に立ち塞がった。
「ちょっと……!」
「出来れば仲良くしていきたいんだよ」
RPGのNPCみたいな気分になりつつ、貴緒は同じ言葉を繰り返した。みのりちゃんがムッとする。
「分かったから、どいてちょうだい」
「どこへ?」
「い、
「あんまり急かすものじゃないよ。それはそうと、今後は仲良くしてほしいんだよね」
横を抜けようとするみのりちゃんの前に移動する。
「おっと、ごめんごめん。ところで、何か焦ってる?」
「もう……!」
怒りなのかなんなのか、みのりちゃんが顔を赤くしている。今にも飛びかかって何か怒鳴りそうな感じだったが、
「……トイレ……っ」
吐き出された声は小さく、みのりちゃんは俯いて肩を震わせていた。
「仲良くするから……!」
「今後ともよろしく」
言質はとった。道をあける。直後、トイレに駆け込むみのりちゃんである。
その様子を見て若干の罪悪感に襲われるも、
(勝った……!)
と、小学生女児相手に思うのもいかがなものかという自覚はあるが、それでもやっぱり内心ではにやついてしまう。
(口の中の水分を奪うカステラに、利尿作用のあるカフェインを含んだアイスティー……! そしてこの若干肌寒い気温に食べるアイス……!)
それらの相乗効果によってトイレに行きたくなったところで、道を塞ぐ。まさに外道の所業である。まさかこうもすぐに効果が表れるとは思ってもいなかったが、今日はツイているのかもしれない。
大人げないとは思う。しかし「あの時、言ったよね?」という言質は小学生相手には有効のはずだ。
しかし、それはそれとして――本命は、みのりちゃんではない。
「おにぃさん、やってることヘンタイなんだー」
「なんとでも言うがいいさ」
今の貴緒は無敵だった。ソファに座るこのみちゃんににじり寄る。
「ところで、ものは相談なんだけど、君たちの『お姉さん』の連絡先、教えてくれない?」
こっちはあっちよりまだ話が通じるだろうと思って言ってみたのだが、
「…………」
一瞬、彼女は変な顔をした。口を拭いて、マスクを着けなおす。
(なんだ? さっきの俺のイイ感じの台詞が台無しになったことに落胆しているのかな? まあそれはそれとして、だ。『黒幕』の連絡先がほしいのはもちろんだけど――)
貴緒には一つ、懸念があった。
数日前、貴緒が風邪で寝込んでいた時。ひとのベッドに潜り込んできたこの少女――まるで貴緒を脅すかのようにスマホで写真を撮っていて、そのスマホは貴緒のものだった訳だが……。
(検閲済みとはいえ、エ口漫画が撮られた写真が俺のスマホにはなかった……。ということは、この子のスマホに何か、世間に流出するとマズいことになりかねない写真が保存されている恐れがある……! 薬で眠っているあいだにいったい何をされていたことか……!)
連絡先を聞き出すついでにスマホから写真を削除したい。次点で、させたい。そのために、貴緒は表情は笑顔をつくりつつ、心を鬼にする。
「スマホ、貸してくれないかな?」
貴緒の態度に何かを察したのか、このみちゃんの目元が再び笑みに変わる。底知れない小学生である。
「えー、知らない人にスマホ貸しちゃダメって先生に教わったからー」
「現代社会に即した教育をしてらっしゃる先生で俺も安心だよ。じゃあまあ、それはそれとして――そのスマホに何か、変な写真とか入ってないよね? あるならそれを消してほしいんだけども?」
ストレートにお願いしてみる。
「どうしよっかなー? おにぃさんの誠意は伝わったけどー、やっぱり保険って大事だと思うんだよねー?」
なんてことだ。やはり底知れない小学生である。
(保険、保険ね……。何かあった時のっていう。それがあるうちは俺がさとりちゃんに何かしないっていう……。それで信用が得られるっていうんなら、ここは――いやいや、やっぱり危険だ。ここはなんとしても、削除させないと……!)
この子は危険だ。今後このみちゃんが成長して、あの時の写真をネタにお小遣いを要求してくる、なんて展開もないとは言い切れない。健全なお付き合いを続けていくためには――
「ところで、君はトイレの方は大丈夫なのかな」
トイレに行きたければスマホを寄越せ、という話である。もちろんロックの解除も忘れさせない。
……そういえば、と貴緒は目の前の敵に意識を向けつつ、戻ってこないみのりちゃんの気配を探る。
完全にそちらへの注意を怠っていたが、トイレからはもう出たのか。さとりちゃんの様子を見にいったのだろうか。気にはなるが――
「……このままずうっと、そうして通せんぼするつもりなのー?」
……まあ、現実的に無理な話だ。さとりちゃんたちと出ていくのを止めるのはさすがに問題がある。
なので、貴緒は背後の様子に注意しつつ、声を潜めて、
「……こっちのスマホには、君のあられもない姿を写した写真があるんだ。それを消す代わりに、そっちも消すということでどうだろう」
今の貴緒は鬼である。そのため、恥も外聞も知ったことか。良心は現在不在である。
「わあ……」
それはいったい、どういう反応なのだろう。消さずに残してたんだー、とかそういうことか。ちなみに、写真はあの時ちゃんと削除したので、これは全部はったりだ。
「おにぃさん、えっち」
「な、なんとでも言え……。いいのかな? これが……みのりちゃんたちとかに見られても?」
……正直、だいぶヤケだ。脅しのネタがないのもある。勢いでどうにかしてしまいたかった。
「そうしたら、まずおにぃさんがロリコンになっちゃうけどー? ……道連れー?」
「運命を共にする覚悟――……いや、ほんと、マジで……あるなら消してくださいお願いします」
貴緒が反射的に土下座してしまったのは、このみちゃんがこれみよがしにスマホを取り出してみせたからである。しかも、写真の一覧など表示して。
「なんでもするー?」
「……なんでもします――」
「トイレ使ってもいーい?」
「どうぞ――とでも言うと思ったかぁ……!」
今の貴緒は鬼であった。ロックが解除されたスマホが出てきたのをいいことに、とっさにこのみちゃんからスマホを奪いにかかる。
「よっし――!」
「あ……!」
小学生女児からスマホをひったくることに成功した!
「安心したまえ。ほんとに写真を消すだけだから。さすがに連絡先まで覗いたりはしないから。そうそう、別に俺の方のスマホに写真とかはないから――」
「そんなこと、していいのー?」
「ん……?」
それらしい写真を探すため、サムネイルの一覧をスクロールさせつつ、涙目小学生女児の負け犬の遠吠えに耳を傾ける。
余裕ぶってはいたが割と限界だったらしい彼女に多少「悪いことしたかな」という我に返るような想いはあったが――
このみちゃんは言った。
「わたしのお姉ちゃん、
「はあ? 誰だよハルバマナミって。どこのお偉いさんですかぁ?」
ボクのパパは社長なんだぞー、みたいなノリのやつかと、うっかり聞き逃してしまった。知らない政治家のフルネームかと思ったのだ。また小生意気なことを言い始めたな、と鼻で笑ったりなどした。
「……はい?」
めちゃくちゃ知ってる人だった。
写真の中にも、見知った顔が映っていた。
『じゃあ、義理の妹のいる先輩に一つ聞きたいんだけど……、もし、妹に――』
悪いやつが近付いたら、どうする?
『殺す』
『え』
『社会的に抹殺するよねー』
走馬灯のようだった。
「な、ななな……」
「ちょっと! このみに何してるのよ!」
折り悪く、背後からそんな声。
ぎこちなく振り返った貴緒は、さとりちゃんの冷たい視線を目にすることとなった。
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