2 その友達とは和解せよ
日曜の昼下がり――
さとりちゃんの友達である二人がやってくること自体は、何も不自然なことではない。先日、貴緒が熱を出して寝込んでいる時にもやってきた。
なのでこの二人のお家訪問にはあまり良い記憶はなく、そのうえ「お泊まり」などと言われたら、貴緒が過剰に警戒するのも仕方のないことだった。
しかしそれはちょっとした杞憂で、
「今、
実際、やってきた二人は特にこれといった荷物も持っておらず、ウチに押し入るつもりはないようだと貴緒は一瞬安堵したのだが――そこで不自然さに気付く。
まず、この子たちはどうやって
そして、今日が日曜日である、ということ――
(さとりちゃんから連絡が行って知ったんだとしたら、まあ割とショックな案件なんだけども――『黒幕』が
貴緒とさとりちゃんを二人きりにさせまいと行動する、その可能性は大いにあり得る。
(それに、明日が公休日ならまだしも……一泊二日のお泊まりっていうのはアリなのか? こういうのって普通、明日も休みとかそういう時にするもんじゃ? 俺にお泊まり経験がないから断言は出来ないけど)
なんにしても、貴緒に二人を止めることは出来ない。さとりちゃんにその気があるのなら、なおさらだ。
(その気があるというか、誘われたら断らない子だよな……)
むしろ断る以前に、普通に会話をするところが想像できないのだが。
(ちゃんと話が出来ないと、信頼を得ないと、ずっとこのまま『黒幕』の意のままか……)
必ずしも『黒幕』の陰謀であるとは限らないのだが、ちょうど貴緒が行動を起こそうとしたタイミングでのこともあって、どうにも何者かの悪意を感じてならないのだった。みのりちゃんとこのみちゃんと言えば、貴緒の中ではもはや『黒幕』の手先、その差し金といった印象が強すぎるのである。
さすがに貴緒の出鼻をくじくような意図は疑うのは邪推が過ぎるだろうが――
(この家は盗聴・盗撮されているかもしれない……)
……昨日、
『ドールにカメラを仕込むくらいなら……』
『ん?』
『もっとシンプルに、盗聴器とか隠しカメラなんかをお前ん家に仕込んでそうだけどな』
『……まあ、俺がいない間に何度かウチに来てるようだけども』
『カメラといえばぬいぐるみとか、観葉植物のあいだにってのが定番だな』
『確かに、ドラマなんかでもあるな……』
『警察が犯人の立てこもる建物に突入する時とか、隣の部屋のベランダからカメラで覗いたり、天井裏から入って換気扇なんかから』
『いや、よくあるシーンだけど、さすがにそこまで専門的なのは個人じゃ無理だって……。お前が言ってるのってあれだろ、なんかロープみたいなヤツ。そこまで用意してたらもう個人じゃなくて犯罪グループだろ……』
今思うに、立希のそうした偏った知識は美聡の漫画きっかけなのだと分かる。そして、『黒幕』もその影響を少なからず受けている可能性がある、ということも。
敵をただの中学生と侮ってはいけない。相手の思考は立希に近いものであると覚悟してかかるべきだ。
『――たとえば、お前の部屋……電源タップが増えてたりしないか?』
盗聴器の定番といえば、電源タップ……その内部に仕込むことで、電池切れなどの心配なく盗聴し続けることが出来る。コンセント型盗聴器というものである。
(……増えてるんだよなぁ……)
美聡かさとりちゃんが持ち込んだもの、となんとなく納得していたが――気付けば貴緒の部屋にも、一つ。見慣れないものが刺さっていた。
果たしてあれが本当にそうなのか、実際のところは不明だ。スマホで検索すると簡単に判別できそうだと分かったので、ひとまず泳がせてはいる。下手に手を加えて訝しまれても面倒だし、ある意味、自分への戒めとしても機能するからだ。
(今のところ、俺の部屋くらいしか怪しいものは見つかってないしな。場合によっては盗聴器を通して『黒幕』とコンタクトをとれるかもしれないし……。ともあれ、だ)
さとりちゃんとの距離を縮める良い機会だとは思ったが、仕方ないが今回は諦めよう。お菓子づくりも妙案だと思ったし、なんなら一緒につくるのもアリでは、と割とわくわくしていたのだが――
(やったこともないし、うまくいくとも限らない。今日のところは練習、リサーチ期間ってことで……。チャンスならまたある。美聡さんが居ない時にやればいいんだし)
事態の好転を意識すると、だいぶ気分も前向きになってきた。
そのため、水を差されたことにも腹が立ったりしない。年上らしい大らかさを発揮する。
具体的に言うと、さとりちゃんが外泊の支度をするあいだ、貴緒は二人をリビングでおもてなしすることにした。台風が近づいているせいか気温が低めで肌寒く、今日もマスクをしているこのみちゃんを外で待たせるのも可哀想という優しさも含んでいる。
冷蔵庫で以前買ったコンビニスイーツの残りのカステラを発見し――ならばと、アイスティーを淹れる。誰が買ったのか知らないが、冷凍庫にお高めのカップアイスをちょうど二つ見つけたので、それも振る舞うことに。家族のための必要な犠牲である。
……肝心のさとりちゃん相手に何もせず、その友達にはこの対応。若干思うところがないでもなかったが――
「
などと言いつつ、みのりちゃんは目の前に差し出されたアイスに釘付けだ。小学生でも分かる有名ブランド。一方、このみちゃんの方はこの前と違って本調子のようで、目元に悪戯っぽい笑みを浮かべている。
しかし今日はこちらも調子が良い。そのうえ、場所は
(……言っても一泊だし、そこまで支度に時間はかからないはず……。あまり効果は期待できないか。まあそれはそれとして、やるなら素早く手短に、だ)
リビングのソファに座る二人に警戒されないよう、貴緒は二人から距離を置いて、玄関へと続く廊下とのあいだで仁王立ちしておく。
「ところで、お二人さん」
なるべく柔らかな口調を意識しつつ、
「先日、公園での『鬼ごっこ』の件なんだけどもね?」
特に遠慮する様子もなく出されたお菓子類に手を付けていた二人の動きが、ピタリと止まった。
「まあまあ、食べながら聞いてくれたまえ。アイスとか溶けちゃうしね。……で、それはそうとなんだけど、俺は逃げるみのりちゃんを捕まえた訳で、このみちゃんも
「……!」
「美聡さん……さとりちゃんのおばさんから話は聞いてるんだな、こっちは。もう後ろめたいことはないんだ。あとは、そっちの何かといちゃもんつけてくる『お姉さん』と話をつけるだけ。……こっちとしては? 美聡さんから連絡先を聞いてやってもいいんだけど?」
……実際のところその手が一番安易な道ではあるのだが、
「そうしたらまあ、何かとね? こっちのいろんなトラブルについても話さないといけなくなるし、そうすると『お姉さん』も困るんじゃないかと思う訳だ。という訳で、お二人さんから連絡先を聞ければ平和的に解決できるんだよね」
……正直その自信はないので、
「なんなら、二人から一言、言ってもらいたい。文句があるんなら直接言いにこいってさ」
そうして直接面と向かったからといって、話し合いで解決できるとは思えない、というのが貴緒の本音だ。『黒幕』の心を変えられるとすれば、それはさとりちゃん本人の口からハッキリと何か言ってもらうこと――
そのために、まずはその友人たちを攻める。
「……結婚の話は進んでるんだ。さとりちゃんがそれをどう思ってるかは分からない。聞こうにも、まともに話もできない。だから……なんというかだね」
多少気恥ずかしさがあって、すぐには言葉には出せなかった。
「……今後、さとりちゃんが何か悩んでるようなら、友達である君たちが力になってあげてほしい」
今日のように、お泊まりに連れ出したりして――もし、さとりちゃんがこれからの生活に慣れることが出来ず、逃げ出したくなった時――二人が居場所になってくれたら。
そういう意味でいうなら、これはそうした居場所の買収なのだろう。
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