2 問題しかない非日常
――計画はこうだ。
『これはお勧めできないが、素人が尾行するよりも確実かつ安全に目的を達成できる……可能性がなくもないアイディアだ』
『今朝もちょっと尾行してたんだが、正直かなりキツかった。いつ振り返ってこっちに気付くかと気が気でなかった……』
『……何をしれっとトンデモ発言してるんだ?』
『後をつける以外の方法があるなら、とりあえずなんでも聞きたい』
『……しかし見つかると、お前の社会的立場がかなり危うくなる』
『……聞くだけ聞きたい』
『聞いたらお前、絶対やるだろ』
『…………』
――
(俺のスマホを
GPSを使ってその位置情報を探り、美聡の『仕事場』を突き止める――
『……お前さ、どこからそんなアイディア出てくんの?』
『漫画で読んだ』
『…………』
昨日はその後、
家を出る前、美聡がハンドバッグをテーブルに置いたまま洗面所に入っている隙に、その中に自分のスマホを入れて――バスに乗っているあいだそれが気付かれないかと気が気でない時間を過ごした。
そしてバスを下車したのち、公衆電話で立希に連絡をとり、合流。現在は立希のスマホを使って貴緒のスマホの現在地を追っているところだ。つまり、美聡の居所を探っているのである。
ちなみに、どこかで落とした自分のスマホを探している、という体である。
「今日、午後からizmnの配信あるんだけど」
「どうせアーカイブ残るだろ……」
「重大発表とか、生で観たいやつ」
「お前さ、幼馴染みの人生と顔も知らない配信者の重大発表、どっちが大事――……いや、いいや。きいた俺が馬鹿だった」
「言うけどな、お前、自分がやってる行為がどういう意味を持つのか、ちゃんと自覚してるんだろうな」
「……してるって」
かくいう立希も後ろ暗いことをしている自覚があるから、こうも再三ひとのことをつっつくのだろう。
「見つかったらお前、美聡さんに気味悪がられるぞ。気持ち悪いヤツだぞ。結婚の話もナシになるかもしれない。それこそ人生オワコンだぞ」
「だから、人生かかってるって言っただろ。別に……あっちだって、俺のこと監視してた訳なんだから」
自分で言っていてなんだが、正直あの人形からカメラが出てきた件については、別の可能性も疑っている。だからこれは、自分を正当化しようという言い訳である。
「……別に、あれだよ。『仕事場』を突き止めて……どういう仕事をしてるのかだけでも分かれば……。美聡さんにバレなければ、問題ないだろ……」
「……まあ、このプランのいいところはそこだ。スマホが偶然バッグに入っただけ、そのスマホを探していただけ、という言い逃れが出来る点だ」
「その言い訳がかなり苦しいんだけどな。どういう状況だよ、他人のバッグにスマホが入るなんて。俺、バスにいるあいだずっと緊張しっぱなしだったんだが? もうほとんど万引きしてるような気分だった」
「貴重な体験じゃん、非日常」
「他人事だと思って……」
先を行く立希の後を追いながら、貴緒はほとんど足を運んだことがない市街地をきょろきょろと見回していた。美聡が近くにいないのは分かっているのだが、どこかでこちらを見ていたらどうしよう、そんな不安が消えないのである。
「そんなに不安なら、変装でもしてくればよかっただろ」
「あくまで失くしたスマホを探してるって体なんだから、変装してたらおかしいだろ……。というか、家出るのに変装してるのもあれだろ。あとから着替えるなりするとしても、荷物が出るし……」
いろいろと、シミュレーションしてはいるのだ。
「……もし、夜のお仕事系だったらどうする?」
「はあ? GPSは……そういうお店のある方には行ってないんだろ? そういうお店がどこにあるのか知らんけど」
「ギリギリ、だな。この辺の地理は詳しくないが、繁華街の外れ辺りになるかも。いかにも仕事場っぽい区画。……でもお前、最悪だと思う可能性から目を背けるのはどうかと思うぞ。もしそうだった場合についてもちゃんと検討しろよ」
「……最悪の可能性なんて、一晩中考えてたわ。むしろ最悪がどんどん更新されたわ。お陰で昨日はほとんど寝た気がしない」
全力疾走ばかりしていて身体はだるかったというのに、頭は今日のことばかり考えて、ずっと冴えていた。不幸中の幸いといえば、昨夜はさとりちゃんが同じベッドではなく敷き布団の方で寝ていたことで、その気配を意識するのもほとんどなかったという点くらい。
「そういえば、」
と、立希が空気を変えようとするように、
「
「? いつの話だよ? そりゃ、妹と会う予定になってたし、世の中のお姉ちゃんは警戒もするだろ……結局会えなかったけど」
「いつかって言えば、その妹と会うって話が出る前。妹に会わせていいか、どういう人間か知りたかったんじゃないの」
「……なんて答えたんですかね」
「今は年上の成人女性か小学生の妹候補のことで頭がいっぱい、だって言っておいた」
「語弊しかないな。それとなんだよ、年上の成人女性って。頭痛が痛いみたいになってるぞ」
「色気が増すだろ、年上の成人女性」
「……まあ」
言わんとしていることは、分からなくもなかった。
「つまり、中学生は範囲外って」
「おい」
「お前、最近モテ期なのか?」
「……そういう自覚はないが?」
「
「……候補に疑問しかないな……」
正直、謎である。『黒幕』の手がかりがつかめた今、野乃木の妹が自分に興味を持っている理由がまるで分からない。女の子に好意をもたれている、と素直に受け取れるほど、今の貴緒は純粋じゃない。今もって疑心暗鬼の塊である。
「ラブコメしてるよな。今に刺されるんじゃないか」
「変なフラグを立てるな……というか刺されたらコメディじゃないだろ」
「ん」
と、立希が足を止めた。貴緒は思わず背筋を正す。
「……ついた?」
「この辺だな」
たどり着いたのは、住宅街と繁華街の狭間といった雰囲気の場所だ。通り一つ向こうには大通りがあり、人も車もそれなりに行きかっている。見回せば、マンションや何かの事務所が入ったビル、製作所と書かれた看板を掲げる建物など――なるほど、『仕事場』がありそうな一帯である。
「……もうちょっと絞り込めん?」
この近くに美聡がいる――どこかの建物の中から見られているのではないかと、今度は肩をすぼめて委縮した。
「たぶん……あのマンションじゃないか?」
横から立希の持つスマホの画面を覗き込んでから、その指さす先に目を向ける。
「……マンションが? これ、逆じゃないか? こっちのビルとか……」
「いや、こっちだ。さすがにどの部屋かまでは分からんが……とりあえず、郵便受けとか見てみるか。表札があるかも」
「お、なるほど」
「まあ、ストーカーとか、迷惑行為対策に名前のっけてない可能性もあるが」
とりあえず、問題のマンションに近付く。ごく普通の、四階建てのマンションだ。他に言いようがない。貴緒の住むマンションよりは小さいだろうか。ここからは通路が見える。各階、四部屋くらいか。扉が並んでいる。近づくと、階段の前に郵便受けが並んでおり、そこに名前があった。
「……あ」
――『
「これ、なんて読むんだ」
「いずみ」
「……ふうん。404。not-foundだ」
「なんて?」
立希が何か言っていたが、貴緒の頭は様々な可能性を検討していてその声はほとんど耳に入っていなかった。
(マンション? 仕事場? ……マンション?)
ぐるぐる、ぐるぐる。とりあえず、確かなのは『居曇』という人物がこのマンションの四階に部屋を持っている、ということ。
「……マジか。……え? どういうこと?」
「ここが『仕事場』なんじゃないのか?」
「いや、だって……」
「……とりあえず、移動するぞ。下手にうろうろしていて本人に見つかるのもマズいだろ」
「あ、ああ……」
若い男性が近づいてきた。不審な二人組にちらりと目を向けつつも、自然な足取りで階段をのぼっていった。
立希に手を引かれる格好で移動する。後ろめたい活動中なので、変に人目を集めて不審がられるのは避けたいところである。
マンションから距離をとって、町工場らしき建物の近くにある自販機の横に落ち着く。顔を伏せるようにしながらマンションの方を窺いつつ、
「いや、マンションってさ、住むところじゃん? それならアパートが浸水してもさ、」
「言いたいことは分かるから、とりあえず冷静になれ。……『仕事場』って話だろ。事務所とか、そういうもんかもしれない」
「……事務所ってなんだよ」
「会計士とか……、なんかそういうやつ。在宅で出来る仕事のだよ。そういう事務所として登録してるところに住むのは違法、みたいな話を漫画で読んだ」
「お前の漫画知識すごいな……。そっか、違法か、それなら住めないな……」
「他にも……マンションの部屋借りてそこを仕事場に出来る、個人の仕事とか――探せばいろいろあるんじゃないか。隠れ家的な飲食店とか」
「隠れ家的な……違法の――違法カジノ?」
「なんでそうなる」
「ドラマであったんだよ。違法カジノとか、部屋借りて違法薬物の葉っぱ育ててるとか――」
などといろいろ考えつつ、なんとなくマンションの方に目を向けていると――先ほどの男性が通路を歩いているのが見えた。四階だ。
「……な、なあ、404号室ってさ、たぶん端だよな……?」
「たぶんな。向かって右端とかじゃないか? ……404って、不吉な数字っていうよな。病院にはそういう部屋番号ないっていうけど、実際どうなんだろうな」
「知るかよ、入院してた時に調べてなかったのかよ。それより、あれ見ろって」
「叩くな、見えてる。さっきの人だな。ここの住人なんだろ」
言いつつ、立希はスマホのカメラをそちらに向けた。ズームにして例の男性なり部屋番号なりを確認しようというのだろうが、さすがに距離が遠すぎる。画像も粗い。
「……ドア開けた! 入る!」
「実況するな」
「あそこが美聡さんの『仕事場』だとしたら……今の人は――」
様々な想像が駆け巡る――
「そ、そういうお客さんってこと……!?」
「どういう客だよ」
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