4 彼女はおやつに含まれますか?




 そうして、放課後――貴緒たかおとしては早速、みのりちゃんの待っているであろう公園に行きたかったのだが――


「告白されちゃうかもねー? うまくいけばちょうど都合のいい彼女役ゲット出来ますよ」


「いやー……普通、もっとひと気のないところでしない? そして仮に相手がそういうつもりなら、春羽はるばさん邪魔では?」


和庭わばくんの好きな、都合のいい彼女」


「言い方、悪意ある。俺のことが好きな、ですよね? 日本語を学んできてほしい」


 現在、貴緒は春羽さんと二人、高等部側の校門の前に立っている。下校する生徒たちを眺めながら、待ち人の姿を捜している。


(はあ……どうしてこうなった)


 というのも、ついさっき――帰り際のことだ。

 春羽さんの友人・野乃木ののきからこんな話があったのである。


『あたしの妹が、和庭に会いたいって』


 野乃木の妹・のどかは、中等部に通う二年生らしいのだが、貴緒にはまるで面識がない。

 にもかかわらず、その子は少し前から貴緒のことを気にしていて、それを姉の野乃木に相談、それを聞いた春羽が貴緒を観察していたらしい。最近春羽が何かとちょっかいをかけてきていたのもそれが理由のようだ。


(中等部の子――このタイミングだし、向こうが会いたいっていうなら会ってみようじゃないか)


 ……とまあ心の中では強気だが、実際知らない中学生と一対一で会うとなると多少の勇気がいる。その点では春羽が付き合ってくれるのは大変助かっているのだが、


「ところで、その……のどかさん? 俺にいったい何の用があるんだと思う?」


「おや、告白という線はまるで無視ですか。中学生はアウトオブ眼中、と。お断りするなら私が彼女役をしてあげましょう。その場合、友人との今後の関係に責任もってくださいね」


「というか俺、さっきも言ったけど、その子のことなんも知らんし……」


「でも、のどちゃんは前から和庭くんのこと気になってたみたいだよ? かくいう私がこうして同伴してるのも、その調査の一環なのだ。ののちゃん部活だしね」


「そちらは依頼料おこづかいもらってるんですか」


「こちらは趣味でやっております。暇なので」


 何か予定が入ったらすぐ「ごめーん、放課後の話、やっぱりナシで」と平気で言ってすぐ友達と遊びに出かける春羽さんが容易にイメージできた。


 それにしても、野乃木の妹――結局なんだかんだで詳しく聞けてないのだが、貴緒は彼女について何も知らない。しかし、だからこそ、貴緒が今最も関心を寄せる理由になる。


(俺の考える通りなら……野乃木妹は、さとりちゃんに関係ある人物――最悪、全ての元凶かもしれない)


 知らない後輩に好意を持たれていたと浮かれるよりは、近況を鑑みるに、知らぬ間に恨みを買っていたと考える方が自然だろう。


 エロ漫画、パンツ、そして今朝の事件……それらを裏で指示していたと思しき、謎の中学生――野乃木の妹は、その筆頭候補だ。


 そして、もし彼女が、先日の公園での一件……あの小学生たちと通じているとしたら? 謎のお巡りさんとも関わっているとすれば?


 その目的は――


(俺の評価を落とすこと――俺の家庭に不和をもたらすこと。そうして……結婚を、阻止すること)


 そんなことを考える人物がいるとすれば、それは。


(さとりちゃんの『お姉ちゃん』――)


 母親である美聡みさとの再婚を阻止しようとしているのではないか。


 ……しかし、野乃木の妹が『お姉ちゃん』? そうなると、野乃木もまた『お姉ちゃん』ということになる。


 三姉妹?


 というか、美聡は高校生の娘がいるような年齢だろうか?


(考えるにはまだ情報が足りない――というか、複雑すぎる。俺にこういうのは向いてない……)


 なので、


「野乃木……さん、て」


「んー?」


「……どんな人?」


 今朝、似たような質問をして失敗した記憶が脳裏をよぎる。でも、今回は別に、不自然な会話にはならないだろう。だって、こちらは彼女について何も知らない。たずねるのは当然の反応のはず。


「どんな人っていうと……地味? 根暗? 陰険!」


「……友達、ですよね?」


「なんでも言い合える仲なのです。幼馴染み的な? 和庭くんと真渡まとさんみたいな」


「さすがに言いすぎでは……?」


「マブですよ」


「そういうことではなく」


 野乃木は確かに、春羽と比べれば目立たない方だろう。春羽も別に派手という訳ではないが、二人並んでいれば誰もが春羽の方を意識するのではないか。根暗で陰険かは大して親しくないので分からないが、そういえばこの前しれっと暴言を吐かれた気がする。


「んー、他にはー……ののちゃんは親が離婚しててー、」


「はい?」


「お父さんが海外に行ってるから、妹ちゃんともども学生寮暮らしでー」


「え」


 ドンピシャじゃん。……え? そんな相手のすぐ近くで立希に相談してしまったのか?


「趣味は読書とか映画とか、インドア派で――というか、妹ちゃんではなくののちゃんの方を狙ってる感じ?」


「狙われてるような気がしています――」


 なんなら春羽もグルかもしれない、遊び半分で人を陥れそうだ、と身構えたところで、


(あれ――)


 高等部の制服を着た生徒たちの中に混じって、一瞬、中等部の制服を見かけた。目深に被ったキャスケットで顔は見えない。スカートの裾を翻し、こちらに背を向けて去っていく。長いツインテールが人混みに紛れる。


「今のじゃないの?」


「んー?」


 気付けば、その姿は見えなくなっていた。肝心な時にスマホに目を落としていた春羽さんである。ともあれ、中等部の生徒がいるということは、授業などはもう終わっているのだろう。


「のどちゃん来ないねー。ドタキャン? それとも……『ほんとに来たよあいつー』ってどっかで和庭くんのこと笑ってる?」


「そんな子なん……? というか――」


 校門前、中等部の生徒――このシチュエーション、何か覚えがないか?


「……来ないんなら公園行ってもいいっすかね? そうこうしてるあいだに本命に逃げられても困るんですけど」


 黒幕かもしれない中学生のことも気にはなるが、みのりちゃんを問いただせばそれも分かるだろう――


「え、本命って小学生が? 和庭くんって、」


「やめろやめろ」




 公園というと嫌な思い出しかないが、待ち合わせるのに適当な場所といえばそこくらいしか思いつかなかった。家に呼ぶよりも、人の目がある場所の方がみのりちゃんもやってくるだろうという判断だ。


「これでオッケー」


「いや全然オッケーじゃないんですが?」


 そちらへ向かう道中、春羽の要求でコンビニに立ち寄った。同伴料としてアイスを奢らされた。それくらいならまだ必要経費だと諦めがつくのだが、彼女の要求はそれだけでは済まず、


「そんな格好してたら怪しまれるじゃん……。逆効果なんですけど」


 今の春羽は帽子にサングラス、マスクまでしている。コンビニで揃えたのだ。いろいろ売っているものである。もちろん、料金は貴緒もちだ。長い髪を束ねて一つにしているのもあって、知人でもパッと見では彼女だとは気付かないかもしれない。


「だってー、和庭くんと一緒にいるところクラスの誰かとかに見られたら、誤解されちゃうでしょ?」


「されますかね……?」


 少なくとも、警察官は誤解しそうだ。貴緒もマスクをしているし、不審者コンビの誕生である。和庭春羽わばはるば。語呂がいい。


「少なくともー……私と出歩いてた和庭くんが、今後ののちゃんと付き合うことになったら……ね?」


「はい?」


 コンビニの外、通行の邪魔にならない隅っこで、春羽さんはカップのアイスのフタを開けながら、


「ののちゃんは妹がーって言ってるけど、実は本人が好きでした、ってよくあるパターンのやつ、でしょ?」


「そういう見方も出来るのか……」


 正直、ピンとこないが。好かれている自覚もない。それに、今は恋愛に対してこれといった関心が湧かなかった。


「春ですねー」


 君の頭の中がね、とは思ったが口にしないでおく。代わりに、一緒に買ったコーラを飲んで一息。早く公園に向かいたいところだが、春羽さんのおやつタイムが終わるのを待つことにした。


「それならさ、なんで同伴を申し出たので? それこそ誤解されるのでは?」


 会話がないのも気まずいので、なんとなく思ったことをたずねる。


「私の親ねー、離婚してるんだー」


「へ?」


 急にどうした、脈絡もなく。というか、やはりこっちが『お姉ちゃん』かと貴緒は警戒する。


「といっても、私が物心つく前の話で。今は両親共に健在なんだけど……私はつい最近になって、自分の母親が血の繋がってない赤の他人だと知ったのです」


「お、おう……そうですか」


 殴られたような心地になる。気軽に重い話をぶちこんでくる。


「妹がいるって言ったけど、半分しか血が繋がってないんですねー。つまり、私は和庭くんにとって、義理の妹がいる先輩になるんですよ。まあそれもこれも、和庭くんのお父さんが再婚したらの話ですが」


「な、なるほど……?」


「だからまあ、ちょっとね?」


 気になって、気遣ってあげようという気になったのだろうか。


「赤の他人とは言ったけど、まあ母親は母親です。血が繋がってないと分かったって、別に関係は変わりません。最初はちょっと戸惑ったけどね。……それに、家族というものは、始まりは他人同士。他人の男女が結婚して、夫婦になってる訳ですし。だからぁ、なんていうか……一緒に暮らしてみれば、案外どうにかなるかもですよ」


 どうにか、なるだろうか。


「聞いてた感じ、悪い人ではなさそうだし? 和庭くんが余計なことしなければ、まあ……やってけるんじゃない?」


「あぁ、めっちゃ人の話聞いてましたね……。確かに、悪い人では、ないんだけど」


 だからこそ、隠し事をしていることが引っかかるのだ。


「まずはお友達から、ですよ。別に、無理に『お母さん』だと思わなくてもいいだろうし」


「…………」


「おやつ代くらいの相談には乗りますよ、と」


 そう言って、改めてマスクを着けなおす春羽さんである。

 いつの間にかアイスを食べ終えていて、空になった容器をゴミ箱に捨てに行く。


 もしかして……。


(その変装は照れ隠しなの?)


 常に悪だくみをしている危ない感じの遊び人、なんて失礼なイメージを抱いていたのだが――


「春羽さんって、もしかして……いい人?」


「……どゆこと? 和庭くんにとってのいい人かっていうことなら、どうでしょうねー?」


「?」


 ちょっと何言ってるのか分からなかったが、


「じゃあ、義理の妹のいる先輩に一つ聞きたいんだけど……、もし、妹に――なんか、悪いことしようとしていると、思われる……悪い虫……変質者……ロリコン、的な……そういうヤツが近づいたら……どうする?」


 絞り出すように問いを口にすると、


「殺す」


「え」


「社会的に抹殺するよねー」


 背中を刺された。それくらいゾッとした。声がマジだった。世の中のお姉ちゃんって、みんなこうなのだろうか……。


(もし、さとりちゃんにお姉ちゃんがいるのなら……そういう風に、俺のことを見てるんだろうか……)


 だとするなら、最近身の回りで起こっていることにも説明がつくのかもしれない。


 相手は、こちらを殺す気だ――社会的に。


(……俺は、ロリコンではない、けど……)


 しかし、相手は間違いなくそう思っている――さとりちゃんに近づけてはならない、と。


 面識もないのになぜそんな風に敵視しているのか……皆目見当もつかない。これまでの人生で小学生と関わった覚えはない。あっても立希りつきの弟くらいのもので、それでロリコンだと思われるなんて心外だ。


(……それとも、俺がロリコンかどうかなんて関係なくて、とにもかくにも結婚させたくないだけなのか――)


 そのために自分を狙っただけなのか――


 なんにしても、みのりちゃんに話を聞ければ掴めることがあるかもしれない。


 このみちゃんはともかく、あの子は間違いなく自分を敵視していたのだから――何か、相応の理由があるはずだ。



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