3 おかしいふたり
「悪いことは出来ないもんだねぇ……」
あっちで話そうか、と――二人に連れられ教室を離れ、廊下の隅に移動する。
その間、
(な、なんで落ち着いてるんだこいつら……。認めるのか? 本当にお前らが?)
話し声が周囲から聞こえないだろう場所まで来ると、こちらを振り返った二人は両手を挙げた。万歳、かもしれないし、お手上げのポーズかもしれない。前者ならどっきり大成功だろうが、後者ならこれから命乞いでも始めるつもりか。
「まず、一から事情を説明させてくれるかい?」
「……認めるって、ことだな?」
「あぁ……オレたちがやった……」
「でも、これには理由があるんだ――。僕たちは寮では相部屋なんだが、その部屋のドアにある日、袋がかかっていたんだ。中にはエ口本と、一通のメモ」
「え……? ぱ、パンティーじゃなく?」
「パンティー」
ぷーくすくすと笑う二人をド突きたくなったが、無言で睨んで先を促す。
「この本を君に渡すようにってね。なぜ僕たちだったのか? それは分からない。単純にクラスメイトだったからかもしれないし、僕たちと君が親しい仲だと知っていたのかもしれない。ただ、エ口本を見て察することは出来た。同じクラスだからね、君の親の再婚話は僕らの耳にも入っていた。これは君への嫌がらせか、あるいは……青春の滾りを抑えるために、誰かが気遣ったのだろう、と」
「……そういう解釈もあるのか……」
結果としてだいぶ心を弄ばれてしまったが、それに救いを求めたのは事実だったので納得のいく話だ。
「エ口本を渡すくらいならお安い御用――いやまあちょっと惜しい気もしたけど――とにかく、オレたちはそう思っていたんだ……ちょっと面白そうだと――それも、昨日までの話だ」
「そう、昨日の朝……また、袋がぶら下がっていた。中身は知っての通り。しかし、メモにはこうあった――これを君の机やロッカーに置け、さもなければ僕たちの秘密をバラす、と……。僕たちは脅されていたんだ!」
「仕方なかったんだぜ……! 実際、迷った。昨日は思いとどまった。そうしたら幸か不幸か、お前は登校してこなかった……。でも、あの手紙を無視したままで大丈夫なのか? オレたちは不安だった……」
「それで、今朝、誰よりも早く教室を訪れた……。でもせめて、君が言い逃れ出来るようにと、机の上にぶちまけたんだボーイ……。実際君は見事に無実を証明してみせた……良かったよ。僕たちも後ろめたかったんだ……」
「…………」
告白が衝撃的すぎて、しばらく言葉を失ってしまった。ただ、交互にリズミカルに話すものだから、割とすんなり頭に入ってくる。
「秘密って……なんだ?」
「……あぁ、この際だから白状するよ。それが誠意ってもんだ。……さっき春羽さんが言ってただろ、ゴールデンウイークの……。あれ、オレたちなんだ……」
「え――やっぱり下着ドロ……」
「それは違う! 僕たちはただ……肝試しのつもりだったんだ……」
「そう、ゴールデンウイークにもかかわらず実家に帰らなかったのは、まだ学校にいた方が面白いことが……具体的には女子との出会いとかあるかなって……。でも、なんにもないまま時が過ぎ……せめて、女子寮とか行ってみない? というノリで。オレたち以外にも、残っていた数人で……」
「しかし同じ高等部の女子寮はリスクがある……。顔を知られているからね。だから、中等部に……。君は知らないだろうが、実は高等部と中等部の学生寮は、食堂を通して繋がってるんだ。カギがかかっていないこともある。だからやろうと思えばアクセス可能なんだ……」
「それで、誰かに見つかって、不審者騒ぎになった、と」
「そう……。僕たちにはそういう前科がある。おまけにその後、例の下着泥棒の騒ぎがあったもんだから……もしこの秘密が知られれば、疑われるのは間違いなく僕たちだ」
「だから……従うしかなかったんだよ……。決して、
「いや、この場合、狙われてるのは俺だと思うけど――」
ともあれ、二人を利用し、同時に貴緒をも罠にハメようとする何者かがいることは分かった。それならなるほど、ピンポイントな内容の漫画だったことも頷ける。たまたま二人がそういう性癖だったと考えるよりは、事前に用意されていたという方がより現実的だ。
なんなら、下着泥棒事件だって、その何者かによる自演である可能性も出てきた。不審者騒ぎに便乗したのかもしれない。
「犯人に心当たりとかないのか? 一緒に肝試しにいったメンバーとか……」
「分からない。ただ、一つ言えるのは、寮の不審者騒ぎは寮生かその関係者しか知らないはず……。今日のことがあったから教室でも話題にのぼったけど、それまでは君も知らなかっただろう? 学生寮で注意はあったけど、ホームルームなんかでは何も言われていない。だから、僕らを脅してるヤツは……」
二人の話が真実なら、一つ、推測できることがある。同じパンツ繋がりだ、きっとあのプレゼントの送り主も同一人物だろう。そしてそいつは――
(中等部にいる――中学生……!)
高等部の寮から中等部に行けるなら、その逆も可能のはずだ。
「しかし実際のところ、噂はどこにでも広がる。誰が知っていてもおかしくないし、オレたちが不審者だったっていうのも、案外あてずっぽうかもしれない……。何せ、今や下着ドロの件で学生寮の男子全員が疑われてる。お前の秘密を知っている、そう言われればちょっと後ろめたいことがあるヤツは誰だって言うことを聞くさ……。容疑者は
「後ろめたいこと、か……そうだな、うん……」
「まあ、それでも、寮生である可能性は高いね……。だって、僕らの部屋の前にあんなものを置けるんだ。部外者には難しい」
「そうか、なるほどな。助かった――って、俺が言うのもなんだけど」
進展があったのは確かだ。その進む先がどこに繋がっていて、この道がそもそもなんなのかは分からないが……。
「ところで、俺の机の上のあれなんだが? 教室に持ち込んだっていうことは、袋か何かに入れてきたんだろ? 回収してくんない?」
「え? 回収して僕らにどうしろと? 棄てるのはもったいない、日本人の精神に反する! けどあんなものを持ってたら、それこそ僕らが下着泥棒にされてしまうじゃないか!」
「いや、なんか落とし物コーナーとかに持って行けば?」
「あれは全部お前宛てなんだから、和庭が責任もって処理してくれよ! 案外、嫌がらせとかじゃなくて、すんごい特殊性癖な女子からプレゼントかもしれないぜ!?」
「えー」
言い合っていても埒が明かない。こういう時、物事を決定するのに相応しい方法がある。
「じゃーんけん――」
一仕事終えて、貴緒は教室に戻ってきた。
ご飯を前にした子犬みたいな女子高生が視線で何かを訴えてくるが、そちらには構わず、貴緒は本来なら今朝の内に済ませておきたかった用件を先に片付けることにした。
「
「どっちだよ。まあ話がついたんなら良かったな」
そんな一応の報告で、傍で聞いていた
……時間がない。もうすぐホームルームだ。幼馴染みに相談したいことが山ほどある。
「まず……例の件、どうなってる?」
「……は?」
「ほら、
「ん、あぁ……まあ、なんとかなるだろ。一応、接触はしたみたいだし。というか、私を通してじゃなく直接連絡しろよ」
「一応、保護者の確認をとっておこうと思って」
とりあえず、これで放課後、みのりちゃんに会えそうだ。それがはっきりしただけでも一息つける。――そうだ、みのりちゃんだけを呼び出せるように頼んでおこう。あの二人はだいたいセットで現れる。このみちゃんという子を引き離すよう追加注文していると、
「ね、例の件って? らいしって?」
「頼志は私の弟。小学生。こいつが、弟と同じ小学校にいる女児に会いたいんだと」
「へーえ」
立希が部外者に説明するとは珍しい。クラスの女子と話しているところすらあまり見たことがないのだ。貴緒が席を離れているあいだに相当しつこく質問攻めにされたのだろうか。こころなしか、辟易とした様子だった。
「私の妹も小学生なんだよねー、なんだったら妹に連絡とってあげよっか?」
「いや、大丈夫です……。見つかったんで……。それはそれとして――じゃあこれ、頼志に渡しといて」
「は……?」
立希が、信じられないものを見た、という表情になる。どうしたのだろう。
「何、それ。お前、人の弟に何あげようとしてんだよ……」
「依頼料だが?」
そう、人捜しの依頼料だ。貴緒には出来ないこと――リスクのあることを、代わりにやってもらったのだ。その依頼料を払うのは当然ではないか? 本来ならこれは先に払うものだが、事情が事情だった。もちろん、これとは別に成功報酬も渡すつもりだ。
「仕事を頼んだら料金を払う。等価交換だろ?」
「は……?」
「いいか? 立希よ。お金っていうのは信頼の証なんだ。頼志は俺の期待に応えてくれた。だったら、相応の礼をしなくちゃならない。俺の代わりに危険を冒してもらったんだからな。これで貸し借りなしだ。……なるべく小学生に貸しはつくりたくない……」
「……私の幼馴染みはこんなに常識に問題があったのか……? それとも、熱で頭がやられて……?」
「お前は小学生がどれだけ恐ろしいのか知らないんだよ……」
「前にも思ったけどな……お前、お金の使い方おかしいぞ。金銭感覚狂ってる」
「まるで俺がバブリーみたいな……。君の常識を押し付けないでもらえますか? それと、前って、もしかしてお菓子の件か? あれは必要経費だろ。今回だってそうだ……」
和庭家には、お小遣いという制度がない。代わりに、貴緒は孝広に家計の一切を任されている。何か欲しいものがあれば、そこから自由に使っていい。貴緒が無駄遣いをしないと分かっているからこそである。
貴緒は毎月そこから少額のお小遣いを得ているが、使い道はほとんど昼食代や貯金に回されている。前回のお菓子も、今回の依頼料も、そのお小遣い分からの捻出だが、家族の将来を考えてのことなので使い道としては間違っていないはずだ。
「まあいいや、今度直接渡すから」
「よくはない」
「それよりさ、放課後付き合ってくれよ。やっぱり俺一人より、他に誰か……出来れば女子がいてくれた方が助かる」
「…………」
何か、物言いたげな顔をしている幼馴染み。なんだろう。何に付き合うかは話の流れから察することが出来るだろうに。
「んっふっふっふー」
……こっちもなんだろう、定年間近のベテラン刑事みたいな笑い方をして。連続殺人鬼の証拠でも掴んだか。
「はいはーい」
と、にらめっこをしている傍から甘ったるい声が上がる。春羽さんだ。なんだか、さっきから気味が悪い。貴緒は正直、彼女が苦手だ。
「私、立候補しまーす」
「ていうと……放課後?」
なるほど……何を考えているかは分からないが、彼女なら小学生の警戒を解くのにうってつけかもしれない。話しているとリア充扱いされそうなくらい、春羽さんは客観的に見て、可愛い。清楚な大人の女子といったイメージだ。
(この前……さとりちゃん相手になんの役にも立たなかった立希よりは頼もしい、か……? 小学生の妹がいるっていうし――こういう美人と一緒なら、俺のロリコン疑惑も解消できるかも……)
ちょっと不安なのは、彼女がニコニコしながら片手をこちらに差し出していること。手のひらを上にして、さながら「お手」とでも言いたげに。嫌な記憶がフラッシュバックする。会話の流れのせいか、あの小学生を思い出す。やっぱり、苦手なタイプだ。彼女のその様子に、前の席に座る野乃木が「春羽さぁ……」と呆れた声を上げている。
不意に、背筋に寒気が走った。
(小学生の妹がいる――お姉ちゃん――いや、まさか、な……。疑わしい人物の代表みたいな人だけど……)
それにしてもめちゃくちゃニコニコしているのだが、何か嬉しいことでもあったのだろうか――
「
「え、お金とるの!?」
……確かに、そういう話の流れだったけども。
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