8 ロリコン/疑惑、浮上
「――仮に、今時の中学生のあいだでは、好きな男子に自分の下着を贈るおまじないみたいなものがあるとして」
一ミリも頷けない可能性だが、もうそれでいい。
お巡りさんが告げる。
「――とりあえず、保護者を呼びましょう。そうすれば全て解決するわ」
「そ、それは……」
お巡りさんの言葉に、さっきからのテンションの乱高下で疲弊していた貴緒はすぐには反応できなかった。
確かに、
「そ、それだけはどうかご勘弁を……」
だって、手錠に繋がれてるんだぜ? 百歩譲って親父ならまだしも、説明が難しいような特殊な他人である美聡さんにこれ見られるんだぜ……? エ口本にパンツですよ?
(自殺案件なのだが……?)
もしくは、一生引きこもる。
(というか、こんな変態息子のいる男と結婚なんてありえない! とかなったら俺はどうすればいい……? それならまだしも、親父に絶縁とかされたら……?)
最悪の想像が次々と浮かんでは流れていく。額の汗も流れていく。時間だけが無情に過ぎ去る。
「お巡りさん、ここにスマホがあるよー」
要らぬ提案をする女の子に気が狂いそうになったが、よく考えてみれば、そのスマホに美聡の連絡先は入っていない。
(ひとまず命拾い……)
――などと思ったところで、どこかでスマホのバイブ音。
「お巡りさん、居曇さんのおばさんから電話みたい!」
「!?」
「きっとお姉さんが連絡したのね!」
見れば、さとりちゃんが自身のスマホを手にしている。
(よりにもよってなぜ今この時に……!? 帰りがいつもより遅いから!? くそう、そこに気付くとは良い母親ですね……!)
情緒が不安定のあまり、もうどうにでもなれという気持ちで今一度天に全てを委ねた。土下座して地面に頭をこすりつけようとした。祈るように。しかし手錠のせいで地面は遠い。これが罪か。これが罰か。天に許しを請うことすらままならないなんて。
(俺は罪人だ……成人向けの本を読んでしまった罪――)
……ずっと、後ろめたいものがあった。だから直視できなかった。
昨夜の過ち――いや別に完全に未遂で一切合切何もしていないんですが――
さとりちゃんのスマホにかかってきた着信に、お巡りさんが出る。咳払い。それから、状況を伝えた。警察、と聞いた時――スピーカーになっていたスマホから聞こえた美聡の声はひどく動揺していた。それも当然だろう。良い母親の反応だ。そこから先は耳を塞ぎたかった。手錠が邪魔をした。大人しく、裁きを待つ。安堵とも呆れともつかない声がした。
そして――
美聡がやってくるのを見るやいなや入れ替わるようにお巡りさんは立ち去り、美聡に促されて小学生ふたりは帰っていった。
気まずい沈黙を引き連れて、三人は帰路に就く。
並んで歩く美聡とさとりちゃんから少し遅れて、貴緒は重い足を引きずるようにしながら自宅を目指す。
――俺は、ロリコンなんだろうか?
曖昧だった後ろめたさに、はっきりとした輪郭がついた。自分はロリコンなのかもしれない……。断じてそんなつもりはないが、頻繁にロリコンロリコン言われたせいでなんだか自分までそんな気がしている。
いっそロリコンだと裁かれてしまえば――しかし断罪による解放は得られないまま、曖昧な決着がついてしまった。
おかげで、自分への不信感と、「周りは俺のことをロリコンだと思っている……」という嫌な評価を自覚してしまった。
(さとりちゃんの友達の反応……俺をロリコンだと決めつけてた。絶対、昨夜のことが原因だよな……。さとりちゃんが話したのか? でもベッドに入ってきたのはあっちで……まあその後は俺が悪いんだけども)
本当に、どうかしていた。そう割り切り、切り捨てたいのだが、どうにもあのとき覚えた感情を無視できない。忘れ去ろうにも自分の中できちんと処理しきれないのだ。
それが、自身のロリコン疑惑を強く否定できない、後ろめたさとなっている。
(ともあれ、だ――俺がどう思うかとか、周りがどう見てるかはひとまず置いとくとして)
エ口本は没収されたが、かけられた容疑は消えない――いやむしろ、今日の出来事によってさとりちゃんの中に〝そういう疑惑〟を植え付けてしまっただろうし、なんなら美聡の見る目も今後は変わるかもしれない。
(まあお巡りさんは俺がエ口本を持っていたことも、謎のパンツのことも不問にしてくれたし、美聡さんには伝わっていない。知られたのは、俺が不審者扱いされたことだけ……)
帰り際にみのりちゃんとかいうクソガキがいろいろ言っていたのは聞かれたが……。あの子の顔は絶対忘れない、と思う一方で、もう一人の方とは出来れば二度と関わりたくない。あれは子どもの皮を被った何かだ。怪しい薬で幼児化しているに違いない。さもなければ人生周回している。
(あれこれ言われたけど、実際に手錠に繋がれているとこは見られていない、はず。まだ、弁明の余地はある……)
それもこれも、さとりちゃんが何も言わなければ、だが。
そこが、貴緒の中の後ろめたさを、罪悪感を助長する。
正直、うちに帰りたくない。
「はあ……」
と、思わず心底からのため息をこぼすが、幸か不幸か、前を歩く美聡は電話中でこちらの様子には気付かない。
「あ、はい……。すみません、はい……ちょっと最近、その、立て込んでおりまして」
仕事の電話だろうか。歩きながらもペコペコしている。電話越しでも頭を下げる、良くも悪くも日本人。実物を見るのは初めてだ。
(うちの親父はそういうのとは無縁っぽいからな……)
となると、美聡は〝そういうの〟に関する仕事をしているのか?
「すみません、来週……いや、週末までには必ず――え? 週末は日曜じゃないですか? 土曜? いやぁ……。あ、あの、とにかく、なんとかしますので――」
それにしても、不穏な雰囲気である。
(なんだ……? てっきり仕事相手かと思ってたけど――)
何かこう、切羽詰まった感じがある。
(週末までって……。まさか――)
――借金?
(いや、まさか、ね……。ほら、仕事の締切とか、そんな……)
――夜逃げしてきたのかも。
(そ、そういえば、電話で警察って聞いた時、やけにキョドった声してたような……?)
自分の事は棚に上げて、いろいろと疑念を膨らませていると、電話を終えた美聡が不意にこちらを振り返った。
「あ、あはは……」
「はは……」
お互いに曖昧な笑みを浮かべる、気まずい一瞬。
(……ヤバい、今ので分かった。この人、何か〝裏〟がある……!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます