4 無理やり口に突っ込んだだけ
「どうやら寝不足みたいだねぇ、キミぃ」
「それもそのはず、義理の母と妹が出来たんだって? 心中お察しするよボーイ」
今や落ち着けるのは教室の自分の席くらいのもの。朝、登校して一息つくと突然襲ってきた睡魔。いや声をかけてきたのは中学時代からの顔見知りだが――自分の席でぼんやりしていると、友人というほどでもないクラスメイトの男子二人がやってきて、
「そんなキミにこれを差し上げよう」
「我々からの誠意だよ。あぁもちろん、除菌済みさ。潔癖症っぽいからね
「あ? ん……。ありがとう。何これ?」
「おっと! 今は開けないでくれよ」
「使う時は安全を確保してから。僕たちとの約束だゾ」
「?」
二人が自身の席へと戻っていく。
エ口本だった。
「!?」
すぐに袋に突っ込み、慌てて周囲を見回した。良かった。誰も気づいていない。目の前の幼馴染み以外は。にやにやしながら、ヤツが口を開く。
「見たぞ」
「……見たのか」
もう一度、見てみる。袋の中には二冊のエ口漫画。一目で分かる、そんなヤバめな表紙。厚い。少年漫画の単行本の二倍くらいの厚さだ。それに大きい。「成人向け」とある。おい。ここは高校だぞ。
「あれだな、持ち物検査あるって言ってた。あいつら寮生だろ。それでじゃない?」
「何? 寮ってそんなんあるのか?」
「なんか中等部の方で下着ドロがあったらしい。それで持ち物検査あるかもって話を聞いた」
「なるほど……。確かにこれは見つかっちゃマズいものだ。緊急避難って訳だな」
今一度袋の中を覗きながら、深く頷く。これは見られちゃマズいものだ。本物だ。
「私が処分してやろうか?」
「……い、いや――成人向けだから、未成年には任せられない。これは俺が責任をもって、」
「家に持って帰る? ……いいのか?」
立希の台詞に込められた謎の間に、思い至らないほど貴緒も鈍感ではない。
(しかもなんだこれチクショー、『お義母さんと恋人セ……』『
タイトルを最後まで読めない。思わず顔を上げ、例の二人を睨む。こちらを見てにやにや笑っていた。ぶん投げてやろうかと思った。……思っただけだ。もったいない。視線で感謝を伝える。ぐっじょぶ、ヤツらが親指を立てた。
「私の見間違いじゃなければ、今の絵は
「は? なんて?」
「この前、izmnとコラボしてた。R18絵師の。バ美肉おじさん」
「知らんけど」
「黙っておいてやるからそれちょうだい」
「ヤだよ。ていうか何言ってんだよJK」
「シンプルに絵が好き」
この淫乱女子高生め……。などとは口が裂けても言えなかった。ちょうど隣の席の女子が登校してきたのだ。
「……分かった。あげてもいいが条件がある」
袋を厳重に縛り、鞄に納めながら貴緒は言う。
「放課後、ちょっと付き合え」
――無理に仲良くならなくてもいいんじゃねえの、と幼馴染みは言う。
「そうは言うがね君、考えてもみたまえよ。同じ部屋で寝起きしてるんだぞ? 会話もままならないっていうのは気まずいんだ」
「普通に話せばいいじゃん」
「こちとら万年一人っ子だぞ、そっちと違って。……慣れないんだよ。何考えてんのか分からないし……。それにさ、第一印象っていうか、ファーストコンタクトが最悪だった」
「ん? なんかしたのか?」
「トイレ覗いた」
「そりゃお前が悪いだろ。最低かよ」
「事故だ! ……不可抗力だったんだよ。まさか誰かいるとは思わなかったし……というか、カギかけてなかった方が悪い……」
しかし、どう言い訳しようと、やってしまったという罪悪感は消えない。
そのため今日は、関係改善を図ろうと、助っ人――緩衝材となる幼馴染みを連れてきたのである。
「JKは誰とでも仲良くなれるだろ……。フランクにエ口本も見れる」
「人をコミュ強の陽キャ扱いするなよ。というか早く寄越せよ」
マンションへと向かう道中にエ口漫画を催促するくらいだ。肝が据わっている。年下のJS相手にもきっと役に立つ。
「それにな……やっぱり子ども同士が仲良くないと、再婚もうまくいかないだろ」
「ふうん……。再婚には反対してないんだ?」
「ん。まあ、ほら、親父の老後とかを考えるとな?」
これが小学生や中学生の時なら、もしかすると反発心を覚えたかもしれない。母さんのことを忘れたのか、なんて。
(でもまあ、俺よりも親父の方が考えてる訳で――うん、俺も大人になりました)
何をにやにやしてるんだよ、と小突かれる。それだから引かれてるんじゃねえの、などと言われるが、今は心が寛大なのでなんでも許せる。が――
「しかし実際問題、このままロクにコミュニケーションとれないまま、さとりちゃんが今より大きくなったら……いやもう今の段階でも。もし、俺のことキモいって思ってたら、だ」
「まあ思ってるだろうなぁ、トイレ覗かれたんだし」
「うっさいな。……とにかく、場合によっては俺が家を追い出される恐れもある訳だ。それこそ学生寮とかにな。寮暮らしのアリエッティだよ。そうならないためにも、俺は自分に出来る最善を尽くそうとだね、」
「甘いもので釣る訳だ」
「その通り」
帰り際、コンビニで大量のお菓子を買い込んだ。コンビニスイーツである。小学生が好きそうなもの、立希のセレクト、店のお勧め品……ここ最近の個人的な買い物で一番お金を使ったと思う。会計をした店員さんも驚いていた。
「でも、こんなに買って食べきれるか? おやつ食べ過ぎて夕飯入りませんでしたー、でお母さんに怒られたら、逆に好感度下がると思うが?」
さすがに小学生の弟がいるだけはある。考えもしなかった。
「というか、虫歯になるから甘いもの禁止ってところもあるじゃん。そういう厳しい系のお母さんだったらどうするよ?」
「
あれは結局、美聡の手作りだったらしい。こころなしか得意げに語っていた。お菓子作りが趣味とか、それらしいことを言っていた。
(たぶん大丈夫だろうけど……〝よそ様の教育方針〟か。俺が勝手に何かあげるのはマズいか……? いや、仮にそうだとしても、バレなければいいんだ……)
部屋に辿り着く。ドアを開く。相変わらず土間はきれいなままだ。今日は
「今日も美聡さん、家にいる……」
「実は働いてないとか?」
そちらも気になったが、お菓子被りしていないかという計画失敗の懸念の方が上回った。
「ただいまー」「おじゃましまーす」と家に上がる。返事はない。テレビの音だけが聞こえてくる。
リビングには、さとりちゃんがいた。状況は昨日と変わらないが、テーブルの上に何か不思議なものが載っている。
人形だ。銀髪の女の子。初対面の時にさとりちゃんが着ていたようなドレス風の衣装をまとっている。
(お人形だ……)
違和感はない。幼い女の子といえばお人形遊びをするイメージがある。具体的にどんなお人形を使って遊ぶのかは知らないが……テーブルの上に座っているそれは、四十センチくらいあるだろうか。大きい。子どもが遊ぶ人形、というより、大人がインテリアとして飾るアンティークドールのような趣だ。
さとりちゃんはそのお人形にスマホを向けていたが、こちらの視線に気付くと驚きの速さでお人形を回収、胸に抱きかかえてソファに座り込んだ。
そして前髪に隠れながらも上目遣いにこちらを見つめる。
「これは幼女」
と、立希がつぶやいた。こころなしか口元がにやついている。
「ロリコンめ」
「私は健全だ。……ところで、あれ――」
「人形?」
こうしてちゃんと見るのは初めてだが、存在自体は知っていた。部屋に荷物を運んだ時にさとりちゃんが取り出していたのを確認している。
「あれ、ヤバいぞ。最低でも、五万」
「ご、ま……え? 何が? 円?」
「ドルだったらもっとヤバいだろ。あれはキャストドール。五万以上する。最低でも。しかも指に関節がある」
「?」
「普通、手っていうのは固定なんだよ。指が曲がるっていうのは、そのぶんパーツ数が増えるから、高い」
「ところでなんでお前そんなこと知ってるの? 情報通の友人A?」
「あの指は物を持てる。お前の首も絞めれる」
「コワっ……。いや、なんか別の意味でコワくなってきた――そんな高価なものなの?」
「貢ぎ物かもな」
「貢ぎ物ってなんだよ」
言わんとしていることは分かるが――親父があれを? 複雑な気分だ。
「と、とりあえず――共通の話題ありそうだし、行ってくれJK。俺は米を洗います」
立希にコンビニスイーツの入った袋を押し付け、キッチンへ。米も洗うし飲み物も用意する。食器類も出しておく。
いつも通りタイマーをセットして、アラームが鳴るまでリビングの様子を窺うが――JSはスマホを触っていて、JKも同じく自分の世界にこもっている。使えない。
「なんでお前だけ喰ってんだよ」
「仕事料」
「働いてから喰えや」
ソファの真ん中を陣取ってもしゃもしゃとケーキを食べている幼馴染みを押しのけ、横に座る。見れば、一人で三個も食べている。なんてヤツだ。その図々しさがいい感じに作用してくれれば良かったのだが、さとりちゃんは何も手を付けていない。
「さ、さとりちゃんも食べていいんだよー……」
恐る恐る声をかけると、隣で噴き出すヤツがいる。
さとりちゃんはスマホから顔を上げ、様子を窺うようにこちらに目を向けている。こころなしか胸元のドールもこちらを見ている気がする。
(……よし、ここは――)
ロールケーキを開封する。三切れ分。フォークで一口サイズにカットしたそれを、
「あ、あーん……」
「あーん、て」
「うるせえ」
外野は無視して積極的なアプローチ。さとりちゃんは固まっている。ドールの視線が痛い。しかし後には引けない意地があった。というか途中でやめる方が恥ずかしい。身を乗り出して、ケーキの刺さったフォークをさとりちゃんの口元に持って行く。
やはり甘いものは禁止されているのか、それとも知らない人からモノをもらってはいけないというやつか――単純に引いているのか。
「ちょっとだけ……先っちょだけ。美聡さんには、俺に無理やり突っ込まれたって言えばいいから」
それアウトだろ。さてはお前……"読んだな"? ――隣で何か言ってるが、なんのことだか分からない。
さとりちゃんが微かに口を開く。唇が震える。小さな歯が覗く。そして。
(食べた……!)
感動があった。もぐもぐしている。俺があげたケーキをもぐもぐしている……! こころなしか頬も緩んでいる!
「え、私もやりたい」
動物園のふれあいコーナーじゃないんだぞ、と隣を小突き返して、第二アプローチを仕掛ける。ちょっと優越感。これだよ、こういう自慢がしたかった。
「はい、どうぞ――あーん」
「…………」
フォークを近づけると、今度はさとりちゃんの方からわずかに顔を寄せてきた。心の距離が埋まった気がした。さとりちゃんが口を開きかけた時、ふいっとフォークを引っ込めた。さとりちゃんの口が空を噛む。ほんのいたずら心だった。失敗だった。心の距離が大いに開いた。
「…………」
やってしまった――すごい目で睨まれた。
それから、さとりちゃんは普通にお菓子を食べ始めた。
孝広が帰ってくると、待ってましたとばかりに奥の部屋から美聡が現れた。
(家ん中だっていうのに化粧してるし、いい服きてる……。これからどこか出かけるのか?)
と思っていたが、そういう雰囲気ではない。美聡は立希に挨拶などをしている。
「……カワイイ系の人じゃん。想像してたより美人」
「どんな想像してたかは知らんけど、お眼鏡に適ったのなら何より」
もしかすると「義理の息子の友達」の前で良いカッコしたかったのかもしれない。
それから、立希が帰った後になって、
「さとりちゃんにあんまり甘いものあげないでほしいなっ」
と、釘を刺された。夕飯を残したのである。
なんだかエロ本が見つかったような恥ずかしさがあったものの――
(ちょっと家族っぽいやりとりではある……)
少しずつ、何かが良い方向に進んでいる気がした。
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