6 せかいでいちばん! つよいってことなんだよ!

 あちこちチリチリになった髪の毛を必死で撫でつけながら電車を降りる。

「おかえりー」

 ああ、結局戻ってきてしまった。駅名標は〈きさらぎ駅〉。ベンチに座ってくしゃくしゃの新聞を読んでいるピアス女の百舌は、私と菊花の姿を見てヒヒヒと笑う。

「おい百舌」

 ホームに降りると菊花はいきなり百舌に詰め寄り、凄まじい威圧感で睨みつける。

「妖怪が絡んでるなら先に言えアホ」

「え? 妖怪出たの?」

「知ってて行かせたんだろ」

「知らない知らない」

「こっちは火事場で死にそうになってんだぞ」

「火事場だから、鍛冶が媼とか?」

「とぼけんなアホ。それは鍛冶屋のほうだろうが」

「菊花は、カシャって言ってました」

 なんのことやらわからなかったが、菊花が矛先を逸らされている気配を察した私はすかさず口を挟みにいく。

 百舌は意表を突かれたように眉を上げて、続いて両手を挙げた。

「わかったわかった。どうせ出るだろうなーとは思ってたけど、何が出てくるかまでは知らなかったよ。だって情報源この新聞だぜ? 明治じゃあるまいし、新聞に妖怪沙汰は載らない」

 私は百舌の持っていた新聞をひったくって日付を確認した。明日の朝刊だった。今日や明日という概念がこの場にあればの話だが。

 あの空き家での火事については、小さい記事だがきちんと載っていた。この未来の新聞で、百舌は火事が起こることを知ったのはたしからしい。

「火車かー。死体に惹かれたのかね。で、現物は」

 菊花は舌打ちをして、人差し指と親指をこすり合わせ始める。するとぼんやりとした煙が立ち上ってきて、煙が猫のかたちを形成していく。

かたちがあるのは久々だな。石燕さまさま」

 ふっと息を吹いて、煙を散らす菊花。その目は依然として百舌を鋭く睨んでいる。

「なんで美桜を連れていかせた」

 こいつ――怒ってるのは、どうやら私を危険に巻き込んだことに対してらしい。その割には私のことほったらかして盛大にバトルを繰り広げていたが。

 菊花は、はやい。常軌を逸したスピードで走り、飛び、殴る蹴る。実際に菊花と立ち合うこととなった男――火車は、菊花の速度についていくことができずに一方的にボコされた。気絶した男の頭頂部のあたりを指でふわっと持ち上げる動作をすると、宙に浮き出た靄のようなものを手で掴んで菊花は私を抱き上げて空き家から脱出した。火が上がってから完全に火の手が回る前にすべてが終わる早業。まあ、髪の毛はだいぶチリついたけど。

「敵について知るには自分の目で見るのが一番だからね」

 相変わらず飄々とした口調だが、睨んでいる菊花を見つめる百舌の目はカラーレンズ越しでもわかるほど真剣だった。

「美桜には関係ない」

「あるさ。その子、魑力ちりょくを持ってる」

「なっ――」

 菊花は驚いて私へと目を向ける。

 えっと、知力……? 一応大学生やってたけど、そこまで頭がいいほうじゃないし特筆すべきことじゃない気がするんだが。

「ついでに言うと、最初に会った時から『接続』が進行中。早いとこ戦い方覚えないと、どうなるか。わかるよな?」

「そんな――」

「おかしいとは思ったんだよな。現世にいるのに菊花の声が聞こえた時点で相当まともじゃない。菊花が戦闘要員なのは、魑力を誰よりもうまく扱えるのと、そのせいでズレが大きくなりすぎて現世の人間の誰にも声が届かなくなっちまったからだ。菊花が現世で人間を助けたって聞いて、最初は誰も信じなかったし、実際に救出できてないからとうとうこっちにいながらおかしくなったのかと危ぶんだもんだ。だから美桜、あんたが本当に〈きさらぎ駅〉に来た時は、正直ビビった。菊花が初めて、現世の人間を救出したってことにね」

 百舌は表情を緩めて、自分が座っているベンチを叩く。

「こいつ、現世から帰ってきてからずっとここから座って動かなかった。美桜は来る。絶対に来る――って、電車が来るのをずっと待ち続けてたんだ」

 さて、と百舌は鋭く私を見る。感傷に浸るのはここまで。ここからはきちんとした今後の話。

「私たちは現世を取り戻そうと戦ってる。戦ってる相手っつーのは妖怪だ」

「よ、妖怪」

「そもそも2017年になぜ現世が崩壊したのか。それも全部妖怪の仕業なんだわ」

「よ、妖怪」

「人間は妖怪に敗北した。その結果が今の現世だ。〈きさらぎ駅〉を開拓した私たちはもともと、2017年に起こった〈大災礼〉を防ごうと動いていたチームだった。生粋の妖怪ハンターってわけ」

「よ、妖怪というのは……」

「ああ、別に怪異と呼んでもいい。妖怪、怪異、あやかし、もののけ、そうしたものたちが横溢し、現世を汚染し尽くした。一夜にして一億人を殺した怪異、って言えばわかりやすい?」

「いや、逆にわかりにくいです……」

 そんなもん妖怪とか怪異とかじゃなくて、神話の世界だ。いや、神話にも妖怪とか怪異はいるのかもしれないけど。

「とにかく、現世がこんな状態なのは妖怪がミーム崩壊を起こして意識閾いしきいきが完全に汚染されたから。私たちはこの状況を打破するために、妖怪の分別と回収を行ってる」

「具体的には」

「妖怪とバトって、ゲットする」

 GOTCHA!?

「まあ、これで情報保存ができるのは名前や画像や伝承が残ってる妖怪に限られるから、私たちのアプローチが正解ってわけでもないんだよね。妖怪図鑑を完成させても、当然漏れは無数に存在するから、現世を完全に除染できるわけじゃない。とはいえ、そもそもが妖怪対策のチームである私らには、今のところこれがベストな方策なわけ」

 そこで、と百舌は菊花を、続いて私を指さす。

「実際に現世で妖怪と戦うメンバーが必要になる。つーわけで美桜。あんたも戦うように。戦い方は菊花から教わるように」

「はあ?」

 いきなり(考えてみればあれからこっちずっといきなりだが)妖怪と戦えと言われる意味がわからない。

「大丈夫大丈夫。あんたには才能があるから。ちょっとやばい域に入ってるくらいに」

「はあ?」

 疑問ではなく怒りを滲ませて聞き返すが、百舌は菊花にメモを手渡すと去っていってしまった。

「美桜。また現世に行くことになる」

「えっ、なんで」

「魑力は現世でないと使えない。新しい妖怪を回収するのと同時に、美桜の訓練を行う――というのが百舌の考えらしい」

「いや、そもそも私、同意してないんだけど。イヤだよ急に戦えって言われても」

「うん。美桜は別に戦わなくていいと思う」

 おっ、意外と話がわかる。

「でも魑力の扱いだけは習得しないと困る。百舌の言ったことが本当なら、このままだと……」

「だと……?」

「美桜は、死ぬ」

 何回死ねば、私は助かるのか。

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