第5話 電話

 部屋に響き渡るクラウディアから掛かってきたであろう電話のベルにオスカーは絶叫する。

 市街地を破壊しかねないロボットと対峙している最中、テルの部屋に電話をかけてくる必要があるのか、とオスカーは思った。


「おい、テル。さっさと出ろよ」


 ツッコミ疲れたオスカーは顔を引き付かせながらテルに言う。


「済まないけどオスカー出てくれないか? 今俺はお前に飲ませるための紅茶を淹れるので忙しい」

「もういらないし、こぼれているし、何よりこの部屋の主はお前だろう。皇帝陛下だって電話に出るだろう」


 電話が普及した当初、この新機材を誰が使うかで人々は戸惑った。

 誰とでも直接話せる機械などなかったからだ。

 そして相手が爵位の高い貴族だった場合を考え、屋敷の主が出ることになった。


「昔の話だ。専用の召使いが、電話の担当者がいる」


 しかし、普及するにつれて各所から電話が頻繁に繋がるようになると専用の電話番が置かれるようになった。


「俺はお前の電話番じゃないし。お前への用かもしれないだろう」

「そうだな。士官学校からの緊急連絡かもしれないし、出ないと」


 そう言ってテルは震えながらゆっくりと、嫌そうに電話機に近づく。

 そして受話器に手をかけて、止まった。

 テルは受話器を握ったまま持ち上げてないためベルは鳴り続けている。

 オスカーはせかした。


「早く出ろよ」

「決心が付かない」

『む、出ないな』


 テルがためらっているとテレビ画面のクラウディアが焦りだした。

 感度の良いマイクを使っているせいか、呟き声もスピーカーから流れている。


『こんなに長い時間でないなんて、テルに何かあったのかもしれない。今から直接下宿に向かうか』

「もしもし、姉さんテルです」


 姉の言葉がテレビから流れるとテルは秒速で受話器を持ち上げて話し始めた。


『おお、テル! 出てくれて嬉しいぞ』


 クラウディアの明るい声が冷や汗を流すテルの耳の受話器と、背後のテレビのスピーカーから流れた。


「何かあったのですか」

『うむ、緊急事態だ』


 クラウディアは深刻そうな顔と声で言う。


「何が起きました」

『うむ、実は……』


 そこで電話が途切れた。


 <皇太子の武威>改め<労働者の怒り>の指先に作られたマジックアローの射出口が火を噴いたのだ。


『ええい、この距離で外すな。昨夜運び込まれてきたばかりで調整できなかっただと。馬鹿者それでも労働者の前衛か、せっかくの闇討ちの好機を逃すんじゃない! ひっ』


 吹き飛ばされた電話の受話器を放り捨てると、叫ぶリーダーに向かってクラウディアが迫り、襟首を掴んで剣の切っ先を首に当てる。


『貴様、何をしてくれたんだ』

『ひ、ごめんなさい!』


 謝るリーダーだがクラウディアは瞳孔を小さくしたまま睨み付け低い声で言った。


『私の大事な電話の邪魔をするな。お前を相手するよりも非常に大事な電話なんだ。今度邪魔したら……殺すぞ』

『す、済みません!』


 ドラゴンを一撃で葬った剣を首筋に突きつけられたリーダーは半泣きの状態でクラウディアにわびを入れた。


『なら良い。で、他に電話はないか?』

『あ、あっちの建物の裏に公衆電話が』

『そうか』


 クラウディアはリーダーを放すと、言われたとおり建物の裏に回った。

 テレビ局が総力取材態勢を取っているのか建物の裏にもカメラが配置されておりやってくるクラウディアの姿をバッチリと捉えていた。

 そしてクラウディアはリーダーに教えられた場所に電話を見つけると、もう一度かけ始めた。

 直後にテルの電話が再び鳴った。


「はい姉さん」


 諦めたようにテルはすぐに電話の受話器を取ると、相手の名前を呼んだ。


『済まないテル。途中で切られてしまった』

「いいですよ。気にしていませんから」


 一部始終をテレビで見ていたテルは放心状態で言う。


「それでご用件は」

『うむ、実はな』


 クラウディアは深刻そうに言った。 


『テルに頼まれた砂糖なんだが、店に行ったら種類が多すぎてどれを買えば良いか分からない』

(すっげえ、くだらないことだった)


 オスカーは心の中で叫ぶが、クラウディアにとっては非常に重要なことだったのだろう。

 巨大ロボが暴れるのを放っておくほどに。


「どの砂糖でも良いですよ」

『種類が多すぎて、どれにすれば良いのか分からない。いっそ店ごと持って行くしか』

「サン・ドマング! サン・ドマングの砂糖でお願いします」

『そうか、分かった必ず持って行くぞ。何なら今すぐにでも』

「ご用件を済ませてからでかまいません。というか、ご用件を終えなければ母様に怒られるのでは」

『むっ、確かにあの母性のかけらもない奴にたたかれる』


 小柄でツルペタながら実力はクラウディアより上の母親ユリアを思い出し、憮然とした声でクラウディアは答えた。


「姉さんが好きな物を作って待っていますから用事を済ませて来てください」

『うむ、私もすぐにくだらない要件は終えて、サン・ドマングの砂糖を忘れずに買ってテルの部屋へ行くぞ』


 そこで電話は途切れた。


「サン・ドマングって安くいだけの粗悪品だろう。他にも商品はあるだろう」


 突っ込みどころが多かったが、とりあえず穏当なところからオスカーは訳を尋ねた。


「そしてどこでも売っている。他の砂糖を指定して万が一、そのお店になければ姉さんは店ごと持ってくるぞ。目の前の通りに建物が置かれたら通行の迷惑じゃないか」


 実際は往路妨害どころではないがじたいを少しでも軽く考えられるようにテルは冗談を交えて言う。


「確かにな」


 部屋の目の前に店舗が建物ごと持ってこられた時の事を想像してオスカーは頷いた。

 クラウディアならやりかねない、と思った。

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