第3話 ディセアグリッパ車両センター
ディセアグリッパはアルカディアの近郊に作られた衛星都市で軍施設が密集している。
テルの母親――リグニア帝国皇帝が、その軍学校の一つ、アルカディア騎兵学校創設式典に軍の最高司令官として演説を行い、古の名将にして騎馬の名手アグリッパを見習い立派な騎兵将校になって貰いたい、と言ったことから、地名策定作業を行っていた担当者が、地名の一つとして名付けたのがディセアグリッパだ。
「そういえば軍施設や学校が多い場所でよく行くな」
軍の施設が集まっているため、実習などで士官学校の生徒が赴くことが多く、オスカーもテルも何度かディセアグリッパ近辺のの施設に赴いている。
そして国鉄も出征する軍を輸送するために鉄道が建設され、近くに車両センターが設けられていた。
「ディセアグリッパ車両センターの連中、今度は何をやったんだ」
「何かこの車両センターに問題があるのか?」
「共産主義の活動家が何故か多いんだよねここ」
ディセアグリッパ車両センターは軍を監視するためか、ストライキを起こして軍の活動を阻害するためか共産党系活動家が多数入り込みセクト――共産主義者の活動グループを結成して度々ストライキを起こすことで有名な車両センターだった。
「共産主義普及活動にのめり込み過ぎのせいか整備技術が悪くてね。ここの車両を運転するときは故障に注意しろって言われていたんだ」
「そういえば、ここの車両が使われる事ないな」
軍の鉄道輸送では国鉄と協力関係を結んでおり、国鉄の車両を使うことも多い。
しかし、士官学校や軍の施設に近いにもかかわらず、この車両センターの車両が使われたことはなかった。
「ストで施設側が車両を提供してくれないんだよ。まあ、受け取っても移動中に車両故障して足止め食らう可能性も高いし」
権力の狗である軍への反感を共産主義者達は隠しておらず、露骨にサボタージュすることも日常茶飯事だった。
軍用列車に使われるとすれば、喜々として細工して、移動途中で動けなくするだろう。
「クビにしないの?」
「労働者保護でへたにクビに出来ないんだ」
工業化で一六時間を越える長時間労働が問題になったために労働者保護のため、不当解雇防止のため法律で守られている。
それは国鉄職員であっても同じである。
「それに万が一、全国の職員がストライキを打ったら大混乱になる」
昭弥が総裁を辞してチェニス田園都市鉄道を作ったとき、心酔していた職員の多くが国鉄を辞めて新会社に移っていった。
その空いた大量の穴を埋めるために新職員を大量雇用したが、数をそろえるために共産系活動家も入っていった。そのため全国各地に共産系シンパがいて一箇所でストが起きると他の活動拠点でもストを行う悪慣習が起こっていた。
『我々は不当な扱いを止めるよう要求を出す。八時間労働の遵守、賃上げ、雇用環境の向上を求める!』
『具体的には何だ!』
『基本給五〇パーセントアップ、残業禁止、夜六時から朝六時までの作業なし、レクリエーション施設の新設、大浴場の建設』
「むちゃくちゃなこと言いやがる」
新設校とはいえ所々古くなってきた士官学校施設を使いながら過ごしているオスカーには彼らの意見が贅沢過ぎるように思えた。
「このセンターの改修計画あったんだけど、前任者のヨブ・ロビンが中断して他に予算回したんだよな。おまけに赤字で厚生施設まで回せないんだよね」
「そんな豪華施設を作るつもりなのかよ」
「下は働け、上は下が働ける環境を作れ。それが父のモットーなんだよ」
「うわあ、すっげーホワイト」
朝から晩まで分刻みで時に郊外の荒れ地で野戦演習があり数日間、風呂なし、ビスケットと紅茶だけの行軍生活がある士官学校より遙かに良かった。
「ただ仕事に対しては鬼のようなクオリティを求めるからね。ミスやサボタージュが多いディセアグリッパの事を父は快く思っていないんだよね」
一度事故を起こせば数は数百人単位で死傷者が出る鉄道事故を防ぐために厳格に仕事をすることをテルは求めている。
それを達成しないディセアグリッパ車両センターの事を快く思っておらず厚生施設改善の優先順位を下げている。
それがセンターの人間がストをする理由にしているため泥沼のような状況となっている。
『要求が受け入れられなければ我々は実力行使もいとわない!』
『不法なストは禁止だ! 従わない場合は制圧する』
鉄道公安隊所属の機動隊が隊列を組み装甲車および装甲列車を全面に出してスト集団と対峙し、拡声器で命じた。
『ならばこちらも自衛行為を行う!』
すると背後の工場の屋根が吹き飛んだ。
内部から突き出た巨大な腕が伸びてきたのだ。
そして巨大なゴーレムのような巨体を起こした。
「な、何だあれは!」
見ていたオスカーは驚きの声を上げた。
見ようと思っていた特撮番組に出てくるメカが現実に生中継で現れたことに、驚くと共に興奮した。
いくら数十メートル魔物が実在し、脅威の的であっても、そのような巨体に恐れや畏敬を、何より少年的な好奇心を抑えきれない。
『見よ! これが我々労働者の汗の結晶にして守護神! <労働者の怒り>だ!』
「名前だっさっ!」
スケールのでかいロボットなのに主義者の壊滅的なネーミングセンスにオスカーは落胆した。
「何故だああああああっっっっっ」
だが同年代のテルはロボットの全身が現れると絶望を絵に描いたような表情で叫んだ。
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