第2話 クラウディアの来訪予定
「声が大きい」
「済まない」
勇者であるクラウディア殿下がやってくると聞いて、思わず声を上げて仕舞ったことをオスカーは謝った。
公平に扱われることを希望して皇子の身分を隠しているのだ。
知っているのは、今この部屋の人間の他はごく少数しか居ない。
「だが、下宿には身内を入れないんじゃなかったのか」
英雄であるクラウディアは、誰に対しても厳しく容赦しない。
だが、テルに対してだけは非常に甘い。甘いどころかブラコンだ。
普通の人間と勇者ではあまりにも力の差などが歴然とし過ぎていて、一緒にいることは難しい。
力の差がありすぎて普通に生活するだけでも、トラブルが起こる。
抱きしめただけで相手の身体が複雑骨折してしまう。テルもクラウディアに抱きしめられて何度も複雑骨折を負っている。
それでも、テルは家族なのでクラウディアが孤立しないように必死に仲を保とうとした。
そうしたテルの気持ちにクラウディアは感動し、姉弟を越えた感情を抱いた。
だがテルは異母兄弟姉妹であろうとクラウディアと同様に平等に公平に仲を保とうと接してきた。
そのため多くの兄弟姉妹に頼られたが、頼られすぎるようになり、士官学校入学頃には限界に達した。
身内の不始末をかたづけるのと、兄弟姉妹の過剰なスキンシップに疲れていたテルは下宿の場所を両親にさえ言っていなかった。
勿論、下宿に招くなど考えもしていなかった。
時折宮廷に戻っているが、トラブルの後始末に追い回されることになり、疲れるので下宿にいる事の方が多かった。
「けどクラウディア姉様が限界に達したらしい。テルに会いに行けないと狂う、とか言いだして暴れた。さすがの母様も止めきれないようで、今日一日だけという条件で許した」
「大丈夫なのか?」
「無理だね。なし崩しに入り浸るようにやってくるだろうね。クラウディア姉様だけでなく、他の姉妹も訪れるよ」
さらば平穏な日々よ、と戦地に向かう兵士のような目でテルは語った。
「じゃあ、お邪魔な俺は帰るよ」
「帰らないでくれ」
部屋を出ようとする、いや逃亡しようとするオスカーをテルは止めた。
「姉弟水入らずに水を差したくない」
「オスカーがいてくれた方が暴走しないで済む」
建前と常識で逃げようとするオスカーと強引に引き留めようとするテル。
レイを含めてテルとクラウディアの三人だけだと何が起きるか分からない。
一応テルの友人だが、部外者で常識人であるオスカーがいた方が、クラウディアがおとなしくしてくれるとテルは考えていた。
「いや、遠慮したいんだが」
「これまで食事をおごってやっただろう。それとポーカーの貸し」
「仕方ないな」
テルには手料理をご馳走して貰っていたし、ポーカーで負けたときは立て替えて貰っている。
その関係をオスカーは終わりにしたくなかった。
「いつ来るんだ?」
「もうすぐの予定なんだけど」
「ああ、それでしたら変更になりました」
二人の会話にレイが話しかけた。
「先ほど電話がありまして急な用事が入ったので一時間ほど遅れるそうです」
「後日に変更でも良かったんだけど」
「一時間遅らせるのも殿下は嫌がっておられました」
「じゃあしょうがないな」
よほどテルと会うことを楽しみにしているようだ。
実際、テルは士官学校入学以降、士官学校と下宿の往復だけで実家である宮殿には、殆ど戻っていない。
クラウディアをはじめテルが好きな兄弟姉妹からは不満が出ていた。
特にクラウディアは酷く、爆発寸前で宮殿が緊張状態に陥っていたほどだ。
「それと約束した物は必ず持って行くと」
「約束?」
「下宿を訪れるとき、何か手土産を持って行きたいと姉様に言われたんだ。別にいらなかったんだけど、手ぶらだと嫌そうなので、お菓子を作る砂糖が切れかけていたことを思い出して買ってきてと頼んだんだよ」
テルが嘆息するとレイが食事を作り終わり、テーブルの上に出した。
「冷めないうちにどうぞ」
「いただきます」
テルはそのまま手を付けようとしたが、オスカーは部屋の片隅にある最新家電を見て言う。
「テレビ見ても良いか?」
最近発売されたブラウン管を使ったテレビは高い。
士官学校の集会室や将校クラブに皆で金を出し合って置かれた。最初は物珍しかったがすぐにはまった。
何人かは手に入れようとして家電の店へ行ったが、高かった。
オスカーの俸給で三ヶ月分くらいはするだろう。
とても手出しできずオスカーの部屋にはない。
だが、テルは金持ちだった。
趣味で書いた小説が売れて、その原稿料もあるが、鉄道学園時代に本社の企画室へ研修に行ったとき、トレーディングカードゲームを考案し、基本セットの他にご当地限定、各地の駅でしか手に入らない限定カードを設定する事で車内での娯楽提供と利用促進を両立させた。
そのときのアイディア料と著作権料が入ってくる。
ゲームは子供のカードへの収集熱もあり帝国全土に広がり、一枚一リラ未満の著作権料でも何千万枚も売れていれば大金が手に入る。
しかもグッズの製作やアニメ化や舞台化も行われ、収入は減りそうにない。
さらにあまり人に言えない方法でテルは収入を得ている。
テレビ一台ぐらい簡単に買えるのだ。
「良いよ」
だからテルは気前よくオスカーがテレビを見るのを許した。
テレビを点けると番組が始まっていた。
「何か見たい物でもあるのか?」
「なんかロボット? ゴーレムを使った特撮物? が出るらしい?」
「何で疑問形なんだ?」
「特撮――模型やセットを使って巨大な物を見せる特殊な映像技術を使う番組らしいんだが、どういうことか分からない」
「そういえば父さんが何か言っていたな」
特撮とは着ぐるみや模型を使って人間大の造形物を数十メートルの巨大生物に見せかける映像技術だそうだ。
「実物を撮れば良いのに」
体長数メートルの動物は勿論、数十メートルの魔物が跋扈するリグニアでそんな物はありふれている。わざわざ作り物を作らずとも本物をそのまま撮影すれば良いのではないか、とテルは思ってしまう。
「本物ではあり得ない角度から撮影したり、動きをさせたり、変形させたり出来るから迫力が違うらしい。爆発などもより派手に見せつけることが出来るから面白く出来るとかいっていたな」
「まあ、見た目を派手にするのは必要か」
鉄道や兵器の設計図や図解用のイラストでも見やすさを優先して実物より大きくしたり、誇張して描いている事がある。
それと同類かとテルは理解した。
「お、始まったな」
テレビに映ったのは、どこかの鉄道施設だった。
「見たことのある場所だな」
背景に見覚えのある風景にオスカーはつぶやいた。
「ディセアグリッパの車両センターだ」
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