転移者の息子 恐怖の日朝編
葉山 宗次郎
第1話 士官学校生徒の日曜の朝
「ふわあ」
下宿のベッドでアルカディア中央士官学校三年生徒のテルは大きなあくびをして起き上がった。
アルカディア中央士官学校は全寮制で全員が寮に入ることを義務づけられている。
だが週末は生徒自身が確保した下宿に寝泊まりすることが規則として定められている。
それは徹底したもので、学校が下宿を取ったかどうか確認するし、金曜日の夜か遅くとも土曜の夕方には士官学校の寮から全員が叩きだされる。
これは厳しいことだが、任官後の事を考えての事だった。
任地が遠くだった時、下宿を自力で確保し大家とトラブルを起こさないよう士官学校生徒の内に慣れさせるためだ。
もっとも、教官達が各生徒の所持品検査を週末に行う為でもあった。
だが、多くの生徒は、呼吸さえ教官の許可を必要とするような厳しい規則と分刻みのスケジュールから解放されるので歓迎している。
テルはアルカディアの宮廷に帰れば良いので下宿を確保する必要は無い。
多くの生徒は実家の伝を頼るなどして学校に申告するダミーの下宿を用意し、帝都の実家か、帝都のホテルを休日の拠点にしていた。
だがテルは学校の規則に従い同級生の手を借りながらも下宿に寝泊まりしていた。
「おはようございます。テル」
同級生で執事でもあるレイがキッチンから声をかけた。
父である昭弥がが同年代の同性の友人が必要と言うことで選んでくれた。
ラザフォードには気をつけろといわれているが、今のところおかしな事はしてこない。
気の良い友人でテルのために身の回りの世話をしてくれているため、快適的すぎて申し訳ない位だ。
「もうすぐ朝食が出来ます」
「ありがとういただくよ」
「おーい、テル、遊びに来たぜ」
下宿を紹介してくれた同級生のオスカーが遊びに来た。
「おう、もうすぐ朝食が出来るぞ」
「なんだ珍しいなレイが作るなんて。いつもはテルだろう」
種族が違う異母兄弟姉妹の為に家で作っていた習慣の名残で、テルは週に一度は料理を作らないと調子が悪い。
士官学校の食事は美味しいが、自分で作らないと身体の調子が悪い。
なので下宿ではテルが作っている。
で、時折友人のオスカーが遊ぶという理由でたかりに来るのだ。
「昨日は帰ってくるのが遅かったんだよ」
「珍しいな。小説の原稿が落ちそうだったのか?」
異世界出身の父親から寝物語を聞いて覚えていたテルはその話を元にティーンエイジャー向けの小説を書いていた。
まあまあ評判が良く出版社に持ち込んだら受けが良くて連載と単行本化が行われたほどだ。
いまでも、士官学校の空いた時間に原稿書きを進め、下宿では清書を行っている。
学校に支障のない範囲で行っているが、原稿を落としたことがないし、そもそも約束を違えたことがないのがテルだ。
落ちそうになったら徹夜でやるだろう。
「いや、宮廷の方へ出たんだ」
だが昨日は用事があって宮廷に戻っていた。
ちょっとした用事ですぐに終わる類いだった。
だが、重大事態が発覚しその処理に一晩かかった。
そのため下宿到着が深夜になり、睡眠時間が短く食事を作る気力もなかった。
「何かあったのか?」
テルが皇帝の息子である事を知っているオスカーが尋ねた。
「いや国の重大事ではない」
深刻な顔をするオスカーをテルは落ち着かせた。
「ただ妹のカエソニアとアントニアがちょっとやり過ぎたんだ」
「最悪じゃないのか?」
オスカーは絶望という名の絵が描けそうな表情で言う。
テルの同じ母親の双子の妹達カエソニア、アントニアは、それぞれ科学と魔法に造詣が深い。
父である昭弥をこの世界に連れ込んだ元凶であるジャネット師が面白半分に実験に巻き込んだら天才と呼べるレベルにまでなってしまった。
その天才性はすごく、半ば神とまであがめられ鉄道への情熱では誰にも負けず、周辺技術の開発でさえ労をいとわない父親、その昭弥が開発を諦めた集積回路の開発に六歳で成功したほどだ。
不安定な真空管や特殊な才能が必要な魔法回路を使わずに済む集積回路の完成に昭弥は感激し、妹が発明三昧出来るように取り計らったほどだ。
そのため妹は日夜発明を行っているが、その方向性が時折、悪い方向へ向かってしまう。
そうなった場合、後始末を行うのはテルの役目だった。
「何をやらかしたんだ?」
「起きる前に止めた。処分するための手続きをして実行させるのに時間がかかっただけ。全ては未然に防げた」
「そうか、大変だったな」
レイが入れた紅茶を飲みながらテルは遠い目をしながら愚痴をこぼし、オスカーはそれを気遣った。
父親からは帝位など継がなくて良いと言われているテルだが、周りから皇位継承順位第一位と目されるだけのことはある。
人知れず災厄を未然に防いでいるテルにオスカーは改めて尊敬を抱いた。
原因の大半が身内であることが玉に瑕だが。
「じゃあ、今日はゆっくり出来るな」
「いや、姉様が来る」
「クラウディア殿下が!」
テル姉であり幼くして勇者としての資質を示し数々の偉業を既に成し遂げ帝国に名声が知れ渡っている英雄。
そのクラウディア殿下がテルの、この部屋にやってくる予定を聞いたオスカーは驚いて声を上げた。
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