第9話 準備
アルカナ王国第二王子ブロート、彼を一言で表すなら『合理主義』だ。どんな突飛なアイディアもどんな非常識な手法も、それが最も効率的ならば利用する柔軟さを持つ。歴史的積み重ねを重んじる傾向にある王族の者としては一種のイレギュラーともいわれている。
そんな彼だからこそセイドの存在を気に入った。最低限で無駄のない動き。自分が見てきた中で誰よりも頭脳戦をしていた。平たくいえばかっこいいと思ったのだ。
一方で虎狼騎士団副団長ルイスは根っからの血統主義だった。平民の出であるアカツキの成り上がっていく様を憎しみを込めながら見ていた。だが真っ向から勝負しても勝てない。
そこで行ったのが裏工作。アカツキの知らないところで味方を少しずつ増やし、最終的には団員のほぼすべてを味方につけてアカツキとアカツキの数少ない仲間を退陣に追い込んだ。これが今から12年前、セイドがオラクル王国の王都であるピアスに来る2年前のことである。
その後アカツキの影武者を部下の中から一人見繕い、アカツキのブランドだけは利用することにした。そういった一連の騒動をブロート第二王子には話した。いざというために守ってもらうためである。実際第二王子は興味を持って話を聞いていた。そのうえで守る約束もしてくれた。当然このやりとりも秘密裏に行われたため、形式的には当人たちによる口約束の扱いとなる。
だがこのときにもっとブロート第二王子という男をもっと警戒しておくべきだった。彼によってルイスの立場はどんどん危ぶまれていく。
セイドが訓練場を去った後、部下たちにそれぞれ指示を出し、それに合わせて各自が訓練場から出ていく。
そうしてこの場に残ったのはルイス副団長とブロート第二王子、妙齢の女メイドに偽アカツキの4人だけだ。
「なぜあんな提案をしたんですか!?」
取り繕う必要がなくなった今、ルイスは怒りを前面に出して王子を問い詰める。ルイスからすればセイドはこちらの余計な隙を見せたくない相手。懐に入れると決めたからこそ、噛みつかれないように最大限の注意が必要だ。
それを誰よりもわかっていたからこそ王子にもセイドについての情報は逐次流していた。
しかも提案の内容は「5年後に偽アカツキと決闘をする」というもの。これは事実上の下剋上。それも王子が正式に認めた誰も文句が言えない下剋上だ。これに異議を唱えられるのはこの国のトップである国王くらいのものだが、国王がわざわざ反対するような内容でもない。
「何をそんな焦る。俺のそばに控えるこの男、つまりお前の直属の上司があんな青二才に負けるとでもいうのか」
偽アカツキの実力を信じる様子がないルイスに正論をぶつける。王子はたしかに偽アカツキの正体を知っている。だが影武者のことを詳しく知っているわけではない。にもかかわらず側に置くことを許容したのはそばにいても問題がないからというだけ。
ブロート第二王子が興味を持ったのは最初だけ。あのアカツキの転落劇が興味深かっただけ。そしてその手腕を見込んでルイスの「自分を守ってほしい」という願いを聞き届けた。
ここで問題となるのはいつまで守るのかというところだ。具体的な期間を決めなかったことで二人の間に認識のズレが生まれた。ブロート第二王子は「自分が守る必要がないと感じたら」、ルイスは「永続的に」と考えていたのだ。
そしてこれこそがルイスの油断。アカツキを蹴落としたことで喜びに囚われ、見落とした部分。裏のやりとりである以上、約束の期間については当人同士で話し合って落としどころを見つける必要がある。だが今回の例でいえばブロート第二王子が主で、ルイスが従。しかも例の事件からは15年も経っている。王子が守る期間でいえば長いくらいだ。
「そもそも俺が貴様を守ろうとしたのは部下として多少は使えるだろうと考えたからだ。だが蓋を開ければ貴様はちょっとした計画性があるだけのただの臆病者だった。臆病な騎士などハリボテよりも醜い。もし現状が気に食わないなら5年後の決闘まで貴様が選んだこの男を最強に仕立て上げよ。さすれば今度は貴様の願いを聞いてやらんでもない」
そういってブロート第二王子は側仕えのメイドとともにその場を去る。残ったルイスはその目に憎しみを浮かべると、お得意の策略を張り巡らすために動き出すのだった。
虎狼騎士団王家直属部隊の入隊試験の次の日、俺はアカツキのもとを訪れた。試験の結果を報告する目的もある。だがそれ以上に俺は5年後に向けた準備をするための協力を仰ごうと考えていた。
「試験はどうだった?」
家に入ると待ち構えていたかのように影からアカツキが現れる。彼なりに心配はしていたらしい。
「5年後に偽アカツキと決闘することになりました」
「……どゆこと?」
そこで事の顛末を説明する。そのうえで俺はアカツキにある頼みごとをすることにした。
「俺に、『錬気』の拡張方法を教えてほしい」
まるで『錬気』にそういう考え方があるかのようにいったが、そんなものがあるのか俺は知らない。なのでこれはいわば俺なりの表現方法だ。
今回の実践試験に向けて俺はある部分を重点的に磨いた。それは対人戦。それも一対一に特化した訓練。だが今後俺が相対することになるのは複数人が多くなる可能性が高い。
そのとき必要になるのは空間把握能力だと俺は結論付けた。俺の根底にあるのは人を観察・分析する力。だがその力も相手を認識できなければ生かせない。
じゃあどうするか。そこで思い至ったのは『錬気』を応用すること。
五感だけを強化しても限界がある。だが柔軟性の高い『錬気』ならば五感を使うよりも多くの情報を得られるのではないか。
そこで考えたのが『錬気』の拡張である。一言でいえば『エコーロケーション』の『錬気』バージョンだ。
これなら人間の限界を超えた感知能力を手にできるのではと考えたのだ。そしてこの考え方は正解だったらしい。
「…さすがだね。まさか自力でその答えにたどり着くとは思わなかったよ」
そういってからアカツキは物をとってくるといって一度この場を離れる。
数分後戻ってきたアカツキの手にあったのはそこらへんに落ちてそうな石。だが不思議と目を惹く。
「これは
そこでアカツキは念石を砕いたかと思えば、砕けた破片は宙に浮き、そこから家中へと散り散りに飛んでいく。
「セイド君。君には今から散り散りになった念石たちを『錬気』による感知で探し当ててもらうよ」
こうして俺の新たな修行が始まった。
虎狼騎士団の王家直属部隊の仕事は王家の人間の剣となり、国民をあらゆる脅威から守る、といえば聞こえはいいがつまるところ王家の人間の使い走りの側面が強い。それなりの高給取りではあるが、基本的に王家の人間からの指示には従う必要がある。逆に言えば王家の人間の指示がなければ特別やることがないというわけだ。
セイドとシロカの模擬戦のあと王家直属部隊の騎士たちは、王城の中でも端のほうに設置されている専用の拠点へと戻る。ここには小規模ながらも訓練場が隣接されている。そこでは先ほどの模擬戦に感化された騎士たちが珍しく自主訓練をそれぞれ始めていた。
その一方でシロカは全く歯が立たなかったという事実に打ちのめされそうになっていた。
「どんまい、シロカ。あれはさすがにしょうがないよ。むしろこれから入隊しようっていう新人があれだけ強いほうがおかしいから」
拠点内の木でできた椅子に座ったうえで目の前のテーブルに突っ伏しているシロカを励ますのは、この部隊でシロカと同じく女騎士のメローナだ。シロカよりも鈍重な銀鎧を身に纏っていながら、金髪ロングの巻き髪の毛先を指でいじる姿はミスマッチ間が否めない。
「それでも気に食わない!なんで後輩のくせにあんな出鱈目に強いのよ!!」
シロカは王家直属部隊に入隊できるくらいの実力は持っている。だからこそ目の前に立ちはだかった
そのことが余計に腹が立つ。もし勝つなら本気で戦って勝ってほしかった。そのほうがまだ割り切れた気がする。あれが本気じゃないのならどこに目標を設定すればいいのかわからない。
そんなむしゃくしゃした気持ちを抱えながらシロカは思考の海へと沈むのだった。
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