第8話 試験
『錬気』とは体内を
一般には広まっていないものだが虎狼騎士団の王家直属部隊はその一般の範疇ではない。つまり王家直属部隊の騎士は全員『錬気』が使える。正確には所属するにあたり『錬気』を習得するためのカリキュラムが組まれるのだ。
ということは当然、目の前のシロカも使えるということになる。
「まだ所属前の人相手に使うのもどうかと思ったんだけど、あなたもすでに使えるんでしょ?私についてくるときに気づいたし、始まった瞬間に使うものだと思ったから。その前に『錬気』なしで打ちのめすつもりだったのに、まるで動じないどころかこちらが丸め込まれる始末。なら真っ向から本気で潰すしかないでしょ」
そういってこちらを睨む彼女の表情はこれまでで一番自然で野性的だった。
一方でそんな一連の動きを見ていた騎士たちも口々に話す。
「まさかあのシロカがあそこまで何もさせてもらえないのか」
「雰囲気的に強そうだと思ったけどここまでとはね」
「シロカの動きも決して悪いわけじゃない。それにここから本気を出すようだしまだわからないぞ」
そんな驚きの声を聞きながらルイスは動じる様子はない。
(報告のとおり、あの男のもとで鍛えてきたようだな。それに『錬気』も身につけているのだろう)
彼はアカツキの偽物問題に関する一連の事情を把握している。それどころかアカツキの影武者を擁立するのに加担した側だ。だからこそセイドの素性も大体知っている。そもそも今回の試験のきっかけをつくったのはルイスである。
初めてセイドの存在を知ったのはアカツキの所在を嗅ぎまわる者がいると報告を受けた時。最初は取るに足りない存在だと思っていた。だが調べれば調べるほど出てくる数々の型破りなエピソード。破天荒で予測不能。こういう存在は予想外のところで思わぬ騒動を起こす。
このときルイスの頭の中に浮かんだのは二つの選択肢。排除か懐柔。排除は容易いかもしれないがもったいないと感じた。利用できるところまで利用したい。欲張った答えが入隊試験の案内。受けるなら懐柔。断るなら監視、隙を窺って排除というわけだ。
セイドは入隊試験を受けることにした。そこまでは予想通り。がここから予想外の出来事を起こす。
それこそアカツキとの再会。アカツキにも監視をつけていたし、彼はそれを甘んじて受け入れていた。だからこそ何も起こらないと踏んでいた。それがどうだ。アカツキはノリノリで修行をつけ、セイドもそれに答えた。
そして生まれたのが目の前の化け物。『錬気』を迸らせる相手を前にしてもまるで動揺しない。入隊前とは思えない落ち着きと顔つき。「こうなる前に排除したかった」という形以上の存在が目の前に現れたのだ。
もちろんアカツキのもとに忠告はしていた。そして今までならば素直に従っていた。だが今回ばかりはまるで言うことを聞かなかった。それどころか「セイドにちょっかいはだすなよ」と逆に脅してきたくらいだ。
それを無視してセイドを排除することも考えたが、もしそうしたときにアカツキがどんな形で報復してくるかわからない。だから今回ばかりはこちらが折れた。
忌々しい。内心でそう吐き捨てるもこれほどの戦いをされては不合格にはできない。筆記試験がどんなに出来が悪くとも絶対に合格だと言わしめる実力なのは誰の目から見ても明らかだ。
(それにブロート王子も気に入られたようだしな。)
ルイスは密かにVIP席のほうを見やる。そこには爛々と輝かせる男の姿があった。
「いいな、あいつ。あのシロカが何もさせてもらえていない」
期待と喜びを溢れさせながら試合を見ている男。セイドは王族であろうと推測したがそれは正しい。アルカナ王国の第二王子。それがこの男の肩書きである。
眼下では『錬気』を纏って攻撃をしかけるも、そのすべてがいなされていた。その様は柳に剣を打ち付けているようにすら見える。
何よりセイドはいまだに『錬気』を使う様子がない。そのことへの焦りは傍から見ても明らかにわかる。ならば当人の焦りは言うまでもない。
「くそっ!何も!させてもらえない!!」
『錬気』を全身に纏ったシロカは先ほどとは比べられないほどの速さでしかけてくる。だがそれで現状を打破するには決め手に欠けていた。
「能力の底上げはシンプルで強力だけど、それが決め手になるのは力が拮抗しているときだけだ」
「わかってるわよ!」
そこで一点攻勢をやめ構えを変える。それは突きの構え。
「なるほど。たしかにそれはちょっと面倒だな」
「くっっ!その余裕、なくしてやるわよ!」
突きの構えのまま突貫。左右に避けようとしても追ってくるのは間違いない。
ここで俺は初めて『錬気』を使う。木刀の切っ先から右肩までを白い『錬気』が包む。
白い錬気は正の錬気。その効果は内向きの強化。外部に干渉する攻撃力といったものより、自身の防御力や筋力を強化する。
その状態から居合の構えで大地を踏みしめる。次の瞬間放つのは斬り上げ。狙いは突貫してきているシロカの剣の切っ先。まっすぐ突き進む剣に下から大きな衝撃が与えられたことで、その手から剣が離れ宙に舞う。
武器のないまま止まれなくなったシロカを体で受け止め、倒れたところで首元に剣を突きつける。
「そこまで!試合終了。勝者セイド!」
ルイスの一声で試合の決着が告げられる。すると試合を見ていた騎士たちから拍手が送られる。
「此度の試合、非常に面白かった!」
喝采の中を切り裂くように、ブロート第二王子がセイドに賞賛の言葉を送る。
それに対し、拙い礼儀で答える。決して褒められた態度ではないことは間違いないのだが、そんなことも気にせずに王子は話を続ける。
「お前ほどの実力を持った男を王家直属部隊とはいえただの平兵士にしておくのはもったいない。しかし武力だけで昇格させられないのもまた事実。そこでだ。何か望みを言ってみろ。俺の叶えられる範囲で叶えてやる」
それはいかにも王族らしい言葉。よほど今回の試合がお気に召したのだろうが、これは同時に俺を試しているのだろう。
ここで大仰な願いを言えば卑しい奴だと思われ、あまりにくだらない願いを言えばその程度の願いしか叶えられない王子だと馬鹿にしていると思われる。
急に降って湧いたチャンス。修行前の俺なら偽アカツキと決闘させてほしいと頼んだかもしれない。だがそれは短慮が過ぎる。
俺の目標、アカツキの名誉を取り戻す。そのため偽アカツキの存在を明るみにする。これを叶えるには突発的であってはならない。十全な計画の下、決めるなら一撃決殺。俺の答えは……
「虎狼騎士団団長、アカツキ・クロガネとの決闘の予約がしたいです」
「ん?決闘の予約?」
「決闘の日時は今日から五年後、有観客で行うことを約束してもらいたいです」
この提案を聞いて焦りを浮かべたのは副団長であるルイス。そして引き合いに出された偽団長本人だ。
当然こんな願いを通すわけにはいかないと思い、なんとか阻止しようとするルイス。だが動き出すよりも前にブロート第二王子が話を進めてしまう。
「うん。面白い!たしかにそういった願いは俺の立場ならではかもな。よし!その願い、アルカナ王国第二王子ブロートが確かに聞き届けた」
自らの名を懸けた約束、それは重い意味を持つ。名乗りを上げてまでした約束を反故にすれば信用は地に堕ちる。ましては今回の名乗りは第二王子だ。取り下げは不可能だと思ったほうがいい。
(第二王子がなぜあそこまで乗り気なのかはわからないが、俺にとって都合がいい展開だ)
俺の願いは通った。これ以上長居する理由もない。というわけでさっさと筆記試験......と思ったが、第二王子から筆記試験は免除だと伝えられる。
いわく「俺がここまで気に入っているのだ。この時点で入団は確定している。ならばこれ以上の試験は必要あるまい」とのことだ。
そんなわけで俺は城を出る。行きは単身で来たが、帰りは王子に気に入られたこともあってか使用人が出入り口まで案内してくれた。そのうえで馬車で俺が長年利用している宿まで送ってくれた。それによっていらない騒ぎになるといった問題はあったが、予定を大幅に超える時間に着いたのだった。
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