第7話 強者

アカツキの家で『錬気』を操作できるようになった俺は自主練をしていた。それと別にアカツキのところにもこれまで通り週一で通った。自分だけじゃどうしても身に着けられない技術や常識を学ぶためだ。


『錬気』を操作できるようになってから考え方も変わったように思う。前までなら自分の見た目の変化に配慮することはなかっただろう。だが今は周りに余計な勘繰りをされないように『錬気』の操作で元の見た目に戻していた。


ずっと課題だった『錬気』の戦闘における応用も鍛えていった。感情を正と負で一度分離した影響か、二種類の『錬気』が左右からそれぞれ湧き出る感覚を覚える。アカツキによると普通はこんなことにはならないらしい。理由として考えられるのは仙水ごと取り込んだからではないかということだ。


そもそも俺が勝手に取り込んだ仙水だが、普通は取り込んだだけで体が拒絶反応を示し、最悪の場合体がはじけ飛ぶらしい。あのとき俺は無意識状態でしっかりと意識を取り戻したのは宿についたくらいの時だったが、無意識状態の俺は何を考えていたのだろうか。


謎は謎のままだが今特に問題ないなら深くこだわる気はない。むしろ感謝しているくらいだ。おかげで『錬気』に関する修行に時間を割くことがなくなったから。




そんなわけで現在、虎狼騎士団王都直属部隊の入団試験日当日である。会場はいつもの虎狼騎士団本部ではなくここオラクル王国の国王を筆頭とした王族たちが住む王城、そこの訓練場のひとつである。そこは普段騎士団の訓練に使われるが、この日は俺の入隊試験のために空けられていた。ここで実践試験をしたあと別室で筆記試験を受ける。


王城の入り口まで単身で来た俺は門番に事情を話すと、一人をここに残し、もう一人が王城に向かう。

しばらく待っていると一人の騎士がやってくる。全身銀色の鎧に身を包み腰に帯剣をしている黒髪ショートの女騎士だ。目つきは鋭く迎え入れる側とは思えないほど冷たい。


「貴様が今回試験を受けるセイドとやらだな。ついてこい」


それだけ伝えてくるといきなり走り始める。てか王城とかその敷地内って走っていいのか。…まあいいか。ついていこう。


ただ走ってついていくだけでも実感する。『錬気』は便利だ。基礎能力の強化、それはシンプルで強力だ。今は脚力を三割ほど強化している。まだまだ余裕だ。驚きの顔を浮かべる王城勤めの従者たちを横目についていっている。


一方涼しい顔をしているセイドの顔を見て案内役の女騎士が内心焦る。


(なんなのよこいつ!余裕そうについてきて。いったどんなコネか知らないけど、私より早く入隊試験なんて認めない!!)


セイドを目の敵にしている彼女の名前はシロカ。境遇としては偶然というべきかセイドと似ていて、無断で親元を離れて単身で虎狼騎士団に乗り込み入団。ただここからセイドと違うのは昇進までの流れだ。セイドは己を鍛えることだけに注力したが、シロカが人脈づくりに精を出した。それも自分の体を使って篭絡するようなことはなく、あくまで正攻法でだ。人とのつながりが増えれば、それだけ得られる知識が、経験が、機会が増える。


実直な性格であるおかげで自分を可愛がってくれる人、逆に頼ってくれる人もできた。


そんなこんなでいろんな巡り合わせの結果、ついに彼女は王族直属部隊の入隊試験の資格を得、見事に一発合格。これが虎狼騎士団入隊から十年、今のところ最短記録である。そう、今回セイドが一発合格しなければだ。


そういった事情と本人の性格からセイドに向くのは嫉妬の感情。


だがそんな事情など知らない俺からすればなんか睨まれてるなあ、といったくらいのものだ。なんなら付き合わされた俺の立場としてはもう試験が始まったのかとすら思ったくらいだ。




シロカに振り回され、だがこれといった支障もなく無事に訓練場へと案内された。


到着した訓練場は円形のアリーナで中心部には正方形型の大きなステージがある。アリーナに設置された客席のようなものは階段状になっており、ステージを見下ろすことができるようだ。


そんな客席の中にも特別な囲いがされたVIP席のような場所があり、そこには複数人いる。正直誰が誰だかピンとこないが、なんとなくはわかる。

一人は金髪で線の細い、いわゆる美形の青年だ。白地に金の刺繍が入った華美な服を身に纏っていることからおそらく王族であることは察しが付く。

そんな王族らしき男の後ろでは白黒のメイド服に身を包む妙齢の女性と漆黒の全身鎧の性別不詳が控えていた。

全身鎧のほうは体格的に男だろう。だが実際のところはわからない。というのもフルフェイスのヘルムを被っているためだ。しかし顔が隠れているからこそわかることもある。


(たぶんあいつが偽物だろう)


おそらくフルフェイスの全身鎧のあの男こそアカツキの名を騙る偽物。俺が引きずりおろす相手だ。『錬気』をマスターする前ならばこの場でけしかけてヘルムを引っぺがし、公衆の面前に引っ張り出していたかもしれない。

俺にとってやつは俺の誇りを現在進行形で汚す存在だ。ならば俺が容赦する謂れはない。

これでもしアカツキにまだ野心が残っていたならば俺の計画に関わらせるところだが、どうやらその気もない。現状を甘んじて受け入れている。なら俺がやるべきは本物をもとの地位につけるのではなく偽物を潰すこと。


(どうせやるなら十全に、誰にも文句が言えないやりかたでだ)


偽物を見て改めて決意を固めた俺は視線をステージ横のスペースに移す。そこでは王家直属部隊の騎士たちが並んでいた。


やはり選りすぐりであるからか人数は十数人といったところだ。するとその中から一人こちらに向かってくる。


「ルイス副団長!」


俺の横で両手を膝につきながら肩で息をしていたシロカが壮年の男騎士のもとに駆け寄る。それに対し軽く応対したあと、こちらに近づいてくる。


「君がセイドだね。俺はルイス・クロワール。虎狼騎士団の副団長をしている。今回君の入隊試験を行うにあたり試験官を務める。よろしく」


そういって手を差し出してきた。それに応じ握手をする。年相応の騎士らしいごつごつとした手。特別ガタイが大きいわけではなく、むしろ線は細い印象。センター分けの茶髪で防具も軽め、腰元の剣もレイピアに違いないと思えるほど細い。力技を好む人はまず装備しない。むしろ器用さが求めれる武器。全体的な雰囲気からも知的な印象を受ける。


そんなルイス副団長から試験についての説明を受ける。といっても内容は単純。騎士団員の中から一人、俺が自由に選び戦う。勝敗が直接合否になるわけではなく、試合内容から合否を判定することになるらしい。


「そんなわけだから自由に選んでくれ。選ばれなかった者たちは自由に観戦させてもらうよ」


ということで改めて騎士団員を見渡す。……つもりだったが、明らかにこちらに向く視線もとい敵意が一つ。これを無視して他の誰かと戦っても後で面倒事になりそうだ。俺としても偽団長以外には興味がないので、その敵意と向き合うことにした。


「それじゃあ、シロカさんと戦いますよ」


その一言で敵意がさらに膨れ上がる。するとそんな様子からなんとなく事情を悟ったルイスも何か言うでもなく了承するのだった。





「両者準備はいいか?」


今回の試験官、つまりこれから始まる試合において審判の役目を担うルイスから確認の声が上がる。俺もシロカもそれに返事を返すと戦闘の構えをとる。


今回試合をするにあたって真剣の使用は許可されていない。わざわざ真剣を使ってまで見極める事項がない以上、より安全で穏便に済む刃が潰れた訓練用の武器を使用するのは当然だ。


今回俺は腰に差しておいた木刀を使う。これはアカツキが修行の一区切りがついたということで餞別にくれたものだ。おそらく今回のためにということでくれたのだろう。

一方でシロカは片手剣を使うようだ。帯剣していたものと近い型のものを手にしている。


「それでは試合、開始!」


その瞬間シロカが突っ込んでくる。切っ先が地を這うようにして近づいてきていることから初手はおそらく両手で放つ斬り上げ。修行前までなら攻撃が向かってくるのを待っていた。でもそれじゃだめだとわかっていた。だからこそアカツキのもとで修業した。『錬気』の習得は俺にとって予定外の成長。なら予定にあった成長要素は?その答えは目の前にあった。


「な!?どうやって私の攻撃を?」

後の先ごのせんってやつだよ」


後の先とは一言でいえばカウンター技のこと。だがそれだけなら今までも独学でやってきた部分ではある。ではどこが違うのか。それはタイミングと意識。


修行をするまでは相手の動きを掌握することに気を取られ、自分の動きがおろそかになっていた。つまりカウンターを繰り出すのがそれだけ遅くなっていたのだ。自分に向かってくる刃にも恐怖を抱かない。その分ギリギリまで観察する。そのことによる弊害が出ていた形だ。


またどうしても攻撃と防御を分けて考えていた。だから攻撃と防御に必要以上のメリハリがついてしまう。だが強者の剣に攻撃と防御の切り替えはない。攻撃と防御を選んで動くのは、強者の権利ではなく弱者の義務。強者でありたいなら敵を追い詰める剣を攻防の概念に捉われることなく振るわなければならない。


この二つの改革の結果、俺は空いている左手でシロカの斬り上げの起点となる左手首を掴むことで刃が届かなかった。これがもし戦場なら左手首を斬ればいい。


そこでこれ以上はどうしようもないと判断したシロカは剣を右手だけに持ち替え、左手首は掴まれたまま、強引に肩を入れて剣を振り下ろしてくる。だがそれも許さない。


今度は木刀の剣先を右腕に当て、シロカから見て右斜め後ろへと弾く。これで攻撃を無効化するだけでなく右肩にも負荷をかけた。


これで終わりかと思ったがどうやら向こうはなりふり構う気はないらしく、膝打ちで強引に俺の左手を弾き後ろに下がる。


「はあ、はあ。これでまだ入団五年目。冗談じゃない」


ずっと強気でいたシロカだったが実力差がわからないほど直情的ではない。むしろ冷静な状況分析ができるからこそ人に頼ることができる。そしてそんな彼女だからこそ一通り修行はつけてもらっていた。


「案内のときから薄々こうなるとは思っていたけど、やっぱり悔しいわね」


そういって深呼吸。次の瞬間シロカの周囲が淡く光る。彼女は『錬気』を纏っていた。


どうやらここからが本番ということらしい。

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