第5話 鍛錬

俺がアカツキに弟子入りを志願してから一週間後、俺はアカツキの家の前まで来ていた。一週間前と同じように扉をノックするとアカツキが出てくる。ただその見た目は一週間前と大きく違っていた。ぼろ雑巾のような半袖短パン姿から水色を基調とした着流しへと変わっており、腰元には木刀が差さっていた。ボサボサだった髪の毛も俺がかつて見た時のように整っており、全体的に清潔感のある姿に変貌していた。


何よりも先週の段階では素人じみた体裁きだったのが嘘かのように、目の前のアカツキは達人級の雰囲気を放っている。


「よく来たね。ではさっそく先週君に依頼した僕の部屋掃除をお願いしようか」


そういえば俺が元々訪れた目的をすっかり忘れてそのまま帰ってしまっていた。それから一週間部屋は汚いままだったらしい。一週間越しの依頼を終わらせ、ついに修行をつけてもらう。


「修行をつけるうえで君の戦闘スタイルを教えてくれないか?」

「俺は基本的に敵の攻撃を躱したり受け流したりしながら的確に攻撃を当てる。これが俺が独学で行きついた戦闘スタイルです」


戦ううえで俺が意識してきたことは相手を観察すること。自分がどう動くかよりも相手の動きに合わせて的確に攻撃を決めるほうが楽だったのだ。でもこの戦闘スタイルには限界があることも自覚している。それはこちらの動きを掌握するような相手にはまるで歯が立たないのだ。つまりジャイアントキリングが起こりにくい戦闘スタイルともいえる。


「なるほど、自分の得意不得意を把握したうえで具体的な場面での限界も感じている自己分析はほぼ完璧といってもいいかもしれない。ところで武器や防具は何を使っているんだい?」

「基本的にはよくある普通の剣です。でも今回の修行をきっかけに刀を使いたいです。普段剣を使うときも刀を意識して振っていたので。防具は今俺が着ているやつです」


そういって軽く腕を広げて自分の防具をアピールする。といっても皮の胸当てと皮の膝当てくらいで他はただの布でできた普通の服だ。その流れで俺の腰に差してある普段使いしている剣も見せる。一応人に見せても恥ずかしくないくらいには手入れしてある。


「なるほど、独学でよくここまで来たね。入団から五年で入隊試験を受けるってだけでも稀なのに、しかも独学となると歴代でもいたかどうか。とにかくこれから教えるのがちょっと楽しみになってきた」

「やっぱり乗り気じゃなかったんですね」


そういうと軽く咳払いをしてはぐらかされた。そのまま強引に話を進める。


「話を聞いてみた感じ、君の戦闘スタイルは僕と似通っているみたいだね。まあ自然の流れかもしれないけどね」


俺が目指した本人からお墨付きがもらえるとやはり嬉しいものである。でもまだ直接俺の戦闘を見てもらったわけではない。つまり次にやることは……。


「じゃあ、そろそろ実践だ。本当は説明なしにいきなり僕と模擬戦をしてもらうつもりだったんだけど、それだと僕がついていけるか不安だったからね。君には悪いけど事前に軽く君の情報を頭に入れてからにすることにしたよ」


「いえ、俺もなんとなくそうだろうなと思いながら話していましたし。それに敵が俺の情報を持たないことのほうが減ってくるでしょうから」


それは自分がこれから影武者アカツキを引きずりおろす、そのために力をつけて注目を集めれば集めるほど俺のことは研究されるようになるだろう。だったら最初から知られている前提で動いたほうが楽だ。


そんなわけで俺はアカツキにとある部屋へと案内される。そこは地下室だった。部屋のいたるところには、まだ日が浅いと思われる傷跡が見受けられた。


俺の目線から察したアカツキが傷跡がついた原因を説明し始める。


「この部屋はもともとただの物置だったんだ。それをこの一週間で修行用にスペースを空けて、ついでに僕の戦闘の勘や動きを取り戻す為に自己鍛錬したんだ」


どこか恥ずかしげな様子で話してきたが、そんな簡単にできることじゃない。たった一週間で勘を取り戻すなんて無理だ。だが目の前にそれをなした人物がいる。この時初めて俺はアカツキを不気味に、平たく言えば恐ろしいと感じた。


「じゃあそろそろ始めようか」


そういってアカツキは部屋の隅に立てかけてあった木刀を二本持ってくる。一方をこちらに渡してくると、もう一方を右手に構える。そして空いた左手でかかってこいと言わんばかりにこまねいている。


それを見て俺は渡された木刀を両手で正面に構え、一呼吸置くとアカツキに向かって突っ込んでいく。しかし構えの姿勢とは大きく変えていた。


両手で構えていた木刀を右手だけに持ち替え、上半身は前傾姿勢になりながら突貫していく。俺が初手に選んだのは突き。それも低姿勢から繰り出す顔を狙った一撃。最も効率的で惨い。憧れの存在に向かって放つ攻撃とは思えないだろう。だからこそ相手に隙が生まれるはず。


そう思ったが当てが外れたようだ。アカツキは顔を横にそらすだけで回避する。だがそんなこと織り込み済みだ。顔への突きから首への斬り込みに変えた。


「おいおい、さっきから随分と殺意が高すぎやしないかい」

「アカツキ・クロガネなら、これくらい余裕だろ?」


アカツキへの攻撃、そして言葉遣いには敬意がまるで見受けられず、眼光は狩人のそれだった。そこでアカツキは薄々感じていた疑問を次々来る攻撃を的確にいなしながらセイドへとぶつける。


「改めて聞くけど、君が力をつけることに執着するのは何のためだい?」

「アカツキ・クロガネの栄光を取り戻すため。そのためにアカツキ・クロガネの皮を被った偽物を引きずり下ろす。利用されるだけのアカツキ・クロガネなど存在してはならない」


やっぱり、か。それが素直な感想だった。彼が抱く敬意は俺に向けたものじゃない。過去の自分を救い、目標となった過去の俺に対する敬意だ。今の俺がどうなっていようがどうでもいいのだろう。セイドにとって今の俺はアカツキだったという実績を持つだけの男でしかない。そうでもなければ自分が尊敬する相手に、初手から致命傷を与えかねない攻撃をするのは難しい。




それからも基本的にはアカツキが受け身でセイドに攻撃をさせる。そのなかでアカツキがアドバイスをする予定だったが、セイドは持ち前の吸収力でアカツキからアドバイスをもらう前に自分で自分の弱点や問題点に気づいては修正を繰り返していった。


「よし。今日はここまでだね。また一週間後、今度は直接ここに来るといいよ」


ということで解散となった。食にこだわりのない俺はアカツキの家を出て、近くの食堂で夜ご飯を済ませると仕事量をわざと減らした影響で長くいることが増えた宿屋へと戻る。そのまま自室に入るとベッドの上で胡坐をかき、瞼を閉じる。ここで行うのがイメージトレーニング。これまで誰にも師事してこなかった俺が力をつけるうえでの土台となった鍛え方だ。


イメージトレーニングをするうえで俺は二つの方法を編み出していた。一つは仮想敵をイメージして戦うという方法。ただこれに関しては今日はもうしなくてよいと考えていた。アカツキと実際に何戦もしたのだ。あの時以上のものをイメージトレーニングで得ることはできないだろう。そこでもう一つの方法である。それは自分の身体に関するイメージトレーニング。自分の思った通りに体が動かせるか、といったものではなく自分の内から溢れる形容しがたいエネルギーのようなものを自在に操るというトレーニングだ。


これを自覚したのはいつからか、この何かわからないエネルギーを体中に循環させてみたり、体の一部分に集中させてみたりして操作する訓練をしていた。ただこれは実体をつかめるものではないため、己の内面を鍛えるイメージトレーニングとして時間のあるときに行っていたのだ。


このエネルギーに関して今わかっていることは、体の一部分に集中することでそこの攻撃力と頑丈さが上がるということぐらい。全身を循環させるとそのことに集中してしまい、ほかのことに対する認識や反応が著しく低下するため使えない。十全に生かすにはこのエネルギーの循環を呼吸をするかのように無意識的にできないと駄目だろう。


「次回はこれを使った攻撃をアカツキに繰り出せるようにならないとな」


イメージトレーニングを切り上げ、今日を振り返る。今回の訓練では一度たりとも使うことができなかった。胡坐の姿勢で操るこの謎の力。攻撃にうまくのせるにはまだ熟練度が足りず、普段の戦闘を伴う仕事の際にもよほどの余裕がない限りは使うことができないでいた。それは今回の訓練でもそう。こちらから一方的に仕掛けさせてもらったものの、一対一の状態では繰り出すことができなかった。だが俺がつけてもらっているのは修行である。今日は夢中で気づけなかったが、本来どんな無茶をしても死ぬことなく力をつけられるのが修行の場だ。そう思いなおし、次回はどんな隙をつくることになろうが試すことに決め、眠りにつくのだった。




一方、セイドが帰ったあとのアカツキも今日の訓練内容を反芻はんすうしていた。思い返される容赦ない攻撃の数々。金的目つぶし当たり前。普通の攻撃に見えるものも実は関節を狙っていたり、ちょっと体が浮いたタイミングで足払いをしてきたりと、武道を愚弄するかのような禁忌のオンパレード。彼は確かに独学で知識は蓄えてきたのかもしれない。事実武道において禁忌とされる手段は効率的過ぎたからこそ禁忌とされ、使うことが憚られてきたのだ。だが独学でも心を豊かにすることはできなかったようだ。


「せめてあの時。何かしてあげられていたら、今ほど歪ではなかったのかもしれない」


そう考えるも時すでに遅し。セイドを一言で表すなら傲慢で恐怖心のない狡猾者。敵でも味方でも厄介な存在だろう。今の段階でもおそらく孤独なのだろうが、このままではさらに人との溝がどんどん深まってしまう。


「次回の修行では一工夫するとするかな」


特にやることのないアカツキは次の修行に向けて、準備を進めるのだった。

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