第4話 真実

「ひ、人違いじゃないかな」

「人違い?」


本人はそう言ってくるが俺はまるで納得していない。会ったのは十五年前のただ一度。それも俺が五歳のとき。あの時の感覚といまの感覚が大きくずれているのは間違いない。でも俺の中の理屈の通らない根拠が目の前の人物がアカツキであることを否定してくれない。


するとそんな俺の様子を察したのか、アカツキ(と思しき男)のほうが折れた。


「はあ。何が君をそうさせるのか知らないが、とにかくこのままじゃまずい。とりあえず中に入ってくれ」


そんな案内に従い、家の中に入れてもらう。依頼を出すだけあって全体的に汚い家だが、リビングはどうにか使える状態だったためそこのソファに腰をかけるように言われる。それに従い待っている間、その男はお茶を入れて目の前のテーブルに置いてくれる。そのまま俺の向かいの椅子に座って二人ともお茶を飲む。そうして一呼吸置いた後、男のほうから話し始める。


「君はなぜか確信しているようだから敢えて言うけど、俺は確かにアカツキ・クロガネだよ」


俺の中の確信を肯定する一言。しかしそうなってくると謎が生まれる。なぜこんな人目を避けるような場所に住んでいるのか。なんでそんなみすぼらしい恰好をしているのか。そして今だからこそわかること。なぜ身のこなし、普段の体さばきが素人染みているのか。


「自分で確信しておいてなんですけど、本当にあのアカツキさんですか?」

「たぶん色々聞きたいことをまつめた質問がそれなんだろうけど、端折りすぎだね。まあたぶん君の抱く疑問に答えるには、僕の現状を伝えたほうがよさそうだ」


そういって話し始めるかと思いきや、その前にこちらに質問を投げかけてくる。


「君は何者だい?なぜ僕がアカツキ・クロガネであるとわかったんだ?」


そうは聞かれたが自分でも明確に理由がわかっているわけではないため、俺自身のことを話すことにした。自分がずっと憧れてきた存在に直接伝えるのは得も言われぬ恥ずかしさがあったが、見た目のおかげでその恥ずかしさも半減したのは幸か不幸か。ともかくそんな俺の話を聞いて、アカツキも半ば無理やりにだが納得してくれた。


ということで改めて本物のアカツキ・クロガネの現状を本人が説明してくれる。


「僕はもう、虎狼騎士団を辞めた。正確には辞めさせられたんだ。どうやら僕は好き勝手動きすぎたらしい。僕が動くことで助かる命があるなら、僕は迷わず動いた。それによって王家の評判も良くなるはずだった。でもその評価はやがて僕個人へと向けられるようになった。それが気に食わなかったそうだ」


最も単純で、最も衝撃的な理由だった。あまりに理不尽で腹立たしい。


「つまりアカツキさんは、王家の我儘で地位も名誉もすべて奪われたってことですか?」


そんな俺の厳しい質問に若干迷った様子を見せながらも、ついには頷く。しかしそんなアカツキの様子に違和感を抱く。もし俺の知るアカツキ・クロガネならば立場など関係なく人々のため動く人なのではと思ったのだ。


「僕も最初はそう考えたし、僕が辞めたことになっていれば実際にそうしただろう」


そう、そこが一番の問題点。虎狼騎士団に入り、アカツキ・クロガネについて情報を集めていた俺の下にもそんな噂はまるで届いていない。なんとなく答えはわかりつつも続きを促す。


「王家は、僕の気づいた地位と名誉だけを利用することにした。つまり僕の影武者を立てたんだ。顔面は外での任務で大怪我をしたことにして兜を被り、武器は僕が愛用していた刀を奪ってそのまま影武者の手に渡った。そうすれば僕の影武者の完成。影武者には僕に似た体格の、僕の元部下が選ばれたよ」


王家はおいしい部分だけを味わうことにしたようだ。実に合理的で王家だけが得をする一手。そこにアカツキ個人の損はまるで勘定に含まれていない。それにアカツキがここまで自分が退いたあとの体制に詳しいということは今の一連の人事異動が本人の目の前で行われていた可能性が高い。だがそこをわざわざ確認する気はない。


話を聞いてどこか暗くなっている俺を気遣いながら、アカツキは明るく努めながら話をする。


「それから僕はこの家を与えられ、外からの監視付きでここで住まわされた。僕を退団させたとき、いっそのこと僕を殺してくれればどれほど楽だっただろうか。おそらく王家は僕を非常時の戦力として反逆の意思を抱かせないようにしながらもまだ使う気みたいだ。でもこれはこれでなんだか余生を過ごしているみたいで、穏やかで気楽だけどね」


アカツキはどこか達観した様子だが、話を聞かされたばかりの俺は憤りを感じていた。目の前のアカツキは現状を打破する気はないみたいだし、俺の気持ちに付き合わせる気はない。だがもはやハリボテとなった今の影武者アカツキの存在は許容できない。そいつだけは何としても今の地位から引きずりおろしてやる。


でもそのためには今の俺が実力不足であることもわかる。いくら偽物の影武者といえどもアカツキの元部下だ。当然アカツキのブランドに傷がつくような弱者を影武者にするはずがない。そこで俺はあることを思いつく。


「あの。アカツキさん」

「ん?なんだい?」

「俺を鍛えてください!」


自分がずっと憧れてきた存在に稽古をつけてもらう。正真正銘実力で騎士団長にまでなった人に直接鍛えてもらえれば王家直属部隊に入団できる実力ではなく、今のハリボテ騎士団長を打ち負かせるほどの実力をつけられるかもしれない。これでも独学で、自己鍛錬のみでここまで来た男だ。強い人に師事したときののびしろは期待していいだろう。


「え。やだよ」


すんなり断られた。だがこんなところで諦める気は毛頭ない。今ここで、アカツキに師事することが俺が目的を達するための最短ルートだ。


「お願いします。一か月後に王家直属部隊の入隊試験があるんです」

「君なら僕に師事しなくても王家直属部隊の騎士くらいならいい勝負するんじゃないか?」


やはり俺の実力を見た雰囲気からなんとなく感じ取っているみたいだ。元々選ぶ側だった人間の言葉だ。信用に足るかもしれないがそれじゃ


「俺が欲しいのは騎士団長を超える力だ。兵士一人といい勝負をして満足できるほど、俺はお利口じゃない」

「………わかった。そこまで言うなら僕が直々に鍛えてあげよう。ただ僕が多少なりとも戦闘の勘を取り戻す時間が欲しい。一週間後にまたここに来てくれ」

「っ!ありがとうございます!それじゃあ一週間後にまた来ます」


なんとか鍛えてもらえることになった俺はアカツキの家を出る。そうして元通りアカツキ一人になったところで呟く。


「あの頃から成長したみたいだけど、あの頃以上の危うさを感じる」


そう、アカツキはセイドと初めて会った時のことを覚えていたのだ。十五年も前にも関わらず覚えていたのには当然理由がある。それはセイドを守ったときに彼が刀を見ていた時の目だ。あれは純粋な興味本位の目。五歳児ならば鋭いものは危ないものだという認識があるはずだ。危ないものが目の前に来たとき、人は多少なりともその目に恐怖を宿す。しかし彼にはそれが一切なかった。


はっきりいって異常だ。人によっては化け物と評価してもおかしくない。しかも厄介なことに恐怖を知らないまま今まで育ってきたようだった。王家の存在が出てきてもまるで動揺しなかったのがその証拠だ。自分が気に食わなければ、ただ淡々と目標を達成する。そのため最低限利用しなければならないものを利用する。合理的でスリムな思考。


「もし俺が断り続けていれば、彼はいったいどんな手段を講じていたのだろうか。とにかく引き受けた以上、彼が道を外さないように僕が目をかけないと」


こうして力を得るために師と仰ぐセイドと、道徳的教育を施すために弟子を鍛えるアカツキという歪な師弟関係が築かれようとしていた。

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